第3話 新たな旅立ち
元々、冒険者だった私は旅の道中に師匠から料理を教わっていた。その旅が終わった時に、この王都シュタールに来て、初めて料理人として正式に働き始めた。それから、5年勤めていたが、そろそろ潮時かなと感じていたのも事実で、料理長が居たら、その人柄の良さにほだされて、辞める理由を見つけれずにズルズルと、この先も残っていたのかもしれないなと、厨房から出たあと、私はそんなことをコックコートから私服に着替えながら考えていた……
着替えも終え、城を後にしようと歩いていると、後ろから息を切らして走ってくる音が聞こえた。
「ルイズさん。待ってください。」
その音の主はコミィだった。
「いいの?コミィ。抜け出してきて。ボースにどやされないの?」
「大丈夫です。ゴミ出しって言って抜け出してきてますから」
コミィさんは肩で息をしていた。
「コミィ。悪かったわね。私とボースのやり取りに巻き込んじゃってさ」
「そんなのいいんです。自分から口を挟んだことだったので。でも、そのせいでルイズさんが……」
「コミィのせいじゃないわ。ここで学ぶべきことは、学んだって感じだったし。いいきっかけだったのよ」
私は強がりでもなく清々しい気持ちで、素直にコミィに告げる。
「僕だけじゃなく、皆も普段からルイズさんにフォローされているのに、あんなことになってしまって、すみません」
申し訳そうにコミィは頭を下げてくれた。それを気にしないでとばかりに手を振ってみせた。
「前にもコミィには言ったかもしれないけどさ。元々、私は冒険者だった師匠の旅に帯同した時に料理を教わってコックを志して、そこでのことは旅の中で実践で学んだものばかりだったから。一度、きちんと基本を学びたいと思って、ここの宮廷料理人で働き始めたからさ。そういう意味では基本は、もうばっちり学べたからいいのよ」
私は、コミィを安心させるように言い聞かせた。
「そう、前に仰ってましたね。ルイズさんは、そのやり方でやってきたから我流の変な癖があったから、宮廷料理人になった時に矯正するのに苦労したから。僕が最初に宮廷料理人の下働きから入ったのは正解だぞって言ってくれましたね」
その時の情景を思い出したのか。コミィは少し微笑んだ。
「そうそう。正統派っていうのは大事なのさ。私は邪道だしね」
「でも、他の先輩達にはない技法とかがあって、すごく自分には為になりました」
今度は申し訳なさではなく、感謝の意を伝えるためにコミィは、私に頭を下げる。
「でも、ボースに目をつけられないように気を付けなさい。料理長が戻るまでに、あと1年ぐらいあるわよ」
「はい。あの場に料理長がいらっしゃったら、ああいう結果にはならなかったのに」
「そうね」
コミィの言う通りだろう。冒険者出身の私を拾ってくれた料理長には感謝しかない。その調理長が居れば、結果は違っていただろうし、そもそもボースが緊張感がなくなって気が緩むということもなかっただろう。そんな料理長に対して、別れの言葉もなく、この城を離れるのは悔やまれることではある。でも、この決断に私は迷いも後悔はなかった。
「ルイズさんは、これから、どうするんですか?」
コミィが心配そうに私の顔を覗き込みながら訊ねてくる。
「そうね。城仕えの宿舎も出なくちゃならないし。とりあえず、ワンファングにでも行こうかなって」
「たしか、モンノワール地方の街でしたっけ?」
「そうそう、この王都に比べれば田舎だけど料理人やるにも冒険者やるにも、不自由しない土地だし」
そうこうして歩いて話しているうちに城仕えが出入りする裏口の前まで到着した。
「じゃあ、コミィ。ここで、お別れね」
そう言うと、私はコミィに握手を求め、手を出すとコミィは、その手を握り返してくれた。
「あの時にコミィが声を上げてくれたの嬉しかったわ。その心の強さ、それが作る料理に込められて、それに気づく人が現れるから、それまで料理人として頑張るのよ」
間違いなく、あのタイミングで発言すれば、自分が不利になる状況下にもかかわらず、声を上げてくれた芯の強さをコミィには感謝している。その強さがあれば、コミィは良い料理人になると私は感じていた。そう思い、コミィの顔を覗くと目が少し潤んでいた。
「今まで、ありがとうございました。お元気で」
「こちらこそ、ありがとう。コミィも元気でね」
そしてコミィは私が、見えなくなるまで両手を振って見送ってくれたのだった……
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