ヒーローは黒いあん畜生

イノナかノかワズ

ヒーローは黒いあん畜生

 とある家族があった。

 しかし、交通事故により夫婦は他界。九歳の少女だけが残された。

 その少女は遺産目当ての叔母夫婦に引き取られた。

 そしてその少女は、精神的暴力はもちろん、軽い肉体的暴力も振るわれていた。


 そんなある日、少女にヒーローが現れた。


 そのヒーローの名は――――――――




 Φ




れん、さっさと洗い物しなさいっ! あなたが学校に行けているのは誰のおかげなのかしらっ!」

「は、はいっ!」


 肥満気味の中年の女性が金切り声を上げる。叔母だ。

 恋と呼ばれた黒髪の可愛らしい少女は怯えた声音で頷きながら、油だらけのお皿をシンクで洗う。

 その中で油に汚れていない小さなお椀とお皿があったが、それは恋の食事のあと。彼女はみんなとは別の食事をとっているのだ。

 そのため、少しだけ彼女の首筋や手首は細い。


 カチャカチャと音を立てながら恋はその小さな手で洗い物をしていた。

 少女の手なのに荒れていてカサカサだが、恋は文句を言わずに洗う。健気だ。


 そんな健気な恋が洗い物を終わり、叔母に報告した。


「あの、終わりました」

「遅い!」

「キャッ!」


 叔母は恋の頬を叩いた。

 あまり強くなくそこまで頬は腫れてはいないが、九歳と大人である。恋は地面に叩きつけられた。

 恋はそれを粛々と受け止めていた。怒りも抱かず、諦めも抱いていなかった。

 そういう黒い瞳がいやだったのだろう。


 叔母は恋を蹴り飛ばそうとしたのだが。


「ぎゃっ!」


 ババババッという羽音が聞こえたかと思うと、叔母は後ろにひっくり返った。

 ゴンっと大きな音が響き、叔母は頭を押さえてのた打ち回る。


 その隙に恋は立ち上がり、タタタッと自分に与えられた屋根裏部屋へと逃げた。




 Φ




「ありがとうね、ブーちゃん」


 恋は肩に乗る目の前の存在に可憐な笑顔を向ける。

 そして拳大ほどの大きさで、妙に発達した二本の後ろの足で立つカサカサと動く黒のXはビシッと片手をあげる。


 まるで。


『フッ。礼には及ばんよ、嬢ちゃん』


 と、言っているようだった。


「ブーちゃん。お礼はどんな時でも言っていいんだよ!」


 ……言っているようだったではなく、言っているらしい。

 恋は言葉がわかるらしい。


 ……マジか。


『ところで、ブーちゃんではなく、深暗黒滅殺卿ブラッディースファギと呼んでくれ』

「長いんだもん。ガーちゃんとかも」


 そう言いながら恋はベッドの上にいる手のひらサイズの黒のあん畜生を見た。

 深暗黒滅殺卿ブラッディースファギとは違い、二足歩行をしていない。

 いや、普通に二足歩行しないのが当たり前なのだが。


 ちなみに、ガーちゃんの本名は狂廊颱ガルゲンフォルターだ。


『だが、主がつけてくれた名前だろう?』

「嫌われ者のヒーローはこういう名前って、マントのお兄ちゃんが教えてくれたんだよ。ほらっ!」


 恋はベッドの下をガサゴソと漁り、小さなノートを取り出した。

 そこには【我が闇の盟友】と書かれていた。


 夕方の公園で黒のマントを羽織り、クハハハッと笑っているお兄さんである。

 普段は、県内でも有数の進学校で生徒会長をしている。卒業できていない高2である。高2病とでもいえば、まだいいか。


 その【我が闇の盟友】には、そのお兄ちゃんが教えてくれた名前がいっぱい書かれている。

 我が闇の眷属の真名と言っていた。盟友ではないのかなっ? と恋は疑問に思ったがいい子なので問い返すことはしなかった。


『うむ。我は主だけのヒーロー。皆には嫌われているヒーロー。だからそのカッコよい名前で呼んでくれると嬉しいのだが』

「ええー。ブーちゃんは可愛いよ!」


 恋は深暗黒滅殺卿ブラッディースファギに頬を膨らませて言った。何でみんな、こんなかわいい子が嫌いなんだろうね、と実に不思議そうに首をかしげていた。

 

 ……いや、まぁ、見る人によっては可愛いかもしれないが。


 不潔……いや、この深暗黒滅殺卿ブラッディースファギは毎日洗面所の水を使って体を洗っている清潔好きなのだが。

 

『わ、我はかっこいいと思うのだが。この黒光りのボディーなど、闇に潜む王として相応しいと思うのだが』

「確かにかっこいいけど、それ以上に可愛いよ!」

『う、うむ』


 恋はこればかりは譲れないとフスンっと鼻息を吹き、深暗黒滅殺卿ブラッディースファギに迫った。

 深暗黒滅殺卿ブラッディースファギは大きな黒の瞳に見つめられ、頷いてしまった。


『ところで主。明日は日直?とやらで忙しいのだろう? 後のことは我らが済ませておくから』

「……え、でも」

『心配なさるな。我らは主のヒーローぞ』


 二足歩行する深暗黒滅殺卿ブラッディースファギは、フィンガースナップをした。と思う。

 その瞬間、ザザザザッと音を立てながら黒の津波が屋根裏部屋に現れた。


「……そうだね。ブーちゃんたちは私のヒーローだもん」

『うむ。だから安心せい』

「うん、ありがとう」


 そして恋はベッドに横になった。




 Φ




「許さない。許さないんだからっ!」

「そうだな。あいつが来てから嫌なことしか起きない!」


 中年の女性と男性が顔を真っ赤にしながら酒瓶をダンッと机に叩きつけた。

 恋の叔母とその夫は、ここ数ヶ月間何度も後ろに倒れて頭を打っていたりした。


 理由は簡単。

 目の前に黒いあん畜生が何度も現れるのだ。


 しかも一匹だけでなく、数匹、多い時には数十匹も現れたりする。

 ホイホイで駆除することはできず、スプレーすら何故か効かない。低能なあん畜生では考えられないほどの連帯性をもって、躱すのだ。

 つい先日はしびれを切らし、家全体を駆除専用の煙で覆ったのに、なぜか一匹もしたいが出てこなかった。

 

 そしてその夜に寝室にうじゃうじゃと現れた。


 ……恐ろしい。


「すべて、すべてあいつが来てからよ!」

「疫病神だっ!」


 叔母と夫は、台所をガサガサと漁り出した。

 千鳥足で呂律が回っていないところを見れば、真面ではないのは確かだ。

 

 それは結果で示された。


「殺す!」

「そうね、殺してもバレないでしょう!」


 夫と叔母に手には包丁が握ってあった。

 そして二人は幽鬼のようにゆらゆらと歩きながら、恋が眠っている屋根裏部屋へと移動する。


 そして、階段を上り二階に立った瞬間。


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 悍ましい音が響いた。

 真っ赤に顔を染めていた叔母夫婦の顔がサーと青くなる。


 恐る恐る電気をつけた。

 瞬間。


「ギャーーーーーーー!」

「うわぁーーーーーーー!」


 叔母夫婦は深夜の町中に響き渡る悲鳴を上げた。

 包丁を投げ捨て、一目散に一階へ逃げる。


 しかし。


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 黒の津波が二人に襲い掛かる


「――――――――――!」

「――――――――――!」


 二人は声にならない悲鳴を上げる。


 二人は玄関にまで追い詰められ、ついには寝間着のまま外へと飛び出した。


「祟りだっ! 祟りなんだつ!」

「もういやよ、いやよっ!」


 そして二人は深夜の町中でわんわんと泣き叫んだ。

 それを聞きつけた近所の人が警察を呼んだ。


 

 そして恋の虐待が発見され、恋は心優しい従兄の夫婦に引き取られたのだった。





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