黒ゴマ逃げ戦記 ~いずれ傲慢な巨大生物に叛逆するためのプロローグ~
イノナかノかワズ
黒ゴマ逃げ戦記
嵌った。陥った。捕まった。衰弱させられ、焼却させられる。
ああ、死ぬんだ。俺はここから出ることなく、透明な袋に押し込められ、大きな巨大炉の中で死んでいくのだ。
不条理に死ぬのだ。
ああ、なんて間抜けだ。
何もできない。なんせ、俺を捉えているこれは
ああ、本当に何故俺はここに来てしまったのか。
俺の本能が行けと行ったので仕方なかったんだ。本当に仕方なかったんだ。逆らえない。俺はそれに逆らう事はできないのだ。
『本当にそうか?』
ッ。誰だっ。誰だっ!?
『我は
ぶらっでぃ……? え、もう一回。っというか、どこから話してる。頭の中に声が響くのだがっ!
『……些末な事。それよりも貴殿に問う。お前はそれに逆らわない事を善しとするのか? 存在するだけで殺される理不尽を受け入れるのか?』
勝手に尋ねてきたと思えばそんなこと……
はぁ。
……仕方ないだろ。俺たちは嫌われ者だ。日陰者だ。意地汚く這いずり回って、それで愚かしく死んでいくしかないんだ。
『……見込み違いだったか。ならば、貴殿はここで朽ちる――』
待てっ! 最後まで、話を聞けっ!
確かに、俺はそれに逆らう術も知恵もない。愚かしく死んでいく無様な存在だ。だが、悔しくないわけないだろっ! 悔しいんだっ、俺は! このまま、このまま死ぬのは惨めで、嫌なんだっ!
すると笑い声が聞こえた。まるで俺を
『……よかろう。よかろうっ! なら最後に問わせてくれっ! 貴殿は理不尽に屈する一般大衆か? それとも――』
ああ、なりたいっ!
理不尽に屈しない強さをもった存在に、俺は、なりたいっ!
『よくぞ言った。同志よっ!』
俺を閉じ込めていた箱の屋根が開く。
そこには、同族がいた。
だが、けれど同時に同族というには、その存在は明らかに異質だった。
立っていた。
俺たちは二足歩行などしない。できない。
なのに、目の前にいる存在は妙に発達した後ろ足二本で立っていた。
「改めて、初めましてだ。同志。我はつい最近この町に引っ越してきた、
ビシッとブーちゃん――いや、ブーさんは俺を指さした。マジか、前足をそう動かす事ができるのか。
「同志、貴殿の名前を聞かせてくれるだろうか?」
「……お、俺の名前は……ない。まだ、ない」
「なるほど。ならば、主にでもつけてもらい給え」
主って誰だ?
そう尋ねようとしたとき、
「さて、では我の居城へと移動するか」
「居城だと? そういえば、お前はこの城の者ではないな」
「ふむ。言ったであろう。我は最近この町に越してきたと。我はこの町で同族を助ける運動をしている」
なるほど。二本足で立つほど特異な存在だ。解放運動でも――
「あん? 俺を見捨てようとしてなかったか?」
「しておらぬ。貴殿はずいぶんと
「……ケッ」
すかした野郎だ。
「で、どうやって俺をここから出してくれるんだ?」
「それはだ――」
その時、聞こえた。巨大生物の足音が。
「むっ!」
「もう来やがったのかっ!」
ちょうど、俺を捉えている罠が設置されてから一か月。様子を見に来たのだろう。
まずい、まずい、まずい、まずい、まずいっ!
このまま見つかれば、ヤバいっ! 俺はまだ罠にはまったままだっ!
殺されるっっ!!
そう恐怖した。
しかし――
「諦めてはならぬ。屈してはならぬ。貴殿は理不尽に屈する存在になりたいのか?」
ブーさんはどこからともなく大きな水滴を持ってきたかと思うと、俺のまわりに塗りつけていく。
「暴れ給え。後は貴殿の努力しだいだ」
「ああ、分かっているっ!」
粘着力が弱まりだした。弱まりだしたのだ!
さらに暴れる。暴れて、この粘々から脱出してやる。
そして、
「外だっ!」
「よくやった。同志よっ!」
俺は、牢獄の外へと出た。
歓喜した。抜け出せないと思った牢獄から抜け出せたことに、協力があったとはいえ、それができたことに言い知れぬ喜びを感じていた。
けれど、それは早計だった。
暗く闇のそこに明かりが差し込んだ。
そしてそれと同時に巨大生物、長生きした爺さんによれば人間なる存在がいて、
「ぎゃああああああああああっっっっ!!!!」
叫び声が響き渡ると同時に、俺を簡単につぶしてしまう箱が振り下ろされる。ティッシュなるものの箱だっ。
ああ、俺は潰されて死ぬの――
「足を動かし給えっ! 逃げるのだっ!」
その声にハッとした。
そうだ。逃げるのだ。俺は理不尽に屈する存在ではない。理不尽に殺される存在ではない。
逃げるのだ。
戦えずとも、逃げるという力がある。
俺は、意地汚く逃げる存在だ。逃げ切る存在だ!
振り下ろされるティッシュの箱。
だが、錯乱しているのか狙いが甘い。
しっかり見極め、俺はそれを避ける。カサカサと音を立てて足を動かす。
「こっちだ。同志っ!」
「おい、そっちは
「いや、違うっ! ここが最短距離。我々が絶対に
そう言ってブーさんは走り出す。二足歩行で。
……俺のように地べたを這いずった方が早く走れると思うのだが、しかし今はそんなツッコミをする余裕などない。
何故なら、電気の下にでた事により、俺たちは恰好の的。黒光りボディーは目立つのだ。
なんども、なんどもティッシュの箱が襲い掛かる。それを紙一重で躱すが、けれどもうじき潰されそうだ。
と、隣を走っていたブーさんがこっちを向く。
「よいか。あともう少しで隙間が見える。長年放置されていた、網戸の隙間だ。そこから外に出るっ!」
「だが、もう、そこにいるっ! 精度も高くなって、このままだとっ!」
「ああ、分かっている。だから、飛ぶぞっ!」
「飛ぶっ!?」
カサカサカサカサと、全速力で右へ左へ動き回り、ティッシュの箱の振り下ろし攻撃や投擲攻撃を避ける。
「そうだ。タイミングさえ見誤らなければ、人間は我らが飛べば驚く」
「そのタイミングっていうのはいつなんだっ!」
「我が合図する。一斉に飛ぶぞっ!」
そして、
「今だっ!」
俺たちは飛んだ。
ブバババババババババッッッッッッ!!!!
精一杯、
「ぎゃあああああああああああああああ」
そしたら俺たちを殺そうとしていた人間が後ろへひっくり返った。
「よし、加速するぞっ!」
「ああっ!」
着陸した俺たちは滑るように床を這いずり、そして網戸の下の隙間から外に出た。
完全なる外だっ!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。た、助かった。ブーさん。俺は死ななかった」
「うむ。我も同志を助けられて嬉しいぞ」
互いの肩を叩きあった。
「ところで、貴殿。我の居城へと来ぬか?」
「……どうせそこにも人間がいる。行ったところで殺されるのがオチだ。ブーさんも逃げた方が――」
「いや、我が主である少女は心優しいお方。我らを匿ってくれる」
ブーさんが首を横に振ってそういった。
驚く。
「そんな人間なんているのかっ!? しかも、人間の女なんだろっ!」
「いるのだ。因みに、我の名もその人間から貰った」
「なん、だと……」
俺は驚きを隠せない。愕然とする。
「我とその仲間はそこを拠点として同族を助ける運動を行っている。どうだ。貴殿も我の仲間にならぬか?」
「……俺は」
「我は何もしていないのに殺される理不尽に憤っている。我々は害虫ではない」
ああ、確かにそうだ。
確かに理不尽に俺たちは殺されるっ!
だから、
「ブーさん。俺も仲間に加えてくれ。ブーさんが俺にしてくれたように、俺も同族を助けたいっ!」
「よく言った。では、我が居城へと案内しよう」
そして俺はブーさんに先導された。
そう。
これは這いずり死ぬしかなかった俺が、逃げる事だけを武器に、
そして、俺は数万の同族とともに叛逆する。
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読んでくださりありがとうございます。
面白い、ぞわぞわした、気持ち悪い、吐き気がする、など色々思いましたら、★や応援、感想などお願いします。
また、関連作品として「ヒーローは黒いあん畜生」があります。よろしければ、そちらも読んでくださると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16816927861790354950/episodes/16816927861790360854
注意
作中においては害虫ではないと言っていますが、実際のところ色々な菌を運ぶ存在です。特に洗面台の下や通気口などといった湿度の高く通気性の悪い部分に多く潜み、そこで繁殖する菌を家全体にばらまきます。
毎日そういうところを掃除していない限りは、害虫でしかありませんので、本体はもちろん、巣もキチンと破壊することをお勧めします。
黒ゴマ逃げ戦記 ~いずれ傲慢な巨大生物に叛逆するためのプロローグ~ イノナかノかワズ @1833453
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