短編 愚かな男

夜道に桜

愚かな男


全てがうまくいかない。


男はひどく悩み苦しみ、自分の今まで歩んできた人生に絶望していた。

しかし、それは仕方がない事なのかもしれない。なぜなら、彼は生まれてこの方自分が判断した事全てが『間違っていた事』を嫌という程、思い知ったからだ。


 進路。

 恋愛。

 就職。

 結婚。

 


 

 およそ、人生のターニングポイントにおける己の下した判断にいい加減うんざりして、街をどこに行く当てもなく、たださまよっていた。


 ふと、街の隅で椅子に座り、自分を指差して、手招きしている見た目六十代程の老婆が視界の端に映った。


「ちょっとそこのお兄さん」


「もしかして俺のことかい」


「そうだよ、私ゃ、あんたに声をかけたのだよ。 ほらこっちに来なさい。 特別サービスだよ、無料で占ってあげるよ」


「じゃあ、見てもらおうかな、どうせ何もすることないんだ」


「そうかい、私ゃ、この道三十年のプロでね、手相を見るとその人が今までどんな人生を歩んできたか分かるのじゃよ」


「へぇ、そいつはいいや。じゃあ俺が今までどんな人生を歩んできたのか占ってもらおうじゃないか」


老婆を試すような口ぶりで俺は言ったが、老婆は特に気にするそぶりもなく、ぶっきらぼうに返事を返した。


「あいよ、どれどれ。 そうじゃの、おぬしは自分の下した判断にことごとく後悔し、人生に希望を見出していないーー どうじゃ、当たっておるじゃろ」


「ばあさん、凄いな、ああ、そうだよ。俺は今まで、自分が最良だ、これがベストなんだと思った事全てが、後後になって全て間違いであることを、嫌というほど、味わってきた男だ、それで?」


「ふむ、それでとはなんじゃ?」


「なんだ、ばあさん? あんた占い師じゃなかったのか? 占い師の仕事は、その人の性格なんか当て分かるのは当たり前で、それを知った上で、その人がこの先、どのようにしたらいいのかといことを教えてくれるものだと思っていたぜ。 やれやれ、どうやらあんたも、俺にとっては間違った判断の一つ、外れのようだな。」


「買い被りじゃよ。 儂はそんなにすべての人の悩みを聞いてあげられるほど、万能な神ではない。 ーー だがの、幸いなことにおぬしのその悩みを解決できるかもしれぬ術は儂は知っているぞ。」


投げやりだが、一応聞いた。


「ほお、何だい? それは」


「教えてあげてもいが、条件がある」


「なんだ、ここから先は有料ってやつかい? 残念だが、金ならないぜ。 俺の会社は薄給でね。 びた一文だってあんたに払える金はないんだよ」


「金は要らん」


「じゃあ、何が欲しいんだよ」


「それは、おぬしが儂のこれから言うやり方に十分満足してからでいい。 所謂、出世払い良いうものじゃな」



まあ、どうせこいつとはこれっきりだ。まあいいだろう。




「? -- まあいいさ。 俺があんたの言うやり方で納得行けたらあんたの望むものをはらってやるさ」


「あい、それでは教えてやるぞぃ、お前さんこれが何だかわかるかのぉ」


おもむろに、どこから出して来たのか、老婆は何やら二本のL字型の木製の棒きれを男に見せた。



「何だよ、これ? 少し変な形をしているが、ただの棒きれ二本だろ?」


「違う違う。 これは、ダウジングって言ってのぉ、持ち手が望むものを口にすれば、自然とこいつが動き、おぬしが望む物・場所などに連れて行ってくれるという、便利な代物じゃよ」


「聞いて損したぜ。 そいつが本当なら俺の今までの人生はなんだったのかということになるぜ」


「ふむ、つまりお主は儂が嘘をついているといいたいじゃな」


「まあ、そうだな」


「では、物は試しだと思って何か言ってみてはどうじゃ。 それでやはりだめなら儂に返してくれればええ」


「ばあさんもしつこいな。 分かったよ。 そうだなぁ。 じゃあ……」


男は物は試しにと、行方が分からなくなった物の場所をダウジングに訊いた。


「昔俺が無くした嫁さんの指輪はどこだ」


すると、それはピクッと男の言葉に反応を示し作動した。


「おぅ、ホントに動いた。これに従えばいいのか? 婆さん」


「そうじゃ。 どれ、儂も同行しよかのぉ。」


男は、言われるがままに従い、そしてついに指輪を探し当てた。


「あ、あった、こんなところに……。 こいつは本物だ!」


「どうじゃ、信じる気になったか?」


「こ、これ、本当に俺にくれるのか!?」


「くれてやるのでは無い。 そいつでおぬしが本当に心の底から満足した時、代金は頂くのじゃ。 まあ、人間界で言うところの後払いというものじゃな。」


「後払いか。 分かった。 じゃあ、その時払うとするよ。」


「交渉成立じゃの。 では、また会える日まで、元気での。」


「こいつがあれば、俺の人生はバラ色だ!何事においても俺は正解を選ぶことになるんだからな。 クックック、考えただけ絵も笑いが止まらないぜ。」




 それから、男はダウジングを使って、ありとあらゆる方面にこれを使用した。


 最初にこれを使用したことは、転職だった。今まで勤めてきたブラック企業ではなく、高給で、勤務時間も残業のないホワイトな企業に入社することに成功した。


 次は、女だった。男は妻を愛してはいたが、妻は男を愛してはいなかった。

妻は男を”財布”としか見ていなかったのである。

妻の指輪を、男の不注意さ(指輪を保管する場所を決め、保管していたが場所を忘れてしまった)で、無くした時、女は男を暴言を浴びせて、家に上がることを許さなかった。

男はそれを受け入れた。悪いのは、自分なのだからと。


 だが、ダウジングを手にしてから、男の気持ちは変わった。何もかも判断を間違えて来た俺が選んだ妻は、間違いなのだと。

そう思った彼は、即座に妻に離婚届けを渡した。男には、妻に対して愛はもうなかったのだ。妻は男に対して謝罪の言葉を口にして、男との離婚を拒否した。


「悪かった、許してくれ。これからはあなたにとっての良妻になるから」と。


だが男の気持ちは揺らがなかった。妻に一言こう告げて彼女にとどめのひと言を刺した。


「お前は悪妻だ」


妻は泣き喚いたか、最終的に離婚を承諾した。




 男は妻と離婚した後、すぐにダウジングに尋ねた。俺にとって最も良い女はこの世のどこにいるのか、と。

 ダウジングは男を、言われた通りそこに連れて行った。その女は、顔も性格も男にとっては好みであった。すぐさまに男は、女にプロポーズの言葉を口にした。女は、戸惑いこそしたが、男の情熱的な言葉に心を奪われ、それを受け入れた。






 そこから、五年の月日が流れた。男は、至福の時を過ごしていた。職場にもプライベートにも充実した日々を送っていたのだ。やがて、男は欲が出始めた。この俺が、ただの会社員で人生を終えることはあり得ない、何か一発大きなことをしたいと。そして、何が出来るだろうかと考えた時、ふと昔であった老婆のことを思し、そして思いついた。


 俺は、何一つ間違えた選択はしない男。ある意味、神のような存在だ。いや、神だ。このダウジングさえあれば、俺は無敵だ。これを利用して、俺はさらにのし上がってやる。そうだ、あの老婆のように占い師になろう。


 それから、男は会社を辞め、様々な人の悩み相談を受け付け、解決策を掲示していった。男の評判は日が経つにつれウナギのぼりだった。やがて、政治家や、スポーツ選手などの著名な有名人も、男に悩みや相談事をするようになっていった。


 気が付けば、男は神として祭り上げられるようになった。男を慕うファンクラブのようなものも出来た。男はまさに人生の絶頂期にいたのだ。






 だが、ピークの後に訪れるのは凋落である。男にある噂が立つようになった。

凄いのは、男ではなく、ダウジングなのではないか……と。


 男は焦った。まさしくその通りなのだから。

男は誰にもダウジングを触らせることはなかったが、ファンの一人がそれに触れようとしたときに、ひどく取り乱してしまったのがどうやらまずかったようだ。


 そして、もう一つのうわさがさらに男を追い詰めた。ダウジングを盗もうとするものが男の身の回りにいるのではないか。

このうわさが男の耳に入ったとき、男は愛する妻を含めた周辺人物に、ダウジングを使用して盗人を探し、そして見つけた。

その盗っ人は、自分を散々、神だと崇めていたファンの一人だった。男は盗人に今後一切の男に接触することを許可しない旨を告げた。

これで、自分を脅かすものは居なくなった。そう、安堵した。




だが、次の瞬間事態は一変する。盗っ人は男にナイフをチラつかせ、ダウジングを渡すように指示し、従わない場合、殺す、と。

男は素直に従った。ダウジングを失うのは痛いが。命あっての物種だ。大人しく渡した。








 男はダウジングを失った。占い師としての家業は続けたが、如何せん男は元来、間違った選択しかできない。男を頼った人々は、選択を誤り後悔するようになり、男を憎むようになり、失敗の責任を取らそうとした。


 男はどうにかして、盗人いや、ダウジングの行方を追っていた。ここに来てようやく、命あっての物種と考え、ダウジングを手放したことを悔やんだ。もはや、男にとってそれは命よりも重いものになっていた。







 そんな時だった。必死にダウジングの行方を、自分の信者たちに追わせていた時、老婆が男のもとを訪れてきてこう告げた。



「お主、儂が渡したダウジングを奪われたではないか?」


「す、すまない。なんとお詫びすればいいのか」


「お詫びなどいらん。 お主にとって満足出来ぬ物だったから、お主は手放しだのじゃろ?」


「……。 申し訳ない。 だが、俺はあんたがくれた物はには不満など本当になかったんだ。 そこだけは分かってくれ」


「それを聞いて安心したわい。どれ、もう一度使ってはくれぬか。」


それは、紛れもなく男が探し求めていたものだった。


「あ、あんた! これ、どこで!? あいつから取り戻したのか?」


「あまり、人のことを詮索する物じゃないと思うがの。 重要なのは、お主の手元に再びこれが手元に戻って来た。 違うかい?」


「そ、そうだな。 じゃあ、ありがたく使わせて頂くとするよ。うっ、なんだ、ダウジングが急に……!

どうすれば…?」


男は何も口にしていないのに、ダウジングが一人勝手に動いたのである、こんなことは一度もなかったので男は驚き、どうするべきかと悩んだ。




 悩んだ結果、老婆に意見を求めるように視線を向けた。老婆はこう返事をした。


「従うべきじゃないかのぉ。 ダウジングに間違いはない? それが一番理解しているのはお主じゃないのか?」


老婆の言い分は男を納得させるに十分であった。


「ああ、そうだ! 俺は間違えたりしない!こいつが指し示す先に、正解があるのだから。」





 男は困惑した。ダウジングの指し示ていたのは底の見えない崖だったからだ。試しに小石を落としてみたが、落下音が聞こえるまで数十秒かかった。


「こ、この先って……、これ下何メートルあるんだ? 本当に大丈夫か?」


 老婆を問い詰めるように訊いた。だが、老婆は相変わらず飄々とした口ぶりで返答する。


「お主は間違っていない、そうではなかったのではないか」


男は、決心した。例えこの先に何が起きようとそれが自分にとっての正解だと信じて、男は身を投げた。


「あ、ああ!行くぞ!」







 崖の下は何もなかった。土も草も虫も、何一つ存在していなかった。男はというと、不思議なことに男は痛みを感じることなく着地に成功した。そして、なぜか老婆が男の前に立っていた。不気味な笑みを浮かべて。



「どうして、婆さんがここにいるんだよ。 まさか、俺と一緒に飛び込んだのか?」


「なんじゃ、まだ気がついていないのか?ここは地獄、お主は死んだのじゃよ」


 男は一瞬、老婆が何を言っているか理解できなかった。やがて、その意味を薄々ながらも把握してきたが、それより先に恐怖が男を襲いだした。


「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!何を言っている? ババア? 俺が死んだ? 俺は間違っていない。 俺は… こいつが言うことに従ったぞ! なのに… なのに、死んだだと!? ふざけるな!! 俺は間違っていない! なら俺は生きている! 生きているんだ!」


錯乱する男を、老婆は興味がないといった風に、淡々と事実を告げる。


「まあ、何を思うと自由じゃが、儂はお主に代金を回収しに来ただけじゃからな。」


「集金…… だと?」


「ああ、お主は生前、儂が与えたダウジングに満足したと回答した。 それで契約は完了したのじゃよ。 そう、魂を儂に譲るという契約がの。」


「たま…しい!? 聞いていないぞ! そんなの!」


「お主が聞かなかったのが悪いんじゃよ。 それよりいいのか、最後の言葉がそれで。もうすぐ、おぬしの魂は儂に食われて消えてしまうというのに、そんなにのんきにしてて」


男は、自分の姿が徐々に透明になっていく様を見て、諦めた。



「俺は、死ぬのか……」


「もう死んでおるよ」


「ああ……そうだったな。 ばあさん、俺はダウジングの扱い方を間違っていたのだろうか? だから、今こんな目にあっているのだろうか。」


男は、老婆に最後の質問を恨めしそうに訊いた。


「いいや、お主ほど有効に使ってくれたものはいなかった。感謝しておるよ」


老婆は男に笑みを浮かべながらそう答えた。


「ああ、そうかい、それを聞いて安心した。俺はやっぱり間違ってなかったんだな……。 そうかそうか、もう思い残すことは無いよ 」


「そうかい、じゃあの。」



そうして、男は姿を消えていった。
























 男が完全に消えた後、老婆は独り言を楽しそうに言った。




「だがな、儂と会う時点で、既にお主は間違いだったのじゃよ。 儂にとっては正解だったがな。……さあ次は、どんな奴にこれを渡してやろうかの。」



 そうして、今日も老婆いや、【死神】は次なる獲物を求め、地上を彷徨い始めようとしている。

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短編 愚かな男 夜道に桜 @kakuyomisyosinnsya

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