You Are Already My Hero

常陸乃ひかる

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 世界中どこを見ても、『ヒーロー』に関する創作は多いです。それだけ人間という存在は非力で、ヒーローに対する憧れが濃く現れるのでしょう。

 けれど今日こんにち、Webへ飛びこめば誰でもヒーローになれます。

 せかっくなので、が簡単な3ステップをまとめておきます。


  ① オンラインゲームに登録

  ② とにかく時間を費やし、アホみたいにキャラを強くする

  ③ ホラあなたもエセヒーロー


 ではコネクト。

 ギルドメンバーでも必死に守ってあげてください。



「な、は……初めまして! えと、サ……サムです! オフ会? とか初めてで、わかんないこといっぱいで、あと……僕、ギルド入ったばかりですけど、よろしく!」

 ――たぶん、一発目の挨拶でやらかしてしまった。男がそう悟ったのは、某オンラインゲームのオフ会が始まって、二十分も経たないうちにだった。

 ここは某居酒屋。

 それは某オンラインゲームのギルドメンバーが集まった飲み会。

 自己紹介をしくったのは、某会社員をしている『サム』である。

 子供の頃から、サムは内気な性格でゲームが大好きだった。半年前、多人数参加型のオンラインRPGにどっぷり浸かった。二ヶ月前、ゲーム内でギルドに加入した。数週間前、ギルド内のオフ会が開かれると知った。そうして三十代前半にして、サムは勇気を出し、オフの交流に踏み出したのだ。

 ゲーム内くらいではみんなのヒーローになりたいと思い、回復と攻撃が得意な神官系のジョブを選んだ。


 ――けれど、

「なんか『サム』って顔じゃないよね、ウケるー!」

「てかサムって神官兵じゃん? 攻撃と回復するけど、器用貧乏だよね」

「神官ってゲーム的に微妙? ってか、救済の余地なしオワコンジョブだから」

「普通wikiウィキ読んでからキャラ決めるし。どうかしてるし」

 自己紹介を終えてすぐ、斜向かいに座っていた上位クラスのギルドメンバーたちが、サムが選んだキャラクターや、そのハンドルネームさえも馬鹿にしてくるのである。挙句、サムをさんざイジり倒すと、本日参加しているメンバーの紹介もせず、仲の良いグループで盛り上がり始めてしまう。

 これは地獄だ。こいつら、性格が破綻しているとしか思えない。ゲームの知識もコミュニケーション能力も乏しいサムは、なにも言い返せず、右手で握ったソルティドッグのグラスを眺めていると、

「――神官兵、来月のアプデで上方じょうほう修正きますよ。それに神官は対人戦P v Pで必須キャラなので、どのようにオワコンなのでしょうか。そもそも荒れまくったwikiウィキを信じるのもどうかしているのでは?」

 隣に座っていた男が、たった十秒で盤面をひっくり返してしまったのだ。しかも、サムを味方する形で。

「ちょ……あ、アハハ! みのぱち、相変わらずキツーイ!」

「し、知ってたし普通に。みのぱちに言われなくても……オレのほうが知ってるし」

 サムをからかっていたそいつらの、アセトアルデヒドとはまったく異なる顔の紅潮を見る限り、全身に嫌な汗をかいていたに違いない。

「あと、サムさんの由来って親指だと思います。英語表記が[Thumb]だったので、たぶん人名ではないです。まあ、わっちは[th]の発音できませんがね」

 フィニッシュブローは、誰にも語ったことのない『サム』の由来だった。みのぱちと呼ばれた男は、そいつらの返答も聞かず、両手で持ったお猪口ちょこを傾けながらサムへと笑いかけてきた。

 わっち――この独特な一人称を使う人物は、ギルド内にひとりしか居ない。


「ありがと、みのぱちくん」

「いやね、精製糖せいせいとう摂りすぎて脳ミソ老けた奴らの声が聞くに堪えなくて」

「みのぱちくん、さすがに言いすぎでは……」

『脳ミソまで』ということは、遠回しに『顔も老けている』ということか。

 この、とんでもない悪態をつきまくる男は、ハンドルネームをみのぱちと言い、ゲーム内では刀を持って暴れ回る生粋のアタッカーである。

 サムと同い年と聞いていたので、会うのを楽しみにしていたひとりだ。が、良い意味で期待を裏切られた。初めて顔を合わせてわかったのは、小柄で童顔で、物腰が柔らかく、年下としか思えない容姿。

 さらに社交性が高く、面倒見も良く、ギルドでは皆から好かれている。とはいえ、気に入らない人物には、今のようにしょっちゅう悪態をつくような人であるが。

 みのぱちのお陰で、それ以降は嫌味を言われることはなく、二十時を回ったところでオフ会はお開きとなった。


 店頭。

 幹事が勘定を行っている間、十人ほどのメンバーに交じって、サムはみのぱちと歓談していた。

「――さっきはゴメンね、サム。良かったらこのあともう一軒行かない?」

「そうだ、みのぱちも行こうよ」

 すると、オフ会の冒頭で一悶着あった連中が謝罪し、二次会に誘ってきたのだ。第一印象は最悪だったが、本当は悪い人ではないのかもしれない。サムはふたつ返事で誘いに乗ろうとした。

「申し訳ない。わっちもサムさんも、あすは仕事があるので」

 が、それを遮ったのは小柄な男性だった。

「え、仕事? ふーん……ざんねーん」

 連中も、プライベートにまで口は出してこようとはせず、流し目でみのぱちを見据えながら、夜の街に消えていった。


「あの、みのぱちくん……どうして?」

 残されたメンバーたちも徐々に散り散りになり、ふたりも同じように最寄駅へ向かった。その途中でサムは、主語もなく『理由』を尋ねてしまった。

「あいつらロクに仕事してないから『あすは仕事』が最もダメージでかいんですよ」

「いや、そっちじゃなくて……」

「ん? あぁー、行ったらさっきの仕返しされますよ。アイツら、人間性終わってるんで。ちょっと前に別の新メンバーが、同じような理由でギルド辞めました」

「仕返しって、どんな――」

「内容、聞きたいですか?」

「いや、大丈夫。けどスゴイな、みのぱちくんは。見た目も若いし、しっかりしてるし、僕と同い年とは思えない。今日はありがとう、マジで僕のヒーローだよ」

「じゃあヒーロー権限で、二軒目誘っても良いですか? わっち飲み足りないんで」

「でも、あすは仕事なんじゃ――」

「そんなこと言いましたっけ? だって、あすは日曜日ですよ?」

 ほくそ笑みながら言い返してくるみのぱちの顔が、おかしくてたまらなかった。

 このあと、ふたりだけで行った二次会も大いに盛り上がった。


 それから数日が経った頃。

 みのぱちは加入していたギルドメンバーに愛想を尽かして脱退。すぐに、自らギルドを立ち上げた。サムは彼についてゆく形で副ギルドマスターに就き、のんびりやっていこうと決めた。

 ――だが、みのぱちの人柄に惚れていた元ギルドメンバーや、過去に付き合いのあった戦友など、様々なユーザーが集まってきて、一年もするとゲーム内で一二いちにを争うほどの規模になってしまったのだ。

 初心者だったサムも、否応なしに副ギルドマスターとして立ち回り、今ではすっかりベテランの風貌である。

 しかし、ギルドは大きくなりすぎてしまったようだ。ある時、みのぱちからボイスチャットではなく一通のショートメッセージが届いた。


 みのぱち

【サムさんゴメン このゲーム飽きちゃいました もしサムさんがゲームを続ける意志があるなら ギルドお願いしても良いですか? もちろん資金も譲るんで】


 サム

【そっか…引退しちゃうんだね…。上手く言えないけど、こんな小さなゲーム内で僕が強くなれたのは、みのぱちくんのお陰なんだよ? ありがとう】


 サム

【初めてオフ会でキミに会った時、思ったんだ。僕をイジメてくる奴らを、たったひとりで打ち負かした…キミはヒーローみたいな奴だなってw だから今度は僕が…】


 サムは送信したあと、我ながら厚かましいと思った。

 彼は現ギルドのマスターでもあり、みんなのヒーローなのである。だからこそ今度は、サムがみのぱちのような存在にならなくてはいけない。そんな自覚を持たせてくれるメールだった。


 けれど、あの時。

 初対面の飲みの席では、間違いなくサムだけのヒーローだった。

 彼が居なければ、もうすでに――

 このゲームのサービスがいつ終了するかなんてわからない。

 けれど、それまでの間は今日もコネクト!


「ちょっと大介だいすけ! たまの日曜くらい、買い物行ってきてくんない? 生活費入れてないんだからそのくらいしてよ。というか日光浴びなさい日光。あんた白すぎ」

「うっ……わかったよ……」

 気合を入れた矢先、実家暮らしのサムは――大介は、お母さんに小言を言われて、素直に車のハンドルを握るのであった。

 あっ、お客様感謝デーのが立っている。


 ――今日はディスコネクト。


                                   了

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