魔物のあとしまつ ~宮廷料理人から追放された主人公は竜人の子供と魔物専門料理の食堂を営む~

@ufuufu2022

第1話 『宮廷料理人』

ここはノースノワール王国の王都にあるシュタール城。煌びやかな城の中にある一際、大きい区画を割いている場所。それが宮廷厨房だ。王族はもちろん、それを支える従者なども含め城内の動力源と言っても過言じゃない、その厨房は昼食時の喧騒も落ち着いた頃、ひと時の仕事の緊張から解かれた私たち、宮廷料理人は互いに労いの言葉をかけあっていた。


私も一息ついてから、いそいそと働くひとりのコックに一声かける。


「一区切りついたわね。私は伝票整理をするから後をお願いね」

「分かりました」


そのコックは笑顔で答えると仕事に戻っていく。


厨房内は緊張感から解放された厨房では、20名以上いる料理人たちが談笑などをしながら片づけをする姿は仕事中の緊張感とは違った賑やかさに満ちていた。そんな、少し緊張が緩んだ厨房内に怒号が響く。


「分かっているのか?ルイズ!」


切れ長の目をした細身の男が私を憎しみを込めて睨んで詰め寄ってくる。

私は心の中でまたかと、頭を掻きながらうんざりした態度を隠さなかった。

凄い形相で迫ってくるのは、このシュタール城宮廷料理人の副料理長のボース・ハフトだった。


賑やかだった厨房が一気に静まり返る――


そして、その怒鳴られた相手のルイズとは私のことだ。ルイズ・シャサール。この宮廷内の厨房で働く料理人だ。立場上でいえば、副料理長の下のポジション。この厨房内の料理長、副料理長に次ぐ三番手の地位にいるのが私だった。


(私が女性であること、この城で働いて5年の早さで、今の立場になっている私が、ボースとしては鼻持ちならない存在みたいね。おかげで毎日のように突っかかってきて、うんざりしているのよね)


私は伝票整理の作業の手を止めて、ボースに向き合う。


「なによ。なんのこと?」


と、とぼけた返答をしたが、実際には見当が付いている。いや、思い当たる節が多すぎて、どれか分からないというのが本音だ。


「お前は俺が出すメニューを何度も何度も、突き返してきやがって――」


ボースの怒りを込めて握った拳が、わなわなと震えていた。その姿とは対照的に、私はあっけらかんとして、まともに相手をするのも面倒くさくを感じていた。そんな私の態度も、ボースにしてみれば苛立たしいのだろうが――


ボースが言っているのは今日の昼食のことだ。今、私が働いている、このシュタール城の厨房を一手に任されているフラム料理長はノースノワール国王に随伴して他国へ外遊中で、その料理長に代わって宮廷内厨房の全権を任されているのは副料理長のボースだった。


「それは、あんたが出したメニューに不備があったからでしょ。私はアボイエとしての仕事をしたに過ぎないわよ」


私はボースへ淡々と伝える。このアボイエというのはオーダーの出す順番やタイミングを計り、厨房の各セクションのフォローに入ったり、出てきた料理の最終チェックを行う。厨房内の司令塔とも呼ぶべきのポジションだ。


こう聞くと副料理長のボースより立場が上のように感じるかもしれないが、宮廷料理の肝はソースだ。料理の味はソースが味を決めると言っても過言じゃない。そのソースの味を決め、作り管理するのがソーシエというポジションだ。一般的には、ポジション毎の分業制になっている、この宮廷厨房の中でも花形のポジションであり、その担当を料理長直々に任されているのはボースだった。


だが、料理長が居る際には、料理長がアボイエを担当しており、その料理長が不在時に直接、アボイエを任されたのが私だったのが、ボースからすれば面白くないのだろう。


「料理長が長期不在の今、俺が全権を握っているのに盾突くとは……」

「私たちは、あくまで代理として料理長の留守を預かってるだけよ。それに盾突くもなにも、ただ仕事上のことでそこには、あなたに対する個人の感情はないわ」


その回答に対しては嘘偽りなく本心だった。そもそも、料理長に副料理長を任されるだけあって、ボースの料理の腕に関しては私も異論はなかった。


(性格が悪いだけならまだしも、下手に腕が立つのが、余計に質が悪いのよね。)


だが、ボースはお調子者な所があり、料理長が目を光らせている時にはいい仕事をするのだが――


そういう部分が改善されないから永遠の二番手止まりだろうと私は考えていた。私から、そんなことを直接言えば、また怒り狂うだろうが。そういうこともあって、料理長は立場が人を作るという考えもあって、そこまで乗り気ではなかった国王様との外遊に随伴するのを決めた理由のひとつにあったのかもしれない。


ボースは料理長が、不在になってから最初の2、3ヶ月は不在を預かる者として、緊張感を持って仕事をしていたのだが――


ここ1ヶ月は慣れてきたせいか、ボースは王様気分で緊張感がなくなり、些細なミスが毎日のように起こる。そして、今の様にボースは、すぐに感情的になり、声を荒げる。なので、ボース自身にミスや落ち度があっても、周りが委縮してしまい、ボースに怒られまいと、料理に集中するよりも、ボースの顔色を窺っている、そんな変な緊張感が生まれてしまっている。そんなボースに対して、臆せず指摘などができたりするのは、私以外、厨房に居ないのが現状だ。


料理長も見た目は強面なので、一見、厳しそう気難しそうに見えるが実際はそうではない。その強面からは、想像できないくらい優しさと気配りのある人だ。フラム料理長は、厨房スタッフが集中できる程よい緊張の中、仕事ができる空気を作れる人なのだ。その下で20年以上も働いていてボーズが、そこを見習わないのは何故なのかは謎なのだが……


「ルイズ!貴様!聞いているのか!」

「ええ、聞こえてるわ」


そんなことを考えながらボースの言う事を聞き流しているのを、どうやらボースに見抜かれたらしく、それによってさらに激高しているようだ。


ボースの起こすそのミスというのが、今のような厨房内のスタッフへの理不尽な態度であったり、こうして感情的になって高圧的に迫ったりする部分だけであるのであれば、ある程度は、見過ごすことも必要だ。それは決して褒められたものでもないし。正すべきことではあるが、そこを細かく指摘していたら、厨房全体の動きがストップしてしまう。


もちろん、ボースに代わって他のスタッフへのフォローやアフターケアをするのは大前提として、厨房内をスムーズに運用するためには、そうしたボースの態度については、多少は目をつむっている……つもり。


しかし、そのミスが態度などではなく料理に及ぶのであるなら話は別だ。料理長が厨房スタッフ全員に毎日のように言っていたことが、2つある。


1つは、一日に同じ料理を百皿作った中で、ミスをしたのが、たった一皿だったとしても、食べるその人にとっては初めての一皿だということ。もう1つは、料理は口から身体に入れるもの。だからこそ、必要以上に慎重にならなくてはならない。宮廷で働いているなら王族、貴族などへの毒殺などの危険も孕んでいる。それくらい、食事。料理というのは命に密接に係わるものなのだと。そこを常に意識して調理を行えというのを料理長は厨房の全スタッフに徹底させていた。


だから出てきた料理に何か不備などがあれば、役職的にはボースが、上の立場だろうと指摘する。それが、命の危険に係わらないミスだとしてもだ。もしそれが例え、料理長の料理の一皿だったとしても対応は変わらずに作り直しを命じるだろう。


あくまでも例え話だ。そんなミスをしている料理長の姿は、この厨房で働いている5年間で一度たりとも見たことはない。そういった料理長の教え、理念を守っているに過ぎない。


「俺は前々から気に入らなかったんだ。冒険者あがりのお前が、このシュタール城の宮廷料理人の三番手にいるのにも納得していない」

「それは、料理長が決めたことだわ。私が冒険者出身っていうのも、あなたの偏見で言いがかりでしかないわ」


ここの宮廷厨房でのキャリアを勤続年数の長さだけで言えば、料理長に次いでボースが、この宮廷厨房で20年以上、その次に私の5年、その後は3年以下の若手中心のスタッフ構成になっている。どこまで本当かは分からないがボースに嫌がらせをされて辞めている若手もいるって話を聞いたことがあるのも一度や二度ではなかった。


「たかだか勤続5年程度で生意気な!」

「勤続年数だけあってもね」


そう嫌味ったらしく答えると、ますます怒りを露わにして、ボースは私を指差しながら叫んだ。


「ルイズ!お前はクビだ!」

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