私の願いをかなえてほしい

@mia

第1話

 世界史の授業が終わった後に授業で使った教材を片付けるのは世界史の教科係の仕事だ。

 僕は教科係なので仕事はちゃんとやるよ。


『さて、ここで問題です。

 授業に使った教材は五つありました。

 一番かさばって重そうなものは先生が持って行ってくださいました。

 教科係は二人です。

 一人いくつ片付ければいいでしょうか』


 なんで三つ残ってるんだよ。

 しかも一番小さいの持っていきやがった。

 これも男女差別じゃねえの?

 三つ持とうと思えば持てるけどさ、きついけど。

 どうみても男の僕よりも女のあいつの方が持てるだろうと思うが、本当のことを言ってもトラブルになる。

 次の授業があるので教材を三つ持ち教室を出ようとする。


「一つ持つよ」


 そう言って持っていた三つのうち一番大きいのを持ってくれた男がいた。

 同じクラスだが挨拶くらいしかしたことない男だ。

 礼を言いつつ、イケメンだよなあ、と思う。さすがに口には出さないが。

 容姿だけじゃなく、こういう親切を男女問わずにできるところがさ。

 本人の性格もあるが、親の育て方がよかったんだろうな。

 また聞きだけど、お姉さんも似ているらしいし。

 それにひきかえうちは……。


「ただいま」

 家に帰るととりあえず言う。

 今日はばあちゃんが来ていないので、返事はない。

 両親ともにフルタイム勤務だし、姉ちゃんは二階の自室に引きこもったまま出てこないし返事もしないし。

 第一志望大学に落ちた姉ちゃんは合格した大学に通い始めたが、ひと月もせずに引きこもった。

 最初の頃は父さんも母さんも姉ちゃんと話をしようとしていたが、最近はあきらめている。

 一駅隣の町に住んでいるじいちゃんも最近は来なくなった。

 ばあちゃんは以前と同じで、おかずをたまに持ってきてくれる。


 小さい頃は姉ちゃんが嫌いだった。

「これやって」「あれ持ってきて」すぐに命令するから。

 小学生の時も自分の部屋で宿題やっていると、「下行って、ジュース取って来て」と言いに来る。

 断ると大声出してうるさくなるので行く羽目になる。

 さすがに中学生になると試験勉強中は、頼まなくなっていた。その頃は好きでも嫌いでもなくなっていた。

 だがしかし、引きこもってからは見境なくなった。

 宿題やっていても、試験勉強中でもメッセージアプリで命令してくる。ブロックしたら、メールや電話がくる。

 断ると、時間関係なく大声出すは壁を叩くはで迷惑極まりない。

 

 姉ちゃんにも腹立つが、もっと腹立つのが両親に対してだ。

「いうこと聞いてあげなさい」と怒られる。怒る相手が違うだろうと思うし、そう言うとまた怒られる。


 我慢できなくなって祖父母に訳を話し、同居させてもらうことにした。

 高校は少し遠くなるが、ストレスの多い生活よりずっといい。

 平和な生活を送っていたが、実家に忘れ物を取りに行ってショックを受けた。

 僕の部屋のドアが壊され、中が荒らされていた。

 僕の部屋だけ。

 あまりのショックに何も持たずに家を出た。

 歩いていると、涙がにじんでくる。

「何が悪かったんだろう」「どうすればよかったのか」ぐるぐる考えても答えは出ない。


「大丈夫ですか」


 いきなり正面から声を掛けられて、二三歩後ずさる。

 僕の歩いている先には誰もいなかったはずなのに、なぜいる。

 声も出ない僕に、話し続ける。


「お困りのあなたの手助けをしたいのです」


 怪しいので無視して通り過ぎようとするが、なおも声を掛けてくる。


「今のあなたをお助けできるのは私だけですよ」


「僕はお金持ってないので、他をあたってください」


「お金ではありません。恩返しです。遠い昔の」


 相手の顔をじっと見るが、記憶にない。


「人違いじゃないですか。僕はあなたを知りません」


「あなたが生まれるずっとずっと前の恩返しです」


 もしかして、かかわらない方がいい人?

 そう思っても口から出たのは反対の言葉だった。


「姉ちゃんを元に戻せますか。家族は元に戻りますか。落ち着いた生活ができるようにしてほしいです」


 さすがに「ひきこもる前」とか具体的なことは、見ず知らずの相手に言えない。


「だいじょうぶですよ」


 いつの間にか相手はいなくなっていた。



 数日後、僕の実家に強盗が入って両親と姉が殺されたと連絡があった。

 その時の僕には「悲しい」とか「つらい」とかは無かった。ただ、「無理だったんだ」。それだけだった。

 元には戻らないから、落ち着いた生活だけをかなえてくれたのか。

 そんなに日にちは経っていないのに、僕は相手の顔も、男か女かすらも分からなくなっていた。

 前世の僕?が何をしたのか不明だがそのおかげで今の僕が助かったのか。

 方法はどうであれ僕を助けてくれたことに変わりはない。


 納骨も済、じいちゃんとばあちゃんと僕と三人で落ち着いた生活を取り戻しつつある。

 今の生活に不満はないが、一つ思っていることがある。

「あのクラスメイトのような家庭がよかった」と言っていたら、今頃はどう過ごしているのだろうと。

 

 

 


 

 

 








 


 




 

 

 

 


 

 

 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の願いをかなえてほしい @mia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ