お母さんマン

真野てん

第1話

 わたしのヒーローは口うるさい。


「ほらほら、日曜日だからってダラっとしない。お布団干しちゃうから、ちゃっちゃと起きる」


 自慢の怪力によって、もっと惰眠を貪りたいわたしから掛け布団をむしり取ってゆく。

 装備はパンダのアップリケが付いたデニムのエプロンだ。

 わたしの物心がつく頃にはもうしていた気がするから、かなり物持ちがいい。


 ヒーローはベランダに行くと、ふぁさっと美しい放物線を描いて掛け布団を宙へと舞わす。

 そして手にした必殺武器の布団叩きエクスカリバーでもって、わたしが生み出した悪(ホコリや汚れ)を次々に滅ぼしていく。


 わたしのヒーローは芸能人のゴシップが好きだ。


「やっぱり付き合ってると思ったのよぉ。ね? 母さんの言った通りでしょ?」


 パジャマ姿のままのわたしがリビングでくぴくぴとホットミルクを飲んでいると、ヒーローはおもむろに朝のワイドショーにチャンネルを合わせる。

 聞いてもいないのに、タレントの熱愛報道に関する私見を理路整然と語ってみせるのだ。

 その知識量と推察力たるや、一国の諜報機関に匹敵するのではないかと毎度感心させられる。


 その間にもヒーローは動きを止めない。

 キッチンの床にウェットシートのお掃除ワイパーを掛けながら、ニコニコと笑顔を湛えて寝ぼけ眼のわたしに「なにか食べる?」と聞いてくる。


 マッハの速度で動くことが可能なヒーローは、わずか五分ほどで手早くわたしの朝ごはんを作る。おなじフライパン、おなじ材料を使っているのに、わたしが作る目玉焼きとはクオリティが違うのはなぜなのか。

 それもまたヒーローゆえの謎なのだろう。


 わたしのヒーローは涙もろい。

 動物と子供が出てくるテレビ番組はほぼ100パーセントの確率で泣いている。


「歳取ると涙腺が弱くなってねぇ」


 わたしの記憶では、むかしからだったような気がするのだが――。

 たしかに最近、急に白髪が増えたかも。

 よく見れば、知らない間にシワも多くなって。

 あれ?

 このひと、こんなに小さかったっけ?


 見慣れているはずのヒーローの後ろ姿に、わたしは突如として言いようのない不安と寂しさを感じてしまった。


 わたしのヒーローはきっとわたしの知らないところで、たくさん戦ってきたんだ。

 甘えてばかりのわたしを疎ましくすることもなく。


 そう思ったら急に涙がこぼれ落ちた。


「ちょっと。なに泣いてんの?」


「なんか――ちょっと母さん老けたなって……そう思ったら……」


 するとヒーローはけらけらと笑って。

 わたしの涙を、節だらけの指先で拭ってくれるのだった。


「バカね。そりゃ老けもするわよ。あんたもそのうち、こうなるのよ?」


 それでいい。そうなりたい――。

 お母さんマン。わたしだけのスーパーヒーロー。


 わたしはあなたになってゆく。

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