どこだよ私だけのヒーロー~ラブコメ症候群よ永遠に~

月下ミト

第1話

 ラブコメ症候群という病気がある。

 1か月前の私はその存在を疑っていた。どうせ妄想だろうと。

 が、今。この時間、爽やかな朝の通学路で、私はこの病気を恨んでいる。


「ミレイちゃんどうかした? 元気ないよ」

 隣を歩く高校生、同い年であろう男子が声をかけてくる。無視。

「朝飯でも食いそびれたか。しゃーねえ俺の早弁わけてやるよ」

 また別の男子が話しかけてくる。速足で振り切る。

「どうしましたか。心配です」「ボク、あの、未澪みれいちゃんにプレゼント、」「何があろうがおいどんが助けるでごわす!」


「ああもう、うるさい!! なんなんだアンタたちは!!」


 振り返れば、そこにいるのは5人の男子。中2から高3まで幅はあるが、全員が私と近い年齢の男子たちだった。

 怒鳴られた彼らは一様にしゅんと小さくなっている。なんなんだコイツらは……。



 ラブコメ症候群。それは思春期の少女に発症する病らしい。

 心が壊れるほどのショックな出来事があると、まるで世界が助けてくれるかのように素敵な出会いが起き、ヒーローが少女を助けるのだという。

 科学的根拠は一切ないが、不思議と知られている病。そういう認識だ。


 何故に私がこの病に苦しめられているかというと、事は1か月前。


 受験失敗、自宅全焼、父が失踪、突然の莫大な借金母のギャンブル狂い、私が捨て子だったと判明。

 これらの出来事がたった一日で起きた結果、私はラブコメ症候群を発症したのだ。


 なお、私はメンタル化け物なので一日寝れば余裕で回復したのだが、問題は残されたヒーローたち。

 あの日、傷心の私の近くに現れた5人の男子は、未だに存在するのだ。



 幻覚かと思って全員に戸籍謄本を持ってこさせたのに本物だし、何なら隣のクラスの人気者も混ざってるし、夢なら覚めてほしい。

「……アンタたち、なんで私に構うの? 理由があるなら言ってみなさいよ」

 何を言っても意味はないけど、言ってみる。

 返事は五重奏クインテットだった。


「「「「「心配だから(でごわす)!!」」」」」

 語尾1人おかしいんだよなぁ。あと心配されなくても元気です。


「ほんと、一体私のどこが、いやいい。聞くと5人分の情報量が押し寄せるから。どんな呪いだラブコメ症候群め」

 滅多にいないし、噂では運命の相手と出会うらしいが、5人は多いよ。絞ってくれ選択肢を。

 ゲームなら常に5つの選択欄があるって、どんなクソゲーだ。


「もう、とりあえず静かに学校に行こう。全員遅刻したくないでしょ」

 くるりと反転し、順路へと戻る。ぞろぞろと住宅地を歩く6人集団を見て、近所のおばさま方も思わず目を背けている。


「はあ。これでいいのか、私の高校生活」

 つい口から声が漏れる。その時だった。


 交差点に差し掛かり、信号を見ようと視線を向けた瞬間。目に飛び込んできた。

 女子高生が、赤信号に気づかず下を向いて渡っているのを。

 居眠り運転のダンプが、女の子へと驀進しているのを。


「それは! ほんとに! ダメでしょ!?」

 思考よりも先に体が動く。鞄を放り捨て、履き心地の悪い靴も脱ぎ飛ばして走る。

 一瞬すら迷えない。何が? 知らない。知らなくても、体は動く!


「とど、け!!」

 必死に伸ばした右手、その指先が女の子の襟首に入る。刹那、思いっきり引いた。


 圧倒的な時間の短さ。それなのに、引き伸ばされた体感時間。

 走馬燈とはこの事かと思うほどに、私の頭は回り続ける。


 動かない。

 考えれば当然だ。力の無い女子である私が、指先一つで同じ重さの人を動かすのは難しい。押せばどうにかなった? いやそれじゃ私が死ぬ。まて待て、そんなことを考える時間なんてもう無い――、



「「「「「ミレイ(未澪ちゃん)(どん)!!」」」」」

 五月蠅い五重奏。その声で、思考が、時間が、私の体まで戻される。



 空白。

 地面へ転んだと気づくのに、しばらくの時間が掛かった。

 寸前で、私は彼らに助けられたのだ。あのままでは、車に轢かれていた私を、彼らは自らの危険を省みらずに助けたのだ。

 突然走り出した私を、何も言わずに追いかけて、救ってくれたのだ。


「こういうとこは、男の子なんだなぁ。ヒーローって」

 あ、待て。そういえば、女の子はどうなったんだろう。

 体は痛むが、気にしていられない。慌てて目を開け、辺りを確認――しようとして、妙な重さに気づいた。

 まるで、伸し掛かられているようなこれは、


「ああ、そっか。よかった間に合って」

 手を伸ばした先にいた、あの女の子だった。勢いよく引っ張ったせいで体勢を崩し、私の上に乗っかっている彼女は、見たところ無事のよう。

 胸を撫で下ろす気持ちで女の子の頭を撫でる。綺麗なミディアムショートで、さらさらで気持ちいい。


「あ、あの、」

「わ、ごめん。つい触っちゃって」

 ゆらりと女の子が私を見る。ぱっちり二重の可愛らしい目が、じっと私を。


「あの、わたし、さっき振られて、茫然としてて、」

「うんうん、うん?」

 なんだろう、嫌な予感がする。


「でもそこに来てくれたんです、わたしの、ヒーローが!!」

 女の子が矢継ぎ早に言葉を続ける。

「女の子がヒーローなんて思わなかった! あれですよね、ラブコメ症候群ってやつですよね! うわあ、わたしにもヒーローが来るなんて夢みたい!」

「いやそれは違う」


 その展開はないでしょう⁉ なんなら私も発症者なわけで、そもそもこの世界は百合を認めているの? 待って落ち着け。こういう時は第三者の意見を求めよう。


「ちょっと、アンタたち! この子に事情をせつめ、い゛⁉」

 視界に広がるは、信じられない光景。そこには。



「ありがとう、助かったよ。思ったより体がガッシリしてるな」「俺は当然のことしただけだぜ。ほら、支えてやるから立てよ」

「全く、君は小さいんだから無理をするな。僕が困るだろう」「えへへ、ありがとう。実は前からカッコいいって思ってて、」「おいどんを忘れるなでごわす! 心配するのはおいどんも、」


「BLもあるんかい!!!」

 どうしよう。この衝撃で彼らにもラブコメ症候群が現れたみたいだ。命を救い合った者同士の熱い思いが、って私はどうでもよかったのか! そうなのか⁉


「あ、あの、自己紹介と、これからの将来を語らいあいませんか?」

 私の上には目がハートの女の子。周りにいるのは距離がやけに近い男子の集団。私も含め、全員がラブコメ症候群なのは何の因果か。



「助けて! どこだよ私だけのヒーロー!!!!!!」


 

 心に深い傷を負ってしまいそうだ……いや待って。そんな心にダメージがあったら新しいヒーローがやって、ああ近寄るなヒーロー……!

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どこだよ私だけのヒーロー~ラブコメ症候群よ永遠に~ 月下ミト @tukishitamito

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