第三中学校2年4組のダークナイトへ

くらんく

火中の栗

 俺のクラスには、いじめがあったかもしれない。


 過去形。推量。

 本当のことはわからない。

 分かりたくもないし、知りたくもない。

 誰も自ら火中の栗を拾うことはしないだろう。

 俺にできるのは、薪をくべることくらいだ。






 第三中学校2年4組はごく普通の学級だ。

 クラスの中心人物がいる。

 その下のカースト層がある。

 そして道端の石ころみたいにぽつんぽつんと数人。

 ごく普通の学級だ。


 俺はそんなクラスで誰とでも話をする。

 ファッションやドラマの話を、

 勉強や部活の話を、

 アニメやゲームの話をする。

 不良だろうが親友だろうがぼっちだろうが関係ない。

 それぞれにはそれぞれの好きなもの話をする。

 そして、それぞれには個性があって、良い所が必ずある。


 日浦は帰宅部だが運動神経は抜群でクラスの人気者。

 明るく素直な性格の彼はこれと決めたものに対して、

 とことん取り組む情熱的な一面を持っている。


 月島は成績優秀で定期テストは万年トップクラスの実力者。

 知らないことは無いんじゃないかと思う程の知識量で、

 何でも教えてくれる頼れる男だ。


 火野は内気な性格で一人でいることが多いがもの凄く字が綺麗。

 書くのは遅いが彼のノートは教科書よりもわかりやすくて、

 物事を理解して簡潔にまとめる才能があるようだ。


 水田は女子のリーダー的な存在。

 正義感が強く、自分から積極的に行動する気質があり、

 掃除や委員会活動にも手を抜かない。


 木本は幼稚園からの付き合いで俺の親友。

 一歩引いた視点から物事を見ることができ、

 違う視点からの意見が聞けて長く一緒にいても飽きない相手だ。


 金村はこのクラスの担任。

 40代半ばのオジサンだがぶっきらぼうな性格で、

 厳格とは程遠く自主性を尊重する点が生徒から好かれている。


 これまでに話をした経験からわかったことだ。

 誰にでも良いところはあるのだ。


 そんなこのクラスに異変が起こったのは秋口のころだった。

 職場体験学習の希望調査票が配られた。

 俺はケーキ屋を筆頭に飲食店を希望した。

 もちろん食べ物がもらえるかもという安直な理由だ。

 木本はそんな俺を見て呆れた顔をしていた。


 だが、希望調査は何の意味も持たなかった。

 それどころかこのクラスに歪みを生み出すことになった。

 

 俺の職場体験先は運動公園に決まり、

 公園内の清掃を行うことが命じられた。

 他にも多くの男子生徒が一緒だった。


「飲食店には女子を優先的に行かせる」


 それが職員会議での決定だった。

 何とも前時代的な話だが、

 料理は女性がするものだという考えがあるのだろう。

 確かにクラスの男子生徒を見ても、

 料理をしている姿を想像できるものはいない。

 とはいえこれはあまりにも理不尽だ。

 

 人気の飲食店は女子生徒に占有され、

 溢れた男子生徒は人気のない職場に自動的に振り分けられる。

 これでは希望調査の存在意義がない。


 そんな不満を解消するため、

 アリバイ的に選ばれたのかもしれないが、

 男子生徒でただ一人、ケーキ屋に行く人物がいた。 


 火野だ。

 内気な彼ならば職場体験で騒ぐこともない。

 生徒から人気の職場で問題を起こさない人物として、

 男子の代表に担ぎ上げられたのかもしれない。


 実際の理由は分からない。

 ただ、火野が唯一選ばれた。

 その事実だけがこのクラスにはあった。


 それからだ。

 このクラスがおかしくなったのは。


 はじめはよく分からなかった。

 教室のドアの前で誰かがすれ違っていただけのように見えた。

 だが日を追うごとにそれは激しく、誰の目にも明らかになった。


「邪魔なんだよ」


 振り返ることができなかった。


「消えろよ」


 振り返るべきじゃないと思った。


「死ね」


 誰かが誰かに言った言葉だ。

 知りたくない。関わりたくない。

 でもそんな思いは何の意味もなく、

 このクラスの全員が徐々に気付くことになる。


「お前男子じゃないもんな、オカマ野郎」


 見てしまった。

 聞いてしまった。

 火野だ。火野に言っているんだ。


 すれ違い様ににわざとぶつかり、机を蹴り、立ちはだかり、

 火野にだけ聞こえるように吐き捨てる言葉のナイフ。

 それが火野の肌を撫でるように切り裂いていく。

 切り傷は日を追うごとに深くなり、

 次第に火野の体に突き刺さっていく。


 の中心は日浦だった。

 日浦を中心とした数人が不満を火野にぶつける。

 言葉は次第に強く、当たりも日に日に激しくなる。

 

 クラスの雰囲気が険悪になるのを肌で感じる。

 だが誰もを止めようとはしない。

 クラスの中心でもある日浦に文句を言うのはリスクが伴う。

 自分が次の標的になるかもしれない。

 日浦のまわりの数人もそう思って火野に矛先を向けているのかもしれない。

 

を俺は何と言えばいいのだろう。


 いじめ、だろうか。


 いや、わからない。

 わかりたくもない。

 被害者がいじめだと思えばいじめだという話がある。

 だとすれば、火野がいじめだと言わなければいじめではない。


 俺は何も知らない

 俺は何もしない。

 クラスの連中もそうだ。

 誰一人として行動を起こしはしない。

 

 理不尽な暴力が目の前にあったら人はどうするだろうか。

 そんな質問があったとして、

 普通の人はこう答えるはずだ。

 そんなことをする人はいないだろう。

 

 普通の人は理不尽な暴力などしない。

 だから暴力があるとしたらきっと暴力を振るう理由があるのだ。

 即ちいじめられた方にも責任がある。

 無意識のうちにそんなロジックが完成する。


 加害者と被害者がいる。

 その構図を前にして人は、

 観察し、考察し、教訓とする。

 誰も火中の栗を拾うことはしない。

 

 俺はそんなこのクラスが嫌いだ。


 自分勝手な日浦が嫌いだ。

 自らの力を他人に見せつけることばかりで、

 他人からどう思われるのかも考えず、

 自分が正しいと思って行動するところが嫌いだ。


 他人を見下す月島が嫌いだ。

 普段は自らの知識をひけらかすくせに、

 自分より劣るものを助ける価値がないと見捨てる月島が嫌いだ。


 人任せな火野が嫌いだ。

 苦手なものから逃げ続けてひとりぼっちのまま、

 誰かが助けてくれるまで自分で考えて行動しない火野が嫌いだ。


 偽善者の水田が嫌いだ。

 後ろ盾がある時は強気に出るのに、

 分が悪くなると弱者のフリをする、

 ハリボテの正義感を持った水田が嫌いだ。


 観察者気取りの木本が嫌いだ。

 悟ったような雰囲気でただ見ているだけの、

 何の力もない木偶の坊の木本が嫌いだ。


 我関せずの金村が嫌いだ。

 全ての物事は自己責任と言い放ち、

 誰も救わず誰も諭さない無責任な金村が嫌いだ。


 そして、

 俺は俺が嫌いだ。

 

 普段から他人に嫌われないように、

 八方美人を演じている、

 愚かで卑しい俺が嫌いだ。


 嫌いで嫌いで、

 消えてしまいたくなる。


 嫌いで嫌いで、

 消してしまいたくなる。


 俺はこのクラスが嫌いだ。

 誰も火中の栗を拾わない。


 俺にできるのは、薪をくべることくらいだ。






 僕は、いじめられていた。

 第三中学校2年4組でいじめられていた。

 

 職場体験学習の職場決め。

 そんな小さなことで始まったいじめ。

 僕は何か悪いことをしただろうか。


 先生が勝手に選んだのか、

 くじ引きで無作為に選ばれたのか、

 そんなことは分からない。

 分かったからどうなるわけではない。

 

 僕はいじめられていた。

 その事実だけがあった。

 

 過去形。

 いじめはもう終わった。


 僕はある生徒に罵倒された。

 とても嬉しかった。

 とても救われた。


 彼はこう言っていた。


「火野が運動公園いなくて良かったよな。あいつ鈍いし運動できなし役に立たないから、別の班で本当にラッキーだ」


 みんなに聞こえる様な声で、

 嫌みったらしく、

 周りに賛同を促すように言った。

 

 僕をいじめる生徒もその言葉に頷いて、

 それから僕のいじめは無くなった。


 土岐君が他人の悪口を言うのを見たのは、

 それが最初で最後だった。


 土岐くんはそれから一度も僕に話しかけなくなった。

 罵った僕に対して負い目があるのかもしれない。

 それでも彼は僕のヒーローだ。


 僕を助けるために自ら火の中に飛び込んだ。

 このクラスを救うために自らが悪に染まった。


 僕はまだ土岐くんにお礼を言えないでいる。

 いつか言える日が来たなら感謝の気持ちを伝えたい。


 

 第三中学校2年4組のダークナイトへ

 

 「ありがとう」

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