第4話 5年ぶりの戦闘
王都の華やかな街中からすっかり離れ、同じ景色が続く街道を荷馬車に揺られながら、その景色を眺めていた。
私は城仕えの宿舎で荷物をまとめた後、モンノワール地方のアンファング村へと向かう商人のおじさんの荷馬車に同乗させて貰った。
今、向かっているモンノワール地方はノースノワール王国の北部に位置する地域。私が働いていたシュタール城のある王都から馬車で2日の距離にある地域だ。王都シュタールの華やかさと比べたら、田舎っぽさはあるものの、地名にもなっている霊峰モンノワール山脈と大きな森林地帯
整備された街道沿いは以前は、魔物も出没していたようだが、今は冒険者が往来することが多いので、魔物自体が街道を警戒して襲わなくなっているようで、魔物襲撃の護衛役を必要としないということもあって、冒険者以外の商人なども行き来が盛んになっている。それがアンファングが栄えている要因の1つらしい。
実際、私が乗っている荷馬車も護衛なしでアンファングに向かっている。しかも道中、魔物に一度も襲われることもなく目的の街であるアンファングに着きそうだ。今見えてる、あの丘を越えてしまえば、もうアンファングの街が一望できる場所に出る。
そう思っていた、その時――
地面が、ぐらぐらと大きく揺れた。
「おぉっ!地震!しかも、結構大きいわね」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
馬が地震に動揺して鳴き声を上げて、暴れそうになる。それを抑える為に私は行者席から降りる。
馬の首を大丈夫だぞとなだめて言い聞かせながら、さすってあげた。私自身は立っていられないという程の揺れではないが大きい地震なのは確かだ。
「おじさん、大丈夫?」
商人は馬車の行者席からバランスを崩して、倒れているのを私が手を貸して引き上げて起こす。
地震も最初の揺れこそ大きかったものの、しばらくすると揺れも小さくなり次第に収まった。
すると今度は地震とは違う、大きな唸り声が森の方から聞えてきた。その音をする方へと目をやると茂みから何かが勢いよく飛び出してきた。
ザッ!
飛び出してきたのはグリーンホーンだった。グリーンホーンは通常の鹿よりも倍はある体躯ながら俊敏さも兼ね備えた魔物だ。そして、何と言っても名前の由来にもなっている、その巨大なオリーブ色をした角が特徴である。普段は警戒心が強く、此方から攻撃をしなければ、襲ってこない大人しい魔物なのだが。しかし、攻撃に転じた時に、その雄々しく巨大な角に刺されればひとたまりもない。
「フゥー!フゥー!」
それはあくまで、通常の状態での話で、ビックホーンの特徴と注意事項に過ぎない。このグリーンホーンは、どうやら先ほどの地震にびっくりして興奮して我を忘れてしまっている。
仕方がない。この荷馬車に突っ込んで来られても困る。倒すしかないわね。そのように判断をして荷馬車から少し離れた場所で行く手を塞ぐように立ち、左足を引いて左腰に据えられたシミターの鞘に手をかけ身構えた。
「あ、あんた。戦えるのか?」
「ええ、少しだけ冒険者の心得があるわ」
商人が慄きながら私に問いかけた。私は、それに安心させるように笑顔で応える。
すると、グリーンホーンの後ろの茂みから、このグリーンホーンの子供だろうか。その小鹿が自分の親の姿に動揺しているのが目に入る。
(子連れのグリーンホーンだったのね。仕方ないわね。殺さずに気絶させてやり過ごすしかないわ)
手にかけていたシミターから手を離し、両手を上げて、グリーンホーンの一番、警戒すべき角を受け止めるべく構えを変えた。5年ぶりの実戦で、グリーンホーン相手に殺さず気絶させるというのは、ある意味、殺すよりも難しい選択肢かもしれない。
(まぁ、5年ぶりの実戦というのがいいハンデになるわね。)
凄い勢いでグリーンホーンが迫ってくる。グリーンホーンの視界に私が入ったのか。私めがけて首を下げて突っ込んでくる。
グリーンホーンが首を下げるのは標的を定めて攻撃を仕掛ける合図だ。
その軌道に私は自ら潜り込む形になり、迎え撃つ形となったと私は軽く息を吐いた――
ドスっ!
「おっと!!」
私は小さく声を漏らす。グリーンホーンの突進を何とか素手で受け止めることができた。
(押し込まれたら、どうしようかと思ったけど。)
冒険者としてのブランクは気にしなくても良さそうなことに安堵した。
「ふんすっ!」
まだまだやる気満々だと言わんばかりにグリーンホーンは鼻息を荒くする。グリーンホーンの突進自体の動きを止めたものの、前に出ようという行為そのものは、止めようとはしていなかった。何とか脚に力を込めて地面を蹴ろうと藻掻いている。
「やっぱ力があるわね!我を失ってるだけにリミッターが外れているのかも!」
前に出ようとするグリーンホーンを御しながら自分の吐いた台詞で気づいた。私自身も若干、興奮していたのかもしれない。一瞬ではあったが、5年ぶりの冒険者としての戦いに。
このまま、受け止めていても埒が明かない。気絶をさせなければ。そう思い、私は腰の後ろにある大型のチョッパーナイフを片手で取り出す。
チョッパーナイフは鉈のような形をしていて刀身が厚く重く面積の広いのが特徴の肉包丁なのだが、これを戦闘用と調理用を兼ねた特製のを私は使っていた。グリーンホーンの角を受け止め支えたまま、その角を支点にして回り込んで、それを後頭部と首の間に素早く峰打ちする。
「オォーーン」
峰打ちを受けてグリーンホーンが声を上げる。
ズーンっ!
すると、あれだけ興奮して我を忘れて暴れていたグリーンホーンが気絶し、力なく横倒しになる。それを見て、おどおどして遠くで見ていた小鹿が親鹿に駆け寄ってくる。
心配そうに親鹿であるグリーンホーンの様子を確認する小鹿を見ると、ちょっと心が痛むが殺してしまうよりはいいだろう。この街道沿いの平原自体には凶悪な魔物も出ないし、少しの時間経てば目を覚ますだろう。
「もう大丈夫。今は気絶してるだけで死んでないから安心して」
――と小鹿に優しく声をかけるが、当然のことながら返事は返ってこない。代わりに商人のおじさんが口を開いた。
「撃退するだけでも凄いのに、こんな芸当ができるなんて、心得ってレベルじゃないぞ。あんた何者だい?」
「私は、ただのちょっとだけ戦えるコックよ」
「いや、そんな無茶苦茶なコック聞いたことないぞ」
そんな会話を交わしながら、馬車は再び、アンファングに向かって馬車が走り出した……
魔物のあとしまつ ~宮廷料理人から追放された主人公は竜人の子供と魔物専門料理の食堂を営む~ @ufuufu2022
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