本当のヒーロー【KAC20228】

あきのりんご

本当のヒーロー

 私のお父さんは警察官だ。

 ドラマのようなかっこいい刑事ではないけれど、街の人たちを守るいわばヒーローだと思う。

 道案内をしたり、交通違反者を取り締まったり、迷子の子供を保護したり、パトカーで巡回もしている。

 深夜に泥酔したサラリーマンを保護することもある。

 下着泥棒を捕まえたことだってある。

 オレオレ詐欺に騙されかけたお年寄りを助けたことだってある。

 いっぱい勉強して、試験を受けて昇進もした。


 かっこいい、みんなのヒーロー。

 お父さんはそんな存在だ。

 そんなお父さんは私の自慢の存在かというと、そうでもない。

 だってほとんど家にいないから。


「お父さんは大事なお仕事してるの」


 お母さんはそう言うけれど。

 私たち家族よりもみんなを守ることの方が大事なの?

 授業参観も休みを取ると言ったのに、遊園地も行くと約束したのに、それが果たされることはなかった。


「事件があったのだから仕方ない。お父さんがみんなを守るのは、家族を守るためでもあるんだよ」


 お母さんの言うことはわかるようで、わからない。

 だってクラスのユキちゃんもナナちゃんもみんな、お父さんと仲良しなんだよ?


 そんなお父さんが仕事中、大きな怪我を負った。

 お母さんに連れられて病院を訪れると、身体のあちこちに管がついて、包帯に巻かれたお父さんがベッドに横たわっていた。

 とくに左足の損傷がひどい。ひざから下がなくなっていた。

 ひったくり犯を追いかけて、犯人の仲間が運転するトラックに轢かれたそうだ。

 犯人たちは別の警察官が捕まえた。

 でも、そんなことどうだっていい。


 ちぎれてしまったお父さんの足はもう、元には戻らない。

 歩くこともままならないので、警察官として現場に復帰することはもう出来ない。

 みんなのヒーローにはもう、戻れない。



 数か月にわたる治療やリハビリを経て、お父さんは退院した。

 もっと静養すればいいのに、お父さんは職場復帰した。

 そうはいっても、車いすのお父さんが元の仕事に戻ることは出来ない。

 だから、元の仕事ではなく警察署で簡単な事務手続きを担当することになった。

 働く時間も以前のような不規則なものではなくなった。

 私が学校に行くのと同じ時間に家を出て、下校時間にはお父さんも帰ってくる。

 家族三人で毎日夕ご飯を食べられる日がくるなんて、これまで考えたこともなかった。

 これまでお父さんが来ることのできなかった授業参観も、運動会も、地域のお祭りも私がお父さんの車いすを押して一緒に参加することができた。

 勉強家のお父さんは、宿題のわからないところもわかりやすく教えてくれる。

 お母さんよりもずっとわかりやすい。


 お父さんが怪我をしてよかった。

 みんなのヒーローじゃなくて、私だけのヒーローになってくれたのだから。


 お父さんに勉強を見てもらいながら、うっかりそんな本音が出てしまった。

 怒られるかと思ったけど、お父さんは寂しそうに笑った。


「寂しい思いをさせてごめんな。でもね、お父さんはみんなのヒーローだったかもしれないけれど、お前の真のヒーローはお父さんじゃないんだよ」

「どういうこと?」

「お父さんがみんなのヒーローを続けることが出来たのは、お母さんがしっかり家を守り、君を守ってくれていたからだよ。だから、本当のヒーローはお母さんなんだ」


 わかるような、わからないような。

 そんな私を見て、お父さんは優しく笑った。


「大人になったらわかるよ」


 わかる日がくるのかな。

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