第5話(最終話)

 そして、試合の出番がやってきた。

 森岡が姿を見せると、再び会場が盛り上がった。森岡の隣に、アヤが座る。二人の間は、わずか片腕を伸ばせば届くほどの距離だ。前面にはカメラがあり、両プレイヤーの表情を常に捉えることができるようになっている。

 会場の照明も凝っていて、二人の登場シーンはオレンジで照らし、スタンバイ状態に入ると青色になった。観客一人ひとりの顔は良く見えないが、会場の注目を一身に集めているのはヒシヒシと感じる。

 森岡とアヤの対戦は、準々決勝という位置づけになる。アヤは既に全国トップ八位に入ったということだ。それだけですごいことだが、森岡にとっては通過点に過ぎない試合のはず。勝って当たり前、というのもプレッシャーだろう。

 森岡が扱うのは「武神」と自称するキャラクターだった。圧倒的な攻撃力を誇り、一部のファンからは「悪魔」とも呼ばれる。一方で防御力は弱く設定されている。常に相手より攻撃をヒットさせる手数が多い、という自負がある森岡からの宣言とも受け取れる。

 アヤはしっかりと深呼吸をして、首を左右に倒してから目を瞑った。大丈夫、ワタシは冷静だ。

「ファイト!」

 ゲームの合図に従い、会場のライトがパッと白くなる。

 開始後は少しの間、互いに様子を見るように探り合った。観客が固唾を呑んでいる様子が目に浮かぶようだ。アヤの感覚はゲームと会場、双方に対して敏感だった。

先に仕掛けたのは森岡だった。絶妙にタイミングをズラして入ってくる攻撃に対して、アヤの反応は合わずに、まともにダメージを受けてしまう。森岡はリズムの崩れたアヤに対して、バシッ、バシッと容赦なく連続攻撃を加える。

 アヤはたまらず距離を取った。多少の気持ちの乱れを感じるが、想定外ではない。「こんなものでは無いだろう?」という森岡の心の声が聞こえるようだった。感覚が研ぎ澄まされている。息をゆっくり吐く。

 次に森岡が攻撃に入った時は、タイミングは完璧に合った。返し技が決まると、「おお」という観客のどよめきが聞こえた。ウン、悪くない。

 ゾーンに入った。アヤは確信していた。

 極限の集中状態。それがゾーン状態だった。ゾーンの入り方のコツは、修一にも教わっていた。おかげで今は森岡の動きが、ゆっくりと見える。

 相手の態勢が傾き、一瞬、身体が前のめりになった。逃さずアヤが攻撃を畳みかける。観客の反応がさらに盛り上がる。

 心と身体が一致している。そして今のアヤは、それだけでなく、身体の外にある会場の観客とも一体化しているような感覚だった。自分の動きと、会場の反応が繋がっている。

 互いにライフゲージを半分ほど減らしたところで、森岡が再び襲ってきた。これは、フェイントだ。何度も見返した森岡のプレイスタイル。森岡の気持ちが透けて見えるようだった。ワンテンポずらして、防御する。ピッタリだ。一発ではない、また来る。

「おおおお」

 会場が揺れた。防ぐ、防ぐ、防ぐ、防ぐ。コンマ一秒のズレもなく、森岡のタイミングと寸分たがわぬ反応をして、連続攻撃を防ぎ切った。そして、反転して攻撃を返す。必殺技が入り、一気に森岡の体力が、残りわずかになった。

 会場が割れそうなほどの歓声があがった。ゾクゾクとアヤの身体を伝わる。分かってる、このラウンド、ワタシが勝てる。

 アヤは冷静だった。追い詰めている方が、有利だ。選べる戦略の選択肢が多い。森岡の反撃を丁寧に捌きながら、パシ、パシと着実にダメージを当てていく。幾分かのダメージを負ったが、アヤは、確実に相手を仕留めることを選び、見事に実行した。KOの文字が画面に踊る。

 大番狂わせを期待していたかのように、熱狂した観客から、大きな拍手が沸き起こる。

 再び会場の照明が青くなる。三ラウンド制。まだまだ勝負は分からない。両選手とも、ルーティンを行い、気持ちをリセットする。


 第二ラウンドが始まった。

 今度はアヤから攻める。多少のフェイントを入れながら、拳を叩き込む。瞬間、森岡がトリッキーな動きをした。一瞬相手が消えた、とアヤは感じた。気づいたら、斜め上から、暴力的な鉄拳を食らっていた。圧倒的な攻撃力。受けるダメージが大きい。

 再び会場が湧く。今度は、森岡に期待をしている。

 森岡は世界トップの座を手にしてからも、約十年、ストイックに鍛錬を重ねている。「勝つことよりも、勝ち続けることの方が難しい」と、自伝で語っていた。どんな敵を前にしても勝つためには、常に学び続けるしかない。

 選手のプレイスタイルには、そのバックグランドが大きく影響する。アヤはそう感じるようになっていた。どんな人生を歩んできたか、何故ゲームに打ち込むようになったか。一瞬の判断の連続の中で、人生観が表れる。森岡の勝負強さを支えているのは、誰よりも真剣にゲームに向き合っていることを証明したいという想いが大きい。

 一分の隙も無い。その上で、未知の戦術を隠し持っている。対峙しながら、アヤは改めて森岡の不気味な強さとその裏にある修行僧のような禁欲主義を感じ取っていた。

 しばらく防戦一方が続いた。アヤのライフゲージは、三分の一ほどに減っている。第二ラウンドに入ってからすっかり合わなくなったタイミングを、取り戻したい。

 見ている人の、度肝を抜きたい。

 アヤが攻撃に転じた。相手に合わせられないなら、このズレを相手にもお返しする。敢えて、アヤは自分の気持ちより身体をワンテンポ、ほんのコンマ数秒ズラした。

 森岡もアヤと同じく、相手のプレイスタイルを見ながら戦うプレイヤーだった。不揃いなアヤの攻撃に、対応がほんのわずかに遅れた。

 ドォン、ドォンと効果音が響く。アヤの強い攻撃が当たった。

 やった。そう思った次の瞬間、アヤの身体が投げ飛ばされた。そして怒涛の三連続の攻撃。アヤはその場に倒れ込み、またたく間に、KOとなってしまった。

 呆気に取られた。強い。

 会場から、再び割れんばかりの拍手が起こった。全員が総立ちの状態で、熱気はさらにヒートアップしている。残る一ラウンド。勝負の行方が分からない。森岡にも、アヤにも、そのどちらにも期待している。

 アヤは思わず、笑顔になった。楽しい。ワタシと同じように、観客も楽しい。求めていたのは、この感覚だ。見ている人たちを興奮、熱中させる闘いが、アヤと森岡の指先から生まれている。

 ふと横を見ると、森岡と目が合った。

 森岡が笑った。思い切り楽しもう。そう言っているように見えた。


 最終ラウンドは、実はあまり記憶に残っていない。

 ゾーン状態に入ったのは覚えている。後にネットでは「奇跡の二分間」と言われるような神業を互いに連発して、観客を大いに沸かせた。アヤにとって、至福の時間だった。森岡も楽しんでいるように感じた。

 気づいたら勝負は終わっていた。会場が今日一番の盛り上がりを見せている。勝利したのは、森岡だった。

「ありがとう」

 周りの音が聴こえないくらいの歓声の中でも、森岡の声はハッキリと聞こえた。ゲーム終了直後、森岡から筋張った手を差し出した。アヤも慌てて両手で握り返し、心からの感謝を伝え返した。

 胸の内が一面、大自然が広がったかのように澄み渡る。なんて気持ち良いのだろう。

 こうして、アヤにとって初めての大舞台となった大会は幕を閉じた。

「アヤ、良かったよ、最高に楽しい試合だった」

 竜也が一人のゲームファンのように弾んだ声で、褒めてくれた。

 その直後、孝之が「感動した!」と言いながら、アヤを抱きしめた。その横で、修一は「おめでとう、アヤ」といつもより声を張って祝福してくれた。

 大会は、森岡が制した。


「興奮しました。負けたのは残念ですけど、必ず、大きな糧になる。

ワタシは将来、世界中のゲームファンを魅了したいと思っています。それに向けて、さらに練習していきます」

「オォ、次はいよいよ世界だな」と孝之が煽って、アヤも笑った。

「待ってろ世界、ってね。これを見ている全ての人に、夢を与えられるように活躍できたら良いなと思います」

 孝之のYouTubeで、アヤはインタビューに答えていた。

 そこで唐突に、孝之が神妙な顔つきになった。それでいて企みごとをしている子どものように、心の内の笑みが隠し切れないでいた。

「ところでアヤ、おれも発表があるんだ」

 嫌な予感がした。孝之は自慢げに声を張った。

「おれもプロゲーマーを目指すぞ。アヤ、世界で勝負だ」

「良いね、タカとアヤならできるよ」と修一が微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Daddy! Daddy! 上原一紀 @kazuseat2511

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ