職を失った悪の魔法少女、恋をする
夏伐
吊り橋効果は永遠に
「マジカルダークネス、貴様が組織を裏切ったことは分かっている」
マジカルダークネスと呼ばれた少女は驚いた表情を浮かべた。彼女は順に周囲を見渡した。
黒や紫を基調としたゴシックな――一般的に魔法少女と呼ばれる姿だ。その周囲には金と黒を身にまとう戦士、仮面をかぶった大男、露出の多いスーツを着た女性……他にもたくさんの悪の怪人たちが
それぞれが世界各地の研究所に所属する魔法や科学のスペシャリスト。少女自身ももう二十年ほどこの研究所に所属し、世界に敵対している。
「私の成績はご存じでしょう? この間も日本を代表するヒーローを一人引退させたわ」
「それが私たちを欺く作戦だってことは知ってるのよ」
それからマジカルダークネスは何度も自分の潔白を叫んでいたが、誰も信じなかった。
怪人たちの中でも年齢が高く、いつも自然にリーダーになっている科学者がいくつもの画像を空間に展開した。
そこにはマジカルダークネスの変身アイテムと酷似したものが映し出されていた。
「技術を流出させたな」
「ここまで酷似して、実際にヒーローの能力も上がっている」
「反面、お前の成績は徐々に悪くなっている。その変身アイテムは≪予備≫のレプリカだろう」
それまで必死に弁解していたマジカルダークネスは、うつむいて黙ってしまった。
プツリ、と魔法少女の姿が消え、会議は途端にマジカルダークネスの後任を決めるものへ。そして、彼女を始末をする話へと変わっていった。
それを遠く聞きながら、マジカルダークネスと呼ばれていた少女は怒りに震えていた。そして一刻も早く逃げなくてはいけないという焦りにも追われていた。
★
「ゆう! 学校はどうだった?」
おばあちゃんはいつも優にこう聞いた。玄関の鏡には大人しそうだが明るい少年の姿が反射している。
「給食おいしかったよ」
「あんたいっつも給食の事ばっかりねぇ」
嬉しそうにケラケラと笑うおばあちゃんとハグをする。これはこの家に来た時からのもので――初め、優がその場にいることを信じられなかった彼らが確かめるように抱きしめていた時からの習慣だ。
本当の優はもうお葬式も終わり、灰になって、お墓で眠っている。
優は数年前に、怪人とヒーローとの戦いに巻き込まれて迷子になっているところを、お兄ちゃんに助けられて引き取られた。他人とは思えないから、と。
お兄ちゃんはヒーロー組織の避難指示スタッフだ。非力だが、給料や待遇は良いので頭が良く運も良くないと働けない。給料が良いのは、それだけ危険だからだ、毎年何人もが死んでしまっている。
世界中、小さな能力者は多かった。サイコキネシスだったり、怪力だったり、テレキネシス、パイロキネシス、クレアボヤンス、エレクトロキネシス、その数は多岐に渡る。
戸籍も何もなかった優は、お兄ちゃんの記憶を読み取って彼の心に刺さっている幼い弟の姿に変化した。
ひとえにその場を丸く収めるためだ。
運よく、倒れていたお兄ちゃんを見つけられて良かった。そして暮らしているうちに、この家族は優の秘密を知りながら隠してくれていた。
他にも妹がおり、彼女は小さなサイコキネシス能力を持っている。
お兄ちゃんも妹も最近現れたと話題の覆面ヒーローに変身する。その変身アイテムが優だった。
元々は自我を持っていないただの能力拡張武器だった。様々な実験に参加していたのをぼんやりと覚えている。意識がはっきりしたのは、人の中に埋め込まれた時だ。不快な肉の感触を今も夢に見る。
人間の能力をアイテムに集約する、そんな実験だったように思う。科学者の集まる研究所であるにも関わらず、優のいた場所はどこか非科学的なもの、『気』だとか『呪い』だとかを研究していた。
そして意思を持ってからは、人間たちの個性に寄り添うように変身できるように努力した。出来損ないは廃棄されていたからだ。
優が意思を持っていることは知られなかった。彼と長く共にいた人間はそれを察していたが、直接それを問うことはなかった。戦いの経験値から学び、使用者の動きにリンクするように補助して力を引き上げる。
彼を『着た』人間たちはとても優秀だと呼ばれた。
同じようにして生まれたものは≪予備≫と言われた。所詮はレプリカの域で終わっていたからだ。
そんな生活も、うっかり所有者が優を落としてしまったことにより終わった。運よく逃げ出すことができ、今こうして孤児から養子へ、家族と変わらない扱いを受けている。
ヴーとスマホが振動する。見ると、お兄ちゃんからからチャットでメッセージが飛んできていた。
『優! 駅前の銅像』
「おばあちゃん、かばん部屋に置いといて!」
優はおばあちゃんに鞄を渡すと、玄関を飛び出した。ヒーロー組織で働いているお兄ちゃんは、優のことを秘密にしながらヒーローとして戦うことを選んだ。
組織に戦場まで連れて行かれても、優がいなくては彼はただの小さな能力者止まり。出会った時と同じように怪我をしてしまうだろう。
それでも優は、この秘密のヒーロー活動を楽しんでいた。存在すら気づかれていない悪の組織の裏切者――今はただの中学生の優だ。
楽しそうに口角を上げて、優は駅前に走った。
★
「いやあああ!!」
黒髪黒目、可愛らしい顔をした少女は必死に逃げまどっていた。突如現れた怪人が彼女に狙いを定めて攻撃を放つ。
「死ね! ダークネス!」
壊れたおもちゃを模した怪人は、叫びながらビルを壊す。冤罪をかけられて追われた少女――ダークネスは悪の組織から持ち出した金とアイテムを使っていたが、消耗戦を強いられていた。
せめて落としたアイテムさえあれば、とダークネスはこの街にやってきたのだが、どこにもなかった。誰かに回収されたことも考えたが、どうにもそれは考えにくかった。
無くしたのを隠していたが、ダークネスとて探さなかったわけではない。あのアイテムが出す特殊な波長を探知して、ある時は小学校、中学校、塾やプール、まるで成長するように場所が変わっていった。
子供が持ち去ったのか、と思ったが、監視しても該当者は見つからなかった。
早めに組織に相談していれば……、いや、ダークネスも元々はどこからか連れてこられた子供だった。彼女の代わりは無限に存在する。そして役立たずは『廃棄』される。
この街の駅に向かって逃げていた。今はダークネスとて一般人、ヒーローが守ってくれるはずだ。
しかし、不運にも彼女は転んでしまった。段差も何もない、ただ足がもつれてしまった。
「っ……! ……もう……なんでこんなに上手くいかないのよ……」
遠くに銅像が見えた。超能力者が現れはじめた頃、彼らも変わらない人間であると人類平等を語った賢人の像だった。
そのそばに二人の人影がある。
小さい方が「ダークネス?」と大きな声で驚いていた。ダークネスの体が怪人が放り投げた瓦礫の影につつまれた時、その人影は一つになった。
バゴッ……
鈍い音がして、瓦礫が砕ける。そこにいたのは、ダークネスが断罪される時に証拠として提出された変身アイテムを持ったヒーローだった。
古いアニメのヒーローのような姿で、彼はダークネスの盾になった。
危機を脱した。
ほっとした時、ダークネスは足に力が入らないことに気づいた。
「早く逃げてください!」
「あ、足が……」
ヒーローは怪人と向かい合い、ダークネスを庇うようにして戦った。必殺技を出すことは出来なかったが、彼女に攻撃が及ぶこともなかった。
彼が攻撃を捌ききれずにダークネスの側に飛ばされた時があった。ダークネスは必死に叫んだ。
「私が戦う!」
「君が?」
「……あなたに言ってない。黙って聞いてるそいつに言ってるの。必殺技がないのは分析済みよ」
ダークネスがそう怒ったように言うと、変身アイテムが光りそこに気の良さそうな青年の姿が現れる。そして、ダークネスに、久々の力に満ちた感覚がよみがえった。
「……マジカルダークネス復活よ」
「一回限りのね」
ダークネスの耳に少年のふてくされた声が聞こえた。彼女自身、確信はしていなかったが、やはりこの変身アイテムは意思を持っているらしい。
狼狽える怪人に、ダークネスは杖を振るう。魔法のような派手な技はないものの、彼女の振るう杖の打撃はとても重い。
何度も怪人に杖を振るい、こわれたおもちゃはスクラップへと姿を変えた。
「優!」
ダークネスに駆け寄る青年に、彼女はドキリとした。聞こえないように「吊り橋効果、吊り橋効果」とつぶやく。
ドキドキを恋と錯覚している状態だ、きっと、今は。
「あの、大丈夫ですか?」
はっと気づくと青年が目の前におり、その横に彼によく似た少年がしがみついている。
「大丈夫です。ありがとうございました……、あの……あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、俺は――」
雑魚だと思って適当に散らしていたヒーロー組織の下っ端のネームプレートを掲げて青年は照れくさそうに微笑んで名前を名乗った。
「ありがとうございます。あなたは私のヒーローです……」
顔が熱くなっている気がする。目も合わせられずにいる、これは本当に吊り橋効果だろうか。
青年から逃げるように目線を泳がせて、少年と目が合う。彼は信じられないようなものを見るように目を見開いていた。
後日、記憶障害として保護され、戸籍を得たダークネスは、努力と運により青年の同僚として配属される。
青年に、徐々に近づいて婚約者として『変身アイテム』に対面するのはまだまだずっと先の話である。
職を失った悪の魔法少女、恋をする 夏伐 @brs83875an
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