死をもって王と成す

天猫 鳴

エルフとの契約

 峠を越えた先は岩肌をむき出しにした崖になっていた。先細りに突き出た場所に立って眼下に広がる大地を眺める。


「ルキ王子、あれが君を迎える城だ」


 騎士と呼ぶにはみすぼらしい姿の男がルキに指し示す。

 王子と呼びながら敬意などない。ひとりの少年にかけるような声で中年騎士がルキに言った。

 崖下から広がる深緑の森は遠くまで続き、点在する家々と混ざり、遥か向こうに大きな町が見えていた。その中央に白亜の城がそそり建っている。


「この森を抜けて城下の門を潜れば手は出せまい」


 50を過ぎているだろう3人の騎士がルキの周りに立っている。その姿はルキを守っているようでもありルキを逃がさないようにしているようでもあった。

 現役を終えたと思える男達は寄せ集めのその場しのぎの人材に見える。

 格好は騎士でも酒場でくだを巻くごろつきのような風体ふうてい。紳士的な気配はなく、ルキを王子と呼びながら敬意を払う気はないようだった。

 中年騎士達よりも最初にルキの前に現れた騎士達の方が見た目が立派で、正当な王の使者に見えた。


 母を殺したことを除いては。


「僕は本当に王子なの?」

「そのアザが本物だったらな」

「不確かなのに僕を連れていくのッ?」


 追手から逃げて刺客を切り殺して、昼夜問わず逃げてきた。寝る間も食べる時間もなく逃げる。

 ときに襟首を引っ張られ、腕がもげそうな勢いで中年騎士の背後に持っていかれる。なにがなんだか分からないまま数日が過ぎた。


 やっと休憩がとれるようになった頃、ルキは彼らに質問した。


「やつらはお前の母を殺した」

「アザ以外に君が王子だと示す物を持っていたんだろう」


 ルキはいま食べたものを吐きそうになって口を押さえた。


 母の無惨な姿をはっきりと覚えている。

 喜びと恐怖が入り交じった一瞬を切り取ったような顔のまま、母は死んでいた。楽しく話をしながら食事をしていた温かなあの場所で。






 ルキはただの田舎の少年のはずだった。

 10日ほど前のあの日、母の織った布を町で売って帰るまで何気ない日常を送っていた。



 家のドアが開いていて母が殺されている姿を見るまでは。



 突然、首根っこを引っ張られて見知らぬ騎士達に取り囲まれた。


 いったい何が起こったのか。

 この人たちはいったい何者なのか。

 なぜ母は殺されなければいけなかったのか!?


 次々と浮かぶ疑問が渦巻いて、少年達の憧れる騎士の姿が巨大な魔物に見えた。


 光を受けて銀色に輝く甲冑が田舎に似つかわしくないほど格好いい姿だった。しかし、紳士的な話し方とは裏腹にルキを絶望の底に落とした。


「見てください、これ」


 ルキの上着を剥いだ騎士がルキの頭を掴まえてお辞儀をさせるようにうつむかせた。


「間違いないな」


 男達が見つけたのはルキの背にある特徴的なアザだった。鳥に似た形のアザ。


「子供を殺すのは忍びないが」


(殺す!?)


「命令だ、やれ」


 金属音が聞こえてルキはゾッとした。その音は剣がさやから引き抜かれる音だった。


「うわぁッ、やめて! なんで!?」

「動くと綺麗に首を切れない」

「どうして!? 僕はなにもしてないッ!」

「苦しませたくないんだ、おとなしくしてくれ」

「嫌だッ!」

「恨むなら自分の血を恨め」

「助けてッ!!」


 男達に押さえ込まれ、首を差し出す形のまま身動きがとれない。ルキは焦って泣き叫ぶ。しかし、容赦なく剣が振り上げられた。


「助けてーーーッ!!」


 鈍い音が響いて数人の騎士が地面に転がった。次の瞬間、ルキは空中を舞っていた。

 太い腕に小脇に抱えられ走る馬の上下動に舌を噛みそうになった。


 あの時、ルキを騎士達から救ったのがこの中年騎士達だった。


「王の血を引く者には体のどこかに印がある。お前の背にあるアザがそうだ」


 言葉の意味は分かる。何を言っているのかは分かるけれどルキには全然飲み込めなかった。


「お前が信じられないのもしかたない。俺たちだってお前が王子だなんて思えないんだからな」


「しかし、そのアザは王族の方々の体にある印とまったく同じだ」

「お前が嫌でも俺たちは命令を遂行する」

「送り届けたら仕事は終わり。任務完了だ」


 任務といいながら、彼らの瞳に王命を遂行する光はない。

 誇りも喜びも使命がもたらす光もなにも。


 そもそも彼らには世捨て人のような気配があった。



「どうして僕を城に連れていくの?」

「王が死んだ」

「えっ?」

「殺された」


 王が息子を王子として迎え入れるつもりで使者を送ったわけではない。跡継ぎが急に必要になったからルキに白羽の矢が飛んできた。そう言うことか。


「顔色が変わったな。田舎に住んでても理解が出来たか?」

「僕はなんの準備も出来てないのに王様になるの?」

「そうだな、血筋は正当だ」

「誰に殺されたの?」

「お前の母親を殺した騎士を送り込んだやつだ」


 追手をかわして時々訪れる静かな時間に質問を重ねた。


「今頃、王妃と連れ子の王子達がお前の首を待っているだろう」


 先の王妃と死に別れた王様は2番目の王妃と仲良く暮らしている・・・・・・。おとぎ話のように伝わってくる王都の噂話ではそう聞いていた。


「王・・・・・・様は、よみがえるって」

「ああ、そうだ」

「それじゃ急いで王子を探さなくてもいいでしょ?」

「王の蘇りに王子の血が必要なんだ」


 その言葉にルキは絶望を感じた。


(僕は、どのみち殺されるってことなのか?)


 必要な血は少量か多量か。

 魔女が子供を喰らって長生きするように、王は子の血を吸って蘇るのか。


(確か・・・・・・伝承を聞いた気がする。エルフとの契約。どんな内容だった?)


 ルキを守ってくれる騎士はいない。

 ルキに関わる騎士の全てが彼の命を狙っている。


(城についたら僕は生け贄のように殺されてしまう)


 誰も信じられない。

 少年のあどけない表情がいつの間にか歴戦を生き抜いた王族の顔になっていった。



「ん? 王都はそこじゃないんじゃ?」


 崖を大回りして歩く森のなかでルキは騎士に問いかけた。


「寄るところがある」

「何をしに?」


 ルキの質問に答えは返ってこなかった。


 たどり着いたのは巨木の前だった。

 森の主と言ってもよさそうな程太い幹の堂々たるその姿を仰ぎ見る。


「こっちだ、こい」


 導かれて巨木に近づくと、その幹に穴が空いていた。大きくぱっくりと開いた穴の中から光が漏れ出ている。

 恐る恐る後についていくと、巨木の中に大きなうろができていた。


「その者をここへ」


 中で待ち構えていた人物を一目見てルキは固まった。


(エルフ!?)


 白銀の長い髪、尖った耳。童話で聞かされたエルフの容姿を持つ美しい女性が立っている。

 あまりに神々しくて夢を見ているような気さえしてくる。

 騎士に押し出されるようにしてルキはエルフの前に立った。


「さぁ、殺しなさい」


 剣を差し出したエルフはそう言った。


「え!? いま、何て?」

「私を殺しなさい」


 水晶で作ったような透明で美しい剣。

 不思議な形と美しいエルフの文字が描かれた剣。

 美しいその手に武器は似合わない。

 それなのに、エルフの美しい女性はルキに剣を差し出して自分を殺せと言う。


「なんで・・・・・・?」

「血の契約だ」


 エルフの女性がルキの目の前に剣を差し出した。

 騎士達の表情を読もうと周りを見回す。が、誰も微動だにしない。


「我々は、“忌み嫌われる者”だ。自分の意思で決めろ」


 “忌み嫌われる者”


(そうだ、王殺しの3騎士! 王の死に関わるもの)


 伝え聞く王族の物語。血なまぐさい物語は子供には断片的にしか話されない。だから、ルキも多くは知らなかった。

 ただ、死神に相当する恐ろしい者として大人達から聞かされていた。


「言うことを聞かないと王殺しの3騎士が来るよッ」

「悪いことをしたら忌み嫌われる者を呼ぶよ!」


 エルフに剣を握らされ、ルキは決断を迫られる。


 神々しいエルフがルキの前に立っている。両手を垂らして微笑みをたたえた表情に恐れなどない。


「さぁ」


 まっすぐ見つめるエルフの瞳は虹色をしていた。


「エルフの力を得て王になれ」

「追手が迫っているぞ」

「殺されたくなかったら殺せ」

「早く!」


 いま会ったばかりのエルフ。

 愛情も友情も感じない相手。殺すのになんのためらいがあるだろう。握った剣をエルフに向けて、震える手に力を込めて覚悟を決める。



 エルフ殺し



 振りかぶった瞬間、体がすくんだ。

 この世の重罪。


 世界の均衡を保つエルフ殺し。


 振り上げた剣をルキは自分の太ももに突き刺していた。

 誰もなにも言わない。静寂な時間がそこにあった。



「貴方達は善い王を授かった」



 静謐せいひつなエルフの声が虚の中に染み渡った。


「・・・・・・!!」


 エルフはルキの太ももから剣を抜くと躊躇なく自分の胸を刺し貫いた。


「貴方の血と私の血をもって平和と安寧を民に与える」


 透明だった剣が炎のように光、太陽の様に輝いて落ちた。

 ルキと騎士達の前にエルフの姿は消えて失くなっていた。


 自分の目の前で騎士達が片膝をついて頭を垂れている。その姿を信じられない面持ちでルキは見ていた。


「失礼します」


 そう言った騎士の1人が落ちていた剣を拾い上げてルキの胸に深々と突き立てた。



 激しい痛みの嵐が吹き荒れて、膨大な記憶がルキの中に流れ込む。

 気が遠くなるほどの記憶の中でルキは何度も死に生まれ変わるのを感じていた。



「お目覚めですか? 我らが王よ」

「世界の均衡を保つ誓い、血に記された契約を選びし尊き王よ」


 ルキはルキでありながら連綿れんめんと受け継がれた記憶。その中に変わらず忠誠を誓う3騎士の姿があった。


「玉座に座ったら、そなた達はまた行ってしまうんだな」




 死と共に王は蘇る。

 王子の血をもってエルフの血と交わり、新しい体と瑞々しい心に受け継がれて。




□□ 終わり □□




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死をもって王と成す 天猫 鳴 @amane_mei

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