第4話
修一のオフィスで、孝之を見かけたことがあった。
「お、ちょうど良いところにいた。ちょっと出てくれないか?」
アヤを見つけた孝之が声をかけた。
「これからYouTubeの撮影なんだ」と言って、ずんずんオフィスの奥へ進んでいく。アヤがついていくと奥まったところに扉があった。孝之に促されて扉の奥に入ると、そこにはカメラや照明などの撮影機材と共に、なんとゲーミングPCがあった。
「え、なに、ゲームするの?」と、アヤが聞いた。
「言ってなかったっけ。おれ、ゲーム実況をしてるんだ」とあっさりと答える。
なんだそれは初耳だぞ、と思いながら、スマホを取り出し久しく見ていなかった孝之のYouTubeを開いてみる。
「ホントだ」と思わず呟いた。
ゲーム実況動画が並んでいる。しかも再生回数は五十万を超えているものも複数ある。最近家で見かけないと思ったら、こんなことをしていたのか。驚くべきことに、伝説のプロゲーマー、森岡と共にゲームをプレイしている動画もあった。再生回数も二百万回と頭抜けている。
「え、森岡さんじゃん!」
「気さくで頭の回転のはやい、素敵な人だったよ。流石だな、真のプロは」
「ちょっと、呼ぶなら言ってよ、マジで」
父と憧れの存在が並んでいる姿を見るのは、不思議な感覚だった。自分の事ではないのに、なんと恐れ多いこと、となぜか恐縮したくなる。それにしても、どうやって繋がったのだろう。修一だけでなく、孝之も底の知れない行動力だ。改めて感心しながら、まじまじと父を見つめる。
「おれは本気だぞ。おれの動画の視聴者の半分は、子どもたちだ。おれは、このYouTubeを通して、世界中の子どもたちに、夢とエンターテイメントを届けるんだ」
さらりと語った後、「ということで、アヤもちょっと出ないか?」と誘われた。
森岡さんも出たなら、という思いに背中を押され、流れるままにアヤも出演することに。撮影中はゲームで親子対決することになり、孝之の予想以上の強さに手こずったが、アヤが逃げ切り勝利した。見事な技術で編集された動画は、またもや五十万以上の視聴回数を稼いでいた。
「もうすぐFCSだな」と孝之が言った。
年に一度、秋に国内eスポーツ最大級のFCS(Fighters Championship Series)日本大会が開催される。世界でも随一の規模を誇るビッグタイトルの日本大会とあって、賞金サイズは全国トップクラスを誇る。国内の有名なトップゲーマーが多く参加しており、国内のeスポーツ業界を牽引する役目としても期待されている大会である。
「健闘を祈るよ」と孝之は励ましてくれた。
アヤの学校からも、アヤを含め多くの学生がエントリーしていた。プロ予備軍とは言え、門戸の狭い世界だ。ここで賞金を稼ぐポジションを築いておきたいと、誰もが必死になってタイトル獲得を狙っていた。
そうしたライバルに囲まれながら、アヤは順調に予選を勝ち抜いた。高校の時とは比較にならないほど、強くなっている自負はあった。メンタルも安定しており、いずれの試合でも調子を維持できている。アヤにとっても、実力の証として結果を残したい大会であった。それに、この大会には是が非でも叶えたい目的がある。
周りの学生が次々と予選で脱落していく中、周りでは颯太が、アヤとともに本選に勝ち上がっていた。本選に進出したのは、全国でたったの十六名だった。
「本番でのパフォーマンスは、一朝一夕で取り繕うことはできない。すべて日々の生活の延長線上にある」
そう修一は言っていた。
「睡眠、食事、運動。日々、ベストコンディションを整えるための生活習慣づくりは行ってきた。だから本番も、それを崩さないこと。そして、本番前は、深呼吸して、いつも試合前に行っているルーティンをやると良いよ」
アヤのルーティンは、首を左右に大きく傾け、目を三秒ギュッとつむって開くこと。これを欠かさず、試合の前に行うようにした。ゲームのプロではない修一のサポートは、他の選手との差別化要素となって結果に表れていた。
そして予選の一ヶ月後、本選を迎えた。
舞台は、コンサートや格闘技などが行われる多目的のアリーナ。観客は一万五千人を収容できる。高校生大会の時とは桁が違う。当日はほとんどの席が埋まっていた。孝之、修一、竜也、そして専門学校の仲間も観に来ている。アヤは、緊張感というより高揚感に包まれていた。
「竜也、大会が終わったら褒めてほしい」
アヤがそう言うと、竜也が一瞬考えてから、答えた。
「うん、約束する」
アヤは第四試合だった。控室のモニターでは、試合の様子が映し出されている。流石、日本一を決する大会ともあり、ハイレベルな戦いが展開されていた。熱戦に感化された観客も盛り上がっている。アヤは静かにモニターを観察し、選手の動きを分析していた。勝ち上がった時は、対戦相手となるプレイヤーだ。第一試合、第二試合が終わり、第三試合には見知った名前が並んでいた。森岡と颯太の対決だった。
森岡は知名度も高く、優勝候補の筆頭だった。森岡の登場を受けて、観客は大きな拍手を送った。日本の誇る、生きる伝説だ。二十八歳で世界一になった森岡は、それまでゴミ清掃員をやりながらゲームに打ち込んでいたという。世界一の称号は、森岡の人生も、eスポーツ業界に対する世間の目も大きく変えた。
「eスポーツ選手は、立派なアスリートです」
森岡はインタビューで、その禁欲的なスタンスを明らかにしていた。徹底した日々のスケジュール管理に、本番での集中力を高めるマインドトレーニング。その真摯な姿勢に、アヤも非常に大きな影響を受けた。いま観客から送られている拍手は、ゲームを楽しむ全国のプレイヤーからの期待と尊敬の表れだった。
すぐ横の椅子に腰かける颯太も、落ち着いているように見えた。相変わらず見た目には心の内が読めないが、アヤには鼓動が伝わっていた。がんばれ、颯太。
試合の立ち上がりは、悪くなかった。颯太は冷静に森岡の攻撃を受け止め、しばらく均衡状態が続いた。どちらも焦りはない。しかし均衡を破ったのは、やはり森岡だった。
序盤とは人の変わったようなプレイスタイルに変化し、颯太を翻弄し始めた。格闘ゲームならではの、ダメージを与えた時の「バシッ」という効果音が連続して響き渡る。観客も呼応するように、「おお」と声が漏れる。会場の温度が高まる。
引き出しが多い。改めてアヤは驚いた。森岡の試合映像は記録が残っているものが多いので、穴が開くほど見返していた。それでも、見たことのない技が繰り出される。
颯太は防戦一方となり、そのまま森岡が押し切る形となった。試合は三ラウンド制だが、二ラウンド目も森岡の勢いを止めることができなかった。颯太の必死の抵抗もむなしく、ライフゲージは消え去った。会場からは、歓声と拍手があがった。
会場に余韻の残る中、アヤの出番が訪れた。
対戦相手は、白い帽子に細い目つき、そして顎に無精ひげ。一度か二度、プロ選手同士の試合で見かけたことのある選手だった。アヤより十歳は年上だろうか。使用するキャラクターは、炎を操るヨガの達人だった。対するアヤのキャラクターは以前と変わらず、筋肉隆々の日系格闘家だ。
ちらと相手の顔を覗くと、ラフな装いとは裏腹に、くっと結んだ口元に多少の緊張が見て取れた。これだけの観客に一挙手一投足を注目されるこの舞台では、誰もが緊張するだろう。
森岡の試合に刺激されて興奮状態にあることを、アヤ自身も自覚していた。それでも、自分を客観的に見れている。深呼吸をして、ルーティンをこなす。さぁ、ワタシの舞台だ。
試合が始まると直後、相手選手から仕掛けてきた。探るような小技を連発する。アヤは一つ二つとダメージを負ったが、防ぎ、かわす。些細なやり取りであっても、何万人もの観客が二人のやり取りに集中し、揺れるように反応する。ゾクっとした。
アヤの得意なことは、相手選手のクセを掴むことだった。相手の表情、攻撃スタイルなど、わずかな手がかりから相手の気持ち、戦い方の傾向を予想する。選手も同じ人間である以上、呼吸の乱れや気持ちのひだ、咄嗟の対応時のクセが生まれる。そこの隙を狙って、最も効果的と思われる手法で、突いていく。
コンマ一秒の駆け引きと、判断の連続。
相手選手は、冷静で堅実なプレイスタイルだった。一見、隙が無い。誘いに乗ったら絡み取られる、蛇のような相手だ。アヤはやや距離を取りながら、薄い攻撃を何発か仕掛ける。相手が焦らされたように、遠隔攻撃を連発した。掻いくぐってアヤが接近する。
蛇が牙を剥いた。
その瞬間を狙っていた。アヤは、相手の攻撃と寸分違わぬタイミングで反応して攻撃を防ぎ、逆に相手を投げ飛ばした。すかさず追い打ちで連続攻撃、そして必殺技のコンボ。瞬時に相手のライフゲージを奪い、画面にKOの大きな文字が表示された。
アヤの華麗なKO劇に、会場が熱狂した。観客の熱が、ビリビリとアヤの肌に響く。
一呼吸を置いて、第二ラウンドが始まる。気持ちの切替と集中力が問われる。それでも、アヤは終始相手を翻弄した。引いて、叩く。予想外の劣勢に焦っているのか、相手選手に冷静さを欠いたプレイが見られた。アヤは、その揺れを決して見逃さなかった。
結果、危なげのない試合展開により、アヤが二ラウンド連取で見事勝利を収めた。会場が揺れる。ヨシ、勝った。
自分が試合に勝利すれば、次に誰と戦うことになるかは知っていた。
アヤが控室で他者の試合を見ていると、次の対戦相手が話しかけてきた。
「森岡です。次、よろしくね」
わっ、と思わず声を出してしまった。
「はい、よろしくお願いします!」
「いやいや、そんな畏まらないでください」
森岡は常に低姿勢な人間と聞いていた。試合の日には必ず飲むらしい、コーラを今も手に持っている。
アヤは憧れの選手を目の前にして、胸の高まりを止められなかった。
「ずっと憧れでした。今日、対戦できるのが光栄です」
「ありがとう。若い選手にそう言ってもらえて嬉しいよ」
「ワタシがゲームを始めたきっかけは、森岡選手でした。本当に、本当に憧れなんです」
相手が信じてないと思って、必死で繰り返してしまった。森岡は笑っている。
「君は、面白い戦い方をするね」と森岡が言った。
「実は、孝之さんのYouTubeでも、君のプレイを見ていたんだ」
「そんな、恥ずかしい」アヤは赤面した。
「そして、さっきの試合。驚くほどクセが無い。自分のプレイスタイルにこだわりを持っていない。それが、一番の強みだなと感じたよ」
「それは、どんな戦術もマスターしていると、森岡さんが言っていたからです」
「それは光栄だね。だからこそ、手強い」
アヤは、素直に嬉しかった。あの森岡さんに認めてもらえている。
「と、試合前にする話じゃなかったですね。探りを入れたかったわけじゃないんだ。偉そうに申し訳ない」森岡は笑いながら謝った。
「いえ、お話できて嬉しかったです」
「こちらこそ。ありがとう」
そう言って森岡は、その場を去ろうとした。アヤが呼び止める。
「ワタシ、この大会で一番実現したかったのが、森岡さんとの対戦でした」
「僕に、勝ちたかった?」森岡が勝負師の眼差しになった。
「いえ、勝ちたいという気持ちは勿論あるのですが、それよりも、その、森岡さんと一緒に、魅了したかったんです」
「誰を?」
「日本中のゲームファンを」
フフ、と森岡が口元を緩めた。「やっぱり面白いね。そんなことを言われたのは初めてだ.。次の試合、楽しみにしていますね」
軽く手を振って森岡が踵を返した。随分と大胆なことを言ったものだ。ワタシはやはり父親の血を引いているのだろう。
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