約束

九戸政景

約束

 切り立った崖や木々が多く生い茂る森がある山の奥深く。そこに建てられた家の近くで男性と老人が向かい合いながら立っていると、老人は満足げに頷いてから静かに口を開いた。


「……これで修行は以上だ」

「はい、師匠。修行をつけて頂き本当にありがとうございました」

「うむ。正直、お前が私の修行についてこられるとは思っていなかったが……それだけ勇者に負けたのが悔しかったのだろうな」

「はい……自分の実力に自信があっただけにあの敗北はとても悔しかったです。小さい頃から剣術でも魔法でも優秀だと言われ続け、冒険者になってからは冒険者仲間から羨望の眼差しで見られたり自分達の仲間になってくれと言われたりして自分こそが勇者で魔王など恐るるに足らずなどと考えていました。

けれど、アイツは、本物の勇者はそんな俺を遥かに超えた強さを持っていた上に負けた俺を貶めもせずに俺の強さを認めるような事を言ってきました。

そんなアイツの姿に俺は完全に負けていると悟り、アイツに勝つ事を目標にして、師匠の元で毎日修行に励んできました」

「そうだったな。こんな秘境まで私の噂を信じて訪ねてきて、初めは変わった若者が来たものだと思ったが、お前は勇者へのリベンジのためにどんなに過酷な試練でも乗り越え、こうしてかつての自分を凌駕する程の力を得た。

だが、それに油断してはいけない。どんなに力をつけても、お前の心次第でどんな相手にも敗北してしまう事もある。ゆめゆめその事を忘れるなよ?」

「もちろんです、師匠。師匠の教えやここでの修行の日々を忘れずに必ずや勇者を倒し、師匠にそれを報告しにきます」

「……期待しているぞ。では、そろそろ行くと良い。私もしばらく家を留守にする予定だったから、ここにいても意味は無いからな」


 師匠が家を見ながら言うと、弟子は同じように家を見ながら師匠に問い掛けた。


「ところで……師匠、これからどちらへ?」

「知り合いから久しぶりに会いたいと言われていてな。なに、私の事は考えなくて良い。お前の邪魔をするような事はないだろうからな」

「知り合い……師匠の知り合いとなれば、本当にお強い方なのでしょうね」

「たしかに強いな。だが、強いだけではなく、他者からも慕われる程の人格者でもある。まあ、奴の事を悪だと考える者もいるが、私は奴ならこの世界を良い方へ変えてくれると思っている。それだけの力を奴は持っているからな」

「そんな方が……こう言うのもあれですが、なんだかあの勇者のような方なのですね」

「勇者か……たしかにそうだな。奴も勇者も共に他者を惹きつけ、そのカリスマ性で引っ張っていく存在だ。

もし、二人が心の内を見せ合い、手を取り合っていく事が出来たなら、この世界はもっとより良い物になると思うが……それが叶う日が来るかはわからんな。

さて……そろそろ話はここまでにしよう。またどこで会えるかはわからんが……その時にはお前の実力を見せてもらうとしよう。その時まで達者でな」

「はい、師匠もどうぞお元気で」


 二人が固く握手を交わした後、弟子は少し寂しげに歩き始め、それを見送った師匠もどこか寂しげに息をついていたが、すぐに気持ちを切り替えると、家の中へと入っていった。

それから時が経ち、勇者と再会した弟子は戦いによって腕を認め合った事で旅の仲間に加わると、師匠との修行によって得た力を活かし、勇者の仲間達から慕われる存在になった。

そして、長い旅路の果てに魔王城へ辿り着くと、周囲に注意を払いながら内部を進んでいった。


「……遂にここまで来ましたね」

「ああ……だが、魔王を倒せば世界も平和になるんだ。絶対に倒さないとな」

「ふん……倒すのは当然だが、全員が生き残ってこそだ。その事は忘れるなよ」

「わかってるよ。けど……お前、初めて会った時から変わったな。よっぽど修行をつけてくれた師匠が良い人だったんだな」

「……まあな。だからこそ、俺はこの戦いで生き残り、師匠に再び会わないといけない。お前の仲間に加わった事は想定外だったが、魔王を倒した事を話せば、きっと師匠も喜んでくれるはずだからな」

「だな――と、なんだか扉が見えてきたな」


 その言葉通り、勇者達の目の前には大きな扉があり、その向こうからはただならぬ気配が漂っていた。その気配に勇者達は身構えたが、弟子は不思議そうに首を傾げた。

そして、扉をゆっくりと開けると、そこは広間のような部屋であり、その中心に立っている人物の姿に弟子は心から驚いた様子を見せた。


「え……し、師匠……!?」

「師匠って……お前に修行をつけてくれたっていう……」

「あ、ああ……しかし、どうして師匠がここに……?」


 弟子が驚きと不安が入り混じった表情を浮かべると、師匠は弟子を見ながら嬉しそうに微笑む。


「まさかこんな形でお前と改めて出会う事になるとはな。魔王からの召集に応じた甲斐はあったようだ」

「魔王からの……それじゃあ師匠の知り合いというのは魔王なのですか!?」

「その通り。お前達はこれまで四天王達を相手にしてきたと思うが、私達は魔王の思想に共感し、魔王の命によって四天王達の師としてそれぞれ修行をつけてきた師天王だ。そう簡単に倒せると思うなよ?」

「師天王……しかし、相手が師匠だからといって怖じ気づくつもりはありません。師匠との修行の日々で得た力をここに示して見せます!」

「……ふふ、良いだろう。さあ、約束を果たそうじゃないか、我が弟子よ! 勇者達と共にかかってくるが良い!」

「はい!」


 師天王の言葉に弟子は大きく頷きながら答えると、勇者達と共に武器を構え、世界の未来と師天王との約束のために地面を蹴って戦いを始めた。

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約束 九戸政景 @2012712

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