五代さんはスマートな資料を作りたい

水涸 木犀

Ⅷ 五代さんはスマートな資料を作りたい [theme8:私だけのヒーロー]

 ひととおり現状の確認を終えて、わたしはVR内で伍代ごだいと向き直った。


「まとめると、本来の攻略対象キャラクターを全員クリアしたことで、伍代さんがなぜか攻略対象キャラとして登録されてしまった、と。その理由として考えられるのは、伍代さんがログインしている開発者用端末に、プレイヤーの言動を記録する学習型AIが搭載されていたから。橋元はしもとさん、ここまでの理解は合っていますか?」

 VR画面を遠隔で確認している開発チームの一人、同期の橋元弥生やよいに問いかける。ほどなくして黒い開発者ウィンドウが開き、彼女の返答が打ち込まれる。


宇賀うがさんの認識の通りです。宇賀さんがプレイしている横で、伍代さんがコメントしていた内容をAIが記録し、性格を学習。その結果、主人公のライバルポジションにあたる同僚キャラとして、伍代さんによく似た新たな攻略キャラが作られたのだと思います』

「信じがたいが、俺の画面に好感度バーが表示されている以上、冗談だと流すわけにもいかないな」

 ため息とともに、伍代が言葉を零す。


「そこまでは、一応把握しました。そのうえで、確認したいのですが。……伍代さんのプレイヤーネーム、わたしには人偏のない『五代』と表記されているんですけど。これって伍代さんの登録ミスですか?」

 私と向かい合っているためか、VR上で伍代の胸元には吹き出しが表示されている。その左上に「代剛史」と記載されているのだ。名前までAIが拾って勝手に変換したのだとすれば恐ろしいと思い尋ねると、彼は億劫そうに首を横に振った。


「違う。好感度バーが表示されると同時に、名前を登録する画面になったから入力した。伍代のの字が変換で出てこなかったから、普通ので妥協しただけのことだ」

「あ、自分で打ち込まれたんですね」

 ならばそんなに気にする必要は無かったな、と考えているうちにも彼は言葉を連ねる。


「そもそもゲーム内の俺はあくまで「俺に人格が似ているAI」であって俺自身じゃないから、氏名も全く同じである必要は無い。宇賀さんだって、プレイヤーネームはカタカナにしているだろう。それと同じことだ」

「そういうことですね……」

 おかげで余計なことまで言われた気がするが、プレイするのに重要な情報は手に入れた。


 このゲーム内にいる伍代――代剛史――はあくまで彼に似たAIであり、本人とは別物ということだ。実際のところ、他のNPCに近づくと自動的に会話が始まり、操作している伍代の言動を介在させる余地は無いらしい。ただし、彼の台詞を聞く限り――主人公サツキ以外と会話している時はテロップが出ないので、音読してもらうほかない――代さんの性格は中の人とほとんど変わらないようだ。


「このAI、よくできていますね」

 わたしはそうひとりごちて、相変わらずログアウト画面が表示されずに退出できずじまいな中の人伍代を救うべく、代さんの攻略へと取り掛かる。


   ・・・


 ゲーム内の五代さんは主人公と同じ部署のライバルという設定だ。仕事はできるが人当たりがきつく、周囲の人々からはやや敬遠されている。その辺は現実とそっくりだと思いつつ、現実とそう変わらないやり取りを繰り返しながら話を進めていく。


 ほどなくして、主人公が企画書の作成に行き詰る場面まで辿りついた。先輩キャラの三好を攻略していた際は、彼が心配して声をかけてくれたシーンだ。しかし今回は、頭を抱える主人公の傍に五代さんがやって来た。


『それ、次の会議に向けた企画書か……まだ終わらないのか』

 近づくなり批判的な言葉を浴びせてくる五代さんに、本当に中の人とそっくりだと嘆息しつつわたしは会話の推移を見守った。

『はい。……申し訳ありません。要領が悪くて』

『お前の能力如何に関わらず、残業してまで作る資料じゃないだろう。ちょっと見せてみろ』


 五代さんは主人公の机の上にあったメモ書きを取り上げて、ざっと目を通す。顔を上げるなり、パソコンへと目を向けた。

『今、どこまでできている?』

『①全然できていません ②進められそうなところだけ埋めた状態です ③五代さんにそこまで言う必要はありません』

「おっと……」


 いつもの流れで③を選びそうになったが、慌てて踏みとどまる。今は彼を攻略するために動いているのだ。いらぬ反感を買うのは逆効果だ。

 ――仕事のできる同僚が、進捗を聞いて好感度を上げそうな選択肢は――

 その基準で考えると、まったく白紙の状態よりも、できる限りのことはしたという返答のほうがよさそうだ。そこまで推測して②を選ぶ。


『じぶんで進められそうなところだけ、埋めた状態です』

『それも見せてみろ。プリントアウトしてもらえるか』

『はい』

 ――なんか偉そうだな――

 上司が部下に指示するような物言いにわたしはイラっとするが、主人公は素直に途中まで作った企画書をプリントアウトする。それらを渡すと、伍代さんはメモ書きと見比べながら、さらさらと企画書に書き込みを始めた。


『経営陣が一番知りたいのは、このゲームを作ることで利益がどれくらい得られるか、だ。だからプレゼンでは、利益の試算表を真っ先に出した方がいい。簡単な損益計算書は俺が作ったのを使える。そこさえ押さえれば、あとは実現性――どれだけ計画通りにゲームを作れるか――を説得力があるように話せば8割は通ったも同然だ。スケジュール表は大体できているから、あとは現在の進捗状況や過去のゲームの開発スケジュールを比較で用意するといいだろう……』

 どこまでがAIの五代さんなのか、疑いたくなる。それくらい流暢に、目の前の彼は企画書づくりに必要なアドバイスをつらつらと述べていく。

 ――今度、じぶんで企画書を作るときも参考にしよう――


 部署こそ違えど、五代さんのアドバイスは実用的で参考になった。現実でも活用させてもらおうと思う間にも、主人公が抱えていた企画書はみるみるうちに形ができていく。

『これだけ大枠を作っておけば、あとは明日以降に肉付けすれば完成するだろう』

『ありがとうございます!』

『残業代の削減も、俺たち本社部門の至上命題だからな』

 深く頭を下げる主人公に、五代さんはそっけなく告げる。


『①五代さんって、意外と優しいですよね ②ごめんなさい、残業しないように努めます ③それくらいわたしもわかってます』

「……いちいち③がフェイクだな」

 プレイしている伍代に聞こえないように呟き、わたしは選択肢を吟味する。

 言い返したい気持ちはやまやまだが、攻略するうえでプラスにの択ではないことくらいわかる。とはいえ謝罪したところで話が膨らまないだろう。

 一応残業している主人公が早く帰れるように、適切なアドバイスをして手伝ってくれたのだから、優しいといえなくもない。そう判断し、①を選択してみる。


『五代さんって、意外と優しいですよね』

『なんだよ、いきなり』

 胡散臭そうにこちらを見る五代に、主人公は言葉を重ねる。

『わたしの前を通りかかったときに、先に言ってもよかったじゃないですか。『残業代削減のために、早く帰れ』って。そうせずに、まずは残業している理由を確認して、目途が立つところまで仕事を手伝ってもらいました。それができる五代さんは、やっぱり優しいと思います。ありがとうございました』

 主人公が再度頭を下げると、五代さんは顔を横に向けた。

『……各々が、できることを持ち寄って最良の結果を目指すのは、仕事の基本だろう。俺はその基本に則ったまでのことだ。……帰るぞ。せっかく仕事の目途が立ったんだ。無駄話して残業時間を増やすわけにはいかない』


 そういう五代さんの身体が、ピンク色に光る。

「「あ」」

 わたしと伍代の声がハモった。

「好感度ゲージらしきものが上昇した。やはり、俺が操作している五代が攻略キャラクターになっているらしいな」

「みたいですね。はじめて好感度上昇の表示を見たので、わたしも今確信しました」

『はい。五代さんは攻略キャラクターの一人です。宇賀さん、伍代さん。お手数をおかけしますが、攻略のほどを宜しくお願いします』


 弥生のチャットも飛んできて、わたしは頷く。

「もとからそのつもりです。……今のくだりで思ったのだけど、製品版も同僚キャラ、五条さんより五代さんのほうがいいんじゃない?」

『製品版も、ですか?』

 同期ゆえの気軽さから、つい軽い口調になってしまったが弥生は気にした様子がない。わたしもそのまま言葉を続ける。

「五条さんだけじゃないけど、このゲームの攻略対象キャラ、最初から主人公に対して好意的な人ばかりだった。でもそれって、現実の人間関係に照らしてみるとリアリティがない。キャラ被りもしやすいし」

『確かに宇賀さん、五条さんルートの攻略のとき、ずいぶん態度があっさりしていましたよね』

「そうそう。いまいち個性が感じられなくてね。その点五代さんは、友好的な雰囲気じゃないから他キャラとの差別化ができていて、印象に残る。こういう“周りにはつんけんしてるキャラ”が、主人公にだけは心を開いていくっていうのも、特別感があっていいんじゃない」

『なるほど! 私だけを助けてくれる、みたいな優越感が得られるのですね。参考になります』


 わたしと弥生が盛り上がっていると、すぐ傍で伍代の低い声がした。

「おい……宇賀さんが言っているのがゲーム内の五代の話だとはわかっているが。……性格が似ているから、自分のことを言われている気がして気恥ずかしいんだが。性格評は、俺がいないところでやってもらえないか」

『あっ、そうですよね……すみません』


 弥生が即座に謝罪の言葉を打ち返す。しかしわたしは、なかなか声が出てこなかった。

 ――私だけを助けてくれる、特別な存在――

 五代さんあらため堅物眼鏡伍代に対しそういう評価を下したのだと自覚し、顔が火照ってしまう。

『宇賀さん?』

「何でもない……大丈夫」

 だからわたしは、火照る顔を仰いで誤魔化すのに必死になるしかなかった。

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五代さんはスマートな資料を作りたい 水涸 木犀 @yuno_05

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