君のことを守りたい

山口 実徳

魔王城

 あらゆる魔物が行く手を阻む長い長い冒険が、ようやく終わりを迎えようとしていた。俺たちの前に立ちはだかるのは、魔物を統べる闇の世界の魔王。今までの魔物たちとは比較にならない強さだが、捨て身の覚悟で攻撃し、マントを切り裂き武器を砕いて鎧を傷つけ魔力も体力も浪費させ、あと少しというところまで追い詰めた。


 そういう俺たちも満身創痍。息もつかせぬ激戦の末、全員の体力はギリギリで、魔法は何ひとつ使えない。回復薬も蘇生薬も使い切ってしまったので、何もしなければ死を待つだけだ。


 先に攻撃を決めたものが勝つ。だが、俺たちも魔王も立っているのが精一杯。視線は定まらず、目を凝らしても霞む景色が映るばかりで、構えた剣を動かすことさえままならない。


 一歩でも、たった一歩でも進まなければと残り少ない力を振り絞り、一振りの剣に託された想いを込める。


「貴方こそが真の勇者だ」

「どうか、世界を救ってください」

「魔王を倒せるのは、貴方しかいない」


 朦朧とする視界に、祈りを捧げる姫の姿が鮮明に浮かび上がった。


「私たちを救って……勇者様」


 募る想いが銀のやいばを燃え上がらせた。熱い血潮が構えた腕から駆け巡り、黄金色に輝いた全身を精霊たちの祝福が取り囲む。


「これで終わりだ! 小僧!!」


 忍ばせていた鉤爪かぎづめで魔王が襲いかかる。俺に狙いを定め、限界を超えて踏み出された一歩。あとは倒れ込む勢いに任せるばかりだ。


 言葉にならない想いを、俺は雄叫びに変えた。根を張る足を踏み出して、動かぬ腕をきしませる。霞む目を見開いて、ぶれる焦点を一点に集中、俺の狙いは──


 鎧の亀裂だ!!


 鎧全体に亀裂が広がり、辺り一面に砕け散る。

 防御を失った魔王へと留まることなく刃が突き刺さり、ついには身体を貫いた。

 断末魔の叫びが城全体に響き渡って砕けた鎧を覆い隠すと、魔王は蒸発するように姿を溶かして消えていき、擦り切れたマントだけが残された。


 勝った……ついに勝った。


 たったそれだけさえも言葉に出来ない俺は、膝から崩れ落ち、両手を着いて、雑然と床に落ちた魔王のマントに視線を落とし、静かに勝利を噛み締めた。


 マントが風もなく動いた。


 まさか、魔王!?


 仕留めていなかったのか!?


 限界は、とうに超えた。動けるようになるまで当分かかる。


 俺の命も、これまでか──。


 マントをひるがえしたのは、鬼の子供だった。なかなか見つけてくれない隠れんぼでもしているように、首を伸ばして目を丸くしてキョロキョロしている。

「魔王のおじさん……?」

 何だ? この子鬼は。魔王に囚われたわけではなさそうだが……。


 いぶかしげにする俺などはまるで無視して、子鬼はピョンと飛び上がるとペンペン草を振りかざし、興奮気味に喋りはじめた。

「魔王のおじさん、すっごく強いんだよ! 剣術ごっこで僕が『隙あり!』って後ろから斬りかかっても、すぐに僕を高い高いして『まだまだ修行が足りんなぁ』って笑うんだ!」


 俺は喉から声を絞り出す、それも「君は?」と尋ねるのがやっとだった。

「戦争になってから、魔王のおじさんのお世話になっているんだ。大人はみんな戦っているから、僕もおじさんの役に立ちたいって言ったんだよ。でもね、危ないからダメだって。一緒に遊んで、大きくなってから一緒に戦おうって」


 楽しそうに話す子鬼を見つめるうち、俺の背筋に蜥蜴とかげが這うような寒気が走る。

「それで魔王のおじさんと、剣術ごっこをやっていたんだよ。全然勝てなかったのにえいっ! て剣を振ったら魔王のおじさん消えちゃった!」


 子鬼はペンペン草を横一閃すると、はたと真顔になって俺をじっと見つめた。

「僕、魔王のおじさんみたいに強く優しくなりたいんだ。いっぱい剣術ごっこをして、色んなことを教えてもらうの。魔王のおじさん、どこに隠れちゃったんだろう?」


 俺は剣を杖代わりにし、杭を打つように地面を踏みしめ、震える膝を抑え込んだ。立ち上がる俺を目で追う子鬼は、不安を霧のように募らせる。

「ねぇ、魔王のおじさんは?」

 剣を地面に突き立てた。

 子鬼よ、魔王はここにいる。

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