雨の日のお兄ちゃん

犬鳴つかさ

雨の日のお兄ちゃん

 雨は嫌い。だって雷が怖いから。


 朝起きると雨が降っていた。でも、今日は学校に行かなきゃ行けない日。早くしないと遅刻しちゃう。


「ほら、いくぞ」


 雨がっぱを着たまま玄関の前でグズグズしている私を、お兄ちゃんが急かす。ずーんと沈んだ気持ちのまま立ち上がると、ランドセルがいつもよりずうっと重たく感じた。


 玄関のドアを開けると、ひどいざあざあ降り。私のメガネがすぐにくもっちゃうぐらいだった。


「しょうがないな、手、貸してやるよ」


 お兄ちゃんに手を握って引っ張ってもらう。ちょっぴり冷たかったけど、安心できた。


「……ん」


 車道側を歩いていたお兄ちゃんが私に覆いかぶさるように立ちどまる。すぐ後に、私たちのそばを通ってった車が水たまりを跳ねた。


「お兄ちゃん、大丈夫⁉︎」


「心配すんな。このくらい」


「……! そう……だよね。お兄ちゃんは……」


「いいから。遅れるぞ」


 私が言い終わらないうちにお兄ちゃんは、また歩き出す。


「わっ、わっ!」


 しばらく歩いてから、私は道路のデコボコにつまづいた。晴れの日は遠くからでも見えるけど、今日は雨だから水たまりになっててわからなかった。


「大丈夫か?」


 でも、転びそうになった私をお兄ちゃんがサッと体の向きを変えて支えてくれる。


「……うん」


「気をつけろよ」


 声がちょっと怒ってる気がする。お兄ちゃんは、どんな顔してるんだろ。もし一瞬だけでも見えるなら、すぐにでもメガネを拭くのに。


「あ……」


 相変わらず手を引かれながら歩いていると、とうとう学校に着いてしまった。ホントは嫌だけど、今日はお兄ちゃんとここでお別れ。


「ありがと。お兄……ひゃ!」


 遠くで雷が鳴って、私は思わずしゃがんでしまった。


「う……うう」


「立てるか?」


 お兄ちゃんは真っ白な手を私に向かって伸ばしてくれる。何でもなかったみたいに。


「どうしてお兄ちゃんは雨が嫌じゃないの? 雷が怖くないの?」


「どうして……って……」


「だって……」


 だって、お兄ちゃんは……


!」


 お兄ちゃんは死んでいる。去年の夏休みに雷に打たれて。だから私は雨が嫌い。雷が怖い。今日みたいな雨の日に会いに来てくれるから、さみしくはない。でも、悲しい。だって、お兄ちゃんはもう大きくなれないから。大人になれないから。身長だって、もうすぐ私が追い越しちゃいそう。


「そりゃ、お前が殺されてたら嫌いになってたかもしれないけどな」


 半透明のお兄ちゃんは、顔がよく見えない。でも、私の言葉を聞いて笑っているのはなんとなくわかった。


「こうやってお前と……いや、やっぱいいや。雨の日に、また来るよ」


 そう言ってお兄ちゃんはフッと消えた。照れ屋なお兄ちゃんだったから、何か言おうとしてやめたんだってわかった。


「こうやって私に会う言い訳ができるから……だったらいいな」


 そう考えたらちょっとだけ──雨の日も好きになれそうな気がした。

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雨の日のお兄ちゃん 犬鳴つかさ @wanwano_shiba

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