最終回の向こう側

エピローグ

「爺さん、これどこに運べばいいんだ?」

「どこもクソもねェや。どうせ“会”の連中が回収するンだ。わかりやすく、部屋の隅にまとめとけ」

「紙は全部シュレッダーですか」

「いや、薬で溶かしちまう予定だ。部屋の隅にまとめとけ」


 既に“部屋の隅”はガラクタに埋め尽くされている。晴一は苦笑して、書類の入った段ボールを置いた。

 最終的に晴一たちの戦いはショウジやユウコの存在も含め、“輝く星の会”に全て露見することになった。ノボルのカガイヘイムへの寝返りやその後の顛末を考えれば、無理もない話と言えた。

 元の世界……専門家の言うD-15世界に帰還した彼らは、すぐに“会”の人間に捕縛され、留置されることとなった。“輝く星の会”の支部は、ノボルが破壊した一箇所だけではなかったのである。


 武器の蒐集と使用。ガイスルーを相手に“ゆらぎ”の中で行われたこととはいえ、それは当然に違法行為だ。ノボルに至っては、ガイスルー化の上、“会”の人間を攻撃している。自分たちにどんな罪が適用されるのか、晴一には想像もつかなかった。

 しかし、彼らは数日の留置の後、あっさりと釈放された。事情は説明されなかったが……正規の手続きが踏まれなかったのは間違いなかった。


 それが正体を隠して戦っていたさくらたちへの配慮によるものなのか、これまでのユウコの功績によるものなのか、あるいは“会”の不手際を隠すために行われたものなのかはわからない。

 ともかく、彼らは娑婆に戻ってきた。


 無論、全くの自由を手にしたわけではない。晴一たちは皆、それぞれに厳重な監視がつく旨言い渡されていたし、ゲリラの存続が許されることもなかった。

 廃ビルのアジトにも、“会”の調査が入ることになっている。与えられた一週間の猶予は、ある種の目配せだ。少なくとも、彼らはそのように理解した。


「おいおっさん! いつまで寝てんだ。ちったあ手伝え!」

 ユウコが寝袋を蹴っ飛ばした。芋虫じみた寝袋がもぞもぞと動き、無精髭を生やしたノボルが顔を出す。

「もう少し寝かせておいてくれ」

「家にいられないなら、ビジネスホテルにでも泊まれよ。よりにもよって、どうしてここでゴロゴロするかな」

「私の勝手だろう。今はちゃんとした人間と顔を合わせたくないんだ」


 ユウコはため息を吐いた。

「ったく、腑抜けてるじゃないぞ。ただでさえ手が足りないってのに。……少年! こっちの書類、やっつけちゃってくれ。他所に出るとまずい」

「こんなに残ってるんですか?」

「待て、そいつは触るな!」

 ショウジが書類束を抱きしめた。

「俺の大事なテロ計画書だぞ。焼いちまうには惜しい!」


「やっぱり捨てましょう」

「やめろ! 使う予定はねェンだ、持って帰ってしまっとくンだよ!」

「少年、強奪しろ」

「わかりました」


 晴一はショウジに関節技をかけた。


「待て、やめろ! そうだ晴一、お前時間はいいのか!」

「時間……」

 晴一は壁掛け時計を見上げた。ちょうど長針が12を指して、小さな鐘が時報を鳴らしたところだった。


「嬢ちゃんと出かけるンだろ? 待ち合わせに遅れたら最低だぜ、なァ」

「む……」

 ユウコが唸った。

「よしわかった。少年、後は私に任せろ。君はデートに急ぐんだ」

「デートなんかじゃないですよ」

 ショウジの関節を極めたまま、晴一は断りを入れた。

「飯に行くだけです。その場で絶交を言い渡されるかも知れない」


「考えすぎだよ。気楽に行け! さくらちゃんによろしくな」

 ユウコの手のひらが晴一の背中を叩いて、ショウジの関節を引き取った。

「じゃ、行ってきます」

 ショウジの悲鳴を聞きながら、晴一はアジトの扉を開ける。寝袋のノボルが、パッと身を起こした。

「晴一くん! その……私からも! よろしく言っていたと、伝えてくれ。さくらに……その、機会があれば、だが」


「わかりました」

 晴一はノボルを振り向いて、うなずいた。

「タイミングを見て、伝えておきます」


 明星家でどのような話し合いが行われたのか、晴一は知らない。だが、経緯はどうあれ、ノボルがあの家を出ることになったのは事実だった。

 新しい家に引っ越すまでの束の間、さくらの父親はこの廃ビルで寝泊りしている。

 ノボルがさくらと、再び打ち解けることがあるのかはわからない。親子の縁が残っていれば、時間が解決することもあるのかも知れない……。


 そこまで考えて、晴一は苦笑した。自分のものとは思えないほど、楽観的な思考だった。

 こちらの世界に帰ってきてから……正確には、ノボルを狙撃した後から、晴一は時々、練馬に行くことを考えるようになった。彼の父はまだ、練馬駐屯地にいるはずだ。

 父と会ったところで――何が変わるとも思えない。だが、何も変わらないことを確かめに行くのも、悪くない気がしていた。


 晴一はスマホを取り出して、時間を確認する。目的地は、ユウコに紹介してもらった紅茶とパンケーキの店。さくらと待ち合わせた駅前までは、のんびり歩いても十五分――まだ多少の時間が残っている。

 コンビニのガラスを姿見代わりに、晴一は身嗜みを整えた。ひっくり返った襟を直して、指で前髪をすく。


 呼吸を整えて駅前広場に出ると、さくらはもう、そこに立っていた。

「あ、晴一くん!」

 さくらがパタパタ手を振った。晴一は小走りで、駆け寄る。

「悪い。遅れた」

「ぜーんぜん。今来たトコだよ」

「あ、そう……そうか」


 どうも落ち着かない。晴一は髪を撫でつけた。その髪にさくらが手を伸ばす。

「晴一くん、ほこりついてる。ほら」

「あ、悪い……」

 アジトをひっくり返した時についた綿ぼこりが取れていなかったらしい。晴一はまた、髪を撫でた。

 ――だめだ。浮き足立っている。

 彼の姿を見た誰かが、忍び笑いを押し殺したような気がした。


「……」

 晴一は振り返った。気のせいではなかった。

 駅前広場に面したカフェの中に、見覚えのある三人組が陣取っている。変装のつもりでかけているらしい黒メガネが、彼女たちをかえって目立たせていた。


「どしたの?」

「いや」

 晴一はかぶりを振った。さくらが怪訝な様子で、彼を覗き込んでいる。

「なんでもねえ。それより、早く行こうぜ」


 晴一とさくらは歩き始める。日曜日の駅前広場は、それぞれも目的地を目指す人々で、まばらなりの賑わいを見せている。

 いつだか、ここにもガイスルーが現れたことがあった。今更、あえてそれを思い出そうとする者は、誰もいまい。


 でも、晴一は覚えていた。ルミエールを守っていた空間の“ゆらぎ”は、一度それを突破した者に効果を発揮することはない。

 きっとこれからも、晴一は覚えている。


「あれから――」

 晴一は束の間、言葉を探した。

「平和になったんだよな」

 言いながら、晴一は奇妙に思った。今の状況を言い表すには、あまりに能天気すぎる単語のような気もする。だが晴一は、結局それ以外の言葉を思いつかなかった。


「そうだね」

 さくらも、同じことを思ったに違いない。

「まあ、いろいろあるけど」

「らしいな」

「聞いてる?」

 二人は顔を見合わせて、苦笑した。


「けど、大丈夫だよ。これからも、もっといろいろ、いろいろあるけど……でも、今日は昨日よりいい日だし、明日はきっと、今日よりいい日だよ」

 さくらは、今度は本当に笑顔を浮かべて、そう言った。

「晴一くんも、そう思うでしょ?」


 全く能天気な台詞だ、と思った。晴一もさくらも――ひょっとすると、彼らが知らないだけで、他の皆も、全然解決の糸口が見えない問題をいくつも抱えている。今日はよく晴れていたが、明日には雨が降ると、週間予報も告げていた。


「ああ」

 でも、今は晴一にも、さくらの能天気な台詞を心から信じることができた。

「きっとそうだ」


今日からつながっている明日は、きっといい日になる。何の根拠もなかったが、ただそう思うことができた。

 大空晴一は目を細めた。初春の日差しが、柔らかく彼を照らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大空晴一と隣の魔法少女 斎藤麟太郎 @zuhuninja

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ