第4話 一炊の夢
先王とハロルドは魔物がうろつく荒野を、魔王の城を目指して歩いていた。
日常生活で鍛えられたハロルドと過酷な放浪を続けていた先王は、魔物を蹴散らしていく。
しかしだんだん飽きてきた。
「なあ」
先王がハロルドに声をかける。
「なんだ?」
話すのは嫌いではない。
「お前、私にずいぶんと大きな態度だな」
実は前から気になっていた。気さくすぎるその態度。ハロルドは王に対する態度がなっていないと高貴と言われる人たちから言われたこともあった。
「そりゃ、僕の方が年上だからな」
偉そうにハロルドは言う。
「二十歳そこそこのくせに」
先王の方が年上だった。
「いやいや、僕には総一朗の88歳が……」
あると言おうとして、ハロルドは止まった。
彼は違和感に気が付いた。
「異世界転生ってヤツは、死ななきゃできないんじゃなかったか?」
「はい?」
先王は目をしばたかせてハロルドを見る。
「僕は死んだのか?」
真面目な顔でハロルドは先王を見返す。
ハロルドには死んだ覚えがなかった。
「さあ?」
先王にも総一朗が亡くなった覚えがなかった。
「確か、88歳の……」
ハロルドは言葉を途切れさせる。なぜだか続きが出てこない。
「米寿か。おめでたいね」
88歳と聞いて先王はそう言った。先王はハロルドといると、生まれる前の記憶が当たり前のようによみがえる。
「ああ、うん。そう。米寿」
ハロルドも調子が狂う。
「2022年の4月15日が米寿の」
とハロルド・マーシャは言い、
「誕生日で……」
と田原総一朗が言った。
特徴のあるしわがれた声。
総一朗は自分の声で目が覚めた。
「あれ?」
気づくと異世界の荒野ではなく、見覚えはないが和室の天井を見つめていた。
88歳の総一朗が畳の上で大の字になって寝ている。
「なんでこんなところで?」
しばらく記憶が戻らなかった。
寝ボケているのともどこか違う。
体が硬く、まるで魂が抜けていたのではないかというくらい、動かすのに不自由を感じた。
それでも体を起こす。
少しずつ感覚が戻ってくる。
和室の机に並べられた食事は温かい。
持ってきたばかりのようだった。
88歳の誕生日に温泉宿に来て、急に睡魔に襲われ、ほんの一瞬、うたたねをしてしまった。
「なんで畳に大の字になって寝ていたんだ?」
総一朗はひとりでぼやいた。
本当に大の字だった。
それはそれは見事な大の字。
そして食事を取る。
「うん。うまい」
豪華な食事を総一朗は食べた。
「まるで、一炊の夢だな」
食べながら総一朗は言った。
ほんのひと時で、二十歳までのハロルドの人生を体験できた。
夢の中だからなのか、総一朗は完全にハロルドになっていた。
「なんだよ。ハロルド・マーシャって」
ボソっと総一朗はつぶやく。変な名前だと思った。
「変な名前だけど……」
いいとも悪いとも言えない、むずがゆい感じがした。なんだかわからないがムズムズする。
ひとりで黙々と食事をしていると
「なんでひとりで食べてるんですか!」と、騒がしく入ってくる男がいた。
「やあ、いたのかい?」
顔色も変えずに総一朗は言った。
「いますよ! みんな、田原さんをお祝いしようと駆け付けたんじゃないですか!」
男の後から親しい友人たちが入って来た。
「じゃあ、一緒に食べよう」
手を止め、総一朗は皆が入るのを待った。
そして手前に座った男に聞く。
「なあ。魂って、存在すると思うか?」
総一朗は素朴な疑問を言う。
「僕はないと思うんだよね。死んだら人は終わりだと思うんだけど、どうして異世界転生っていう話があるんだろうねえ」
答えを聞く前に総一朗は言っていた。
田原総一朗は、異世界転生を信じていない。
だから、彼はハロルド・マーシャの話はしなかった。
総一朗がハロルドになるのはまだまだ先の話。
でも、総一朗がハロルドになるのかはわからないし、ハロルドになったとしても総一朗を思い出さないかもしれないし、総一朗を思い出したとしても二十歳のハロルドのようには動かないかもしれない。
総一朗の夢は予知夢の一種だったけれど、それが本当に起きるのかどうかは、未来の総一朗にしかわからない。
予言には破る自由があるのだから。
人間の王と魔物の王とインタビュアー 玄栖佳純 @casumi_cross
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