あたしだけの永遠のヒーロー
仁志隆生
第1話
それは、あたしがまだ小学一年生だった頃。
いつもは夕方五時に帰ってくる母親がその日に限って何の連絡もなく、六時を過ぎても帰ってこなかった。
遅くなりそうな時は朝に言ってくれるのに。
どうしたんだろう……まさか車に轢かれた?
お父さんみたいに?
あたしは慌てて家を飛び出し、お母さんを探しに行った。
と言ってもお母さんがどこで働いているのかよく知らなかった。
なんとなく学校より遠い場所だと思って、その向こうへ行った。
❀❀❀
どのくらい走っただろうか。
気がつくと、そこは知らない通りだった。
街灯があるけどやっぱり暗い。道を通る人は皆知らない人。
どっちから来たのかもわからなくなった。
ああ、このままもうお家に帰れない、お母さんにも会えないんだ……と悲しくて怖くて、その場にしゃがみこんでわんわん泣き出しちゃった。
その時だった。
「ねえ、どうかしたの?」
あたしに声をかけてくれた人がいた。
顔を上げて見ると、それは優しそうな顔の、学生服を着ている高校生くらいのおねえちゃんだった。
「ねえ、お家どこ?」
おねえちゃんは屈んであたしと目線を合わせて聞いてきた。
「わかんない」
「そうなのね。お父さんかお母さんは?」
「……お母さん、帰ってこないの。だから、探してた」
「そうなのね。さ、一緒に探そうね」
おねえちゃんはそう言いながらポケットからハンカチを取り出して、泣いてクチャクチャになったあたしの顔を優しく吹いてくれた。
その後、あたしやお母さんの名前を聞いてきた。
すると、
「もしかしてお母さん、私の家にいるかもしれないよ。だから行こ」
おねえちゃんはあたしの手を取って言った。
その手は暖かかった。なんか安心できた。
❀❀❀
少し歩いて着いた場所はお花屋さんだった。
そしておねえちゃんは店の中にいた店員さんらしいおばさんと話しだした。
どうやらおばさんはおねえちゃんのお母さんだったようだ。
そしておばさんは奥の方へ行った。
その間おねえちゃんはずっとあたしについていてくれて、いろんなお話をしてくれた。
好きな魔法少女のアニメ、おねえちゃんも観てるからって二人でポーズ取ったりした。
しばらくすると……え?
お母さんが泣きながら走ってくる。
あたしもすぐに走りだし、お母さんに抱きついた。
「こんな所まで来て、どうしたのよ」
「お母さんがいなくなっちゃったと思ったの……」
あたしが涙目で言うと、
「……ごめんね。今日は急に忙しくなってね、連絡できなかったの」
お母さんはそう謝ってくれた。
そしておねえちゃんとおばさんに聞いた。
「あの、ありがとうございました。しかしなぜうちの子だと?」
「前に一度写真見せてもらって名前聞いてましたから、もしかしてと思ったんです」
おねえちゃんが笑みを浮かべて言った。
後で聞いたらおばさんがお母さんに電話してくれたようだった。
お母さんは職場から近いこのお花屋さんで、いつもお父さんに供える花を買っていたんだって。
しかし凄いなあ、あたしなんか一回じゃ覚えられないよ。
なんつーかもう、おねえちゃんが大好きになっちゃった。
❀❀❀
あたしはその後、お母さんにねだってはおねえちゃんに会いに行った。
おねえちゃんはニコニコしながらあたしの相手してくれる。
一緒にアニメ観たり、勉強教えてくれたりもした。
将来はお花屋さんというより、フラワーコーディネーターになりたいって話してくれた。
よくわからなかったけど、なんか凄いなあって思ったよ。
おねえちゃんはあたしの憧れ。
あたしだけの最高のヒーロー、いやヒロインかな?
❀❀❀
でもある日突然お花屋さんが閉店して、おねえちゃん達はどこかへ引越して行っちゃった。
後で聞いたけど、お母さんや他の数少ない常連さんしか来ないから、経営が苦しかったんだって……。
引越し先は誰も知らなかった。
その少し前、最後におねえちゃんと会った時だった。
「どんなに遠く離れていても、心は繋がってるよ」
おねえちゃんはそう言って大事にしていたアニメのグッズであるペンダントを、あたしにくれたんだ。
あの時もうわかってたんだね……と後で思った。
これがあったから、寂しかったけど泣かなかった。
また会えるんだと信じられたから。
❀❀❀
あれからもう十数年が過ぎた。
今は地元を離れ、違う土地にいる。
おねえちゃんはきっとどこかでフラワーコーディネーターになっている。
だからあたしも一生懸命勉強して、同じ道を選んだ。
そうそう、あたしが中学に入る前にお母さんが再婚して、苗字が変わったんだよ。
新しいお父さんはいい人でよくしてくれた。
「目標があるなら諦めずに目指しなさい」って専門学校まで行かせてくれたもんね、ありがと。
そう思いながら着いた場所。
小さなビルの一室。そこにある会社があたしの就職先。
ここから第一歩が今から始まるんだ。
❀❀❀
自己紹介が終わった後、あたしは教育担当の先輩と引き合わされた。
それは優しげな大人の女性……って、え?
「ん? 私、どこか変かな?」
先輩は首を傾げて言う。
ううん、変じゃない。というか……まさか。
「お、ねえ、ちゃん?」
「え?」
「ほ、ほら。あたしだよ。えと、これ」
あたしはポケットに入れていたあの時のペンダントを見せた。
「え……あ」
先輩、いやおねえちゃんも気づいてくれたみたい。
口元を押さえ驚いてた。
あたしはもう胸がいっぱいになって、気がつくとあの時みたいにわんわん泣いちゃってた。
すると、
「ほらほら。もう大人なんだからそんな大泣きしないの」
そう言ってあの時のようにハンカチで涙を拭いてくれた。
てか自分だって目が潤んでるじゃんか、とは言わなかったけど。
「さ、行きましょ。ちゃんと着いて来てね」
「うん。いえ、はい!」
あたしは、あたしだけの永遠のヒーローを追いかける。
これからも、ずっと。
あたしだけの永遠のヒーロー 仁志隆生 @ryuseienbu
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