わるものいいもの

高野ザンク

僕と握手

 悪の組織の戦闘員が小さな女の子の手を引いて歩いている。


 絵面だけ見れば誘拐に他ならないが、今、戦闘員Aである俺は迷子を世話しているのだ。


 ヒーローショーのために来た遊園地。俺はアルバイトでスーツアクターをやっている。役割は主役のヒーローどころか怪人でもなく一介の戦闘員。顔には覆面をし、全身黒いレオタードのような衣装を着ているやられ役だ。

 もっとも俺はバイト代が良いのと、ステージ以外ではあまり他の人と関わらないところが良くてやっているので、そこにこだわりはない。運動神経もないから、希望したとしてもヒーローはとても無理。端役の戦闘員がちょうど良いのだ。


 午前のステージが終わった後でバックヤードを歩いていると、通路の奥に小さな女の子がポツンと立っているのが見えた。親を待っているのかなと思ったら、どうやら泣きながら佇んでいるようだった。近くには俺しかおらず、首から下は戦闘員という格好に少し躊躇いながらもその子に近づくと、彼女の顔はすでに涙と鼻水で溢れていた。


「どうしたの?」


 精一杯優しく声がけしたのに、彼女は声をあげて泣き始めた。


「お母さんは?お父さんは?誰か一緒じゃないの?」


「おかズルッ、あさズルッ、いなくズル」


 泣きながら喋る言葉から、どうやら迷子だろうと推測できた。


「はぐれちゃったのかな?」


 そう尋ねると、再び声をだして泣き始める。


「よし、じゃあお兄ちゃんと一緒に探そうか?どうする?」


 女の子は少し戸惑ったようだが、頼る者が他にいないからか、大きくコクンとうなづいた。


 とは言うものの、闇雲に探しても仕方がない。ここは迷子センターに連れて行くのが良いだろう。あいにくこのステージから歩いて5分ぐらい行かねばならない。首から下だけ戦闘員の格好で外に出るのはファンのイメージを壊してしまうのではとも思うが、着替えている時間はない。ならばと俺は逆に覆面を被ることにした。


「これ被るけど、怖くないからね」


 と言いながらゆっくりと覆面を被る。女の子は一瞬ビクリとしたが、幸い目と口のところが大きく出るデザインで顔の特徴が残るのだろう。覆面をつけた俺に向かって、またコクンとうなづいた。俺は彼女の手を握り、案内所に向かう。


 歩いている途中で、通り過ぎるお客さんから不審な目で見られる。大人はむしろだと思うのだろうが、小さい男の子は助けたほうがいいのではないかといったそぶりで、何度も振り返っていた。黙って連れていると余計に怪しいので、会話を試みる。


「名前は?」


「みズルッ、はズルッ、ひズルッ」


 見ると、また涙と鼻水が溢れている。怖い思いは変わらないようだ。「大丈夫だよ」と言って屈むと、腰の隠しポケットからハンカチをだして顔を拭いてやる。よく見ると目のくりくりした可愛らしい顔をしていた。


?」


 女の子が俺の覆面顔をじっと見てそう言った。


「わるものだけど、今はちがう。君をお母さんに合わせるためにになる」


「わるものもいいものになるの?」


「うーん、時と場合によってはね」


 その言葉の意味はわからないようで、彼女は首を捻ったが、なにか腑に落ちたようで、自分から俺の手を握ると、黙ってうなづいた。



 迷子センターの係員は俺の格好を見て驚いたが、事情を説明すると状況をすぐに理解してくれた。迷子のアナウンスが流れてまもなく、事務所の電話が鳴った。アナウンスを聞いた彼女の母親が別の案内所に駆けつけたという連絡だった。


「お母さん、見つかったって!すぐここに来るからね」


 係員がそう話すと、俺の隣でベンチに座る女の子は安堵の表情を浮かべ、安心したせいで今度はめそめそと泣き始めた。彼女の背中を撫でながら、俺は心底ホッとしたが……マズイ、もう午後のステージが始まる時間だ。


「じゃあ、お兄ちゃんはお仕事に戻るから、お母さんを待ってるんだよ」


 そう言って立ちあがると、戦闘服の腰の辺りを彼女がつまんで離さない。


「また、わるものになっちゃうの?」


 上目遣いで話しかけてくる。


「そうだね、ちょっとだけね」


 その返事に突然ブワッと泣き出した。


「わるものしんじゃう」


 どうやら、俺が倒されて死んでしまうと思ったらしい。本人は真剣なんだろうが、その号泣する姿をとても微笑ましく思った。


「死なない死なない。わるものはやっつけられてもすぐ元気になるんだ」


 覆面越しに笑顔で語りかける。


「わるものがいないとヒーローの出番がなくなっちゃうだろ?だから、ちょっとだけわるものして、ヒーローが帰ったらまたいいものになるんだよ。お兄ちゃんはから安心して」


 それでもしばらく女の子は不安げな顔だったが、やがて「わかった」というようにコクンとうなづくと、裾から手を離した。


 いよいよ、時間が迫ってきた。女の子への挨拶もそこそこに、係員に「あとはお願いします」と告げてステージまで駆け出した。ダッシュすればなんとか間に合う。闘う前から息切れしちゃうだろうけどな。


 間一髪でステージにあがると、俺の出番は30秒ほどであっけなく終わった。



 1日の仕事が終わり、私服に着替えて事務所を出ると、そこに女の子と母親らしき女性が立っていた。女の子は俺を見つけると指をさして母親に声をかける。二人は俺に頭を下げて近づいてきた。


「うちの子がお世話になったようで、ありがとうございます」


 迷子というのは、親にもまた心労をかけるのだろう。笑顔の中にも疲れた表情が見えた。


 それから「ほらお手紙渡すんでしょ」と促すと、女の子はモジモジしながら、ネコのキャラクターの描かれた紙を差し出した。


“わるもののおにいちゃん たすけてくれてありがとう”


 手紙には拙い字でそう書いてあった。


 テレビでは絶対にありえないシーンだけど、たまには戦闘員がヒーローになってもいいんじゃないかな。お母さんに手を引かれ、ニコニコと笑顔で俺に手を振って去っていく後ろ姿に、そんなことを思った。


 俺をヒーローにしたその子に向かって、俺は満面の笑みで手を振り続けた。


(了)

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わるものいいもの 高野ザンク @zanqtakano

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