春の嵐

くろぶちサビイ

春の嵐

「リョウコちゃんに出会えて良かった。リョウコちゃんも僕に出会えて良かったでしょ?」

 にっこりと笑いながら、カナトくんが言った。

 カナトくんと私は同じ大学に通っているが、春休みに始めたこのバイトで初めて会った。

 大学生の春休みは長い。

 バイトでもしないと、もともと友達が少ない私は誰とも会わない期間が1か月以上も続いて、世間から取り残されてしまう。

「うん。良かったと思う」

 私もにこりと笑って答えた。

 私達がバイトしているのは、県立博物館のグッズ売り場である。

 この博物館では、この春休み期間中に“恐竜の化石展”を開催していて、開催期間中はグッズ売り場を通常の倍のスペースに拡張しているのだ。

 売場に並べられているのは、この化石展のオリジナルポストカードや、恐竜の本(子供向けと一般向けと両方ある)や、恐竜のパズルやフィギュアやぬいぐるみなどだ。見ているだけで、ちょっと楽しい気分になる。

 カナトくんは、私の顔を覗き込んでさらに言った。

「僕たち、良いコンビだよね?」

 コンビという、さらっとした響きが軽やかで、私は何の迷いもなく「そうだね」と頷いていた。



 実際、私達はいいコンビだと思う。

 バイトは私達の他にも何人かいたが、一緒に仕事をするのも、休憩時間を過ごすのも、カナトくんが一番しっくりくる。

 これまでにちょっとだけ男の子と付き合ったこともあったけど、どの人もなんとなく合わなくて、すぐに別れてばかりだった。

 でも、やっと本当に相性の良い彼氏ができるかもしれない。

 カナトくんから告白めいたことをされて以来、私はこんなふうに舞い上がっていた。

 春は、確かに恋の季節だ。



 しかし、数日後、様々な恐竜が溢れるグッズ売り場で、私はカナトくんからの二度目の告白を聞いた。

「僕、大学辞めることにした」

「え…?」

 まだ博物館の開館前の時間帯で、正規の職員さんも離れたところにいるから、私達の近くには誰もいない。

「ずっと迷ってたんだけど…」

 こんなに残酷な告白なのに、カナトくんの声はこんなにも柔らかく優しい。

「辞めてどうするの?」

「どこか外国に語学留学でもしようかと思ってる」

 つまり、遠くに行ってしまうということだ。

「このバイトは最後までやるから」

「そか…」

 私はこれしか言えなかった。カナトくんがそうしたいなら、笑って送り出すべきなのだろう。

 しかし、納得できない部分はちょっとだけある。

 あの告白は何だったんだろう。私達は文字通りの“コンビ”でしかなかったのだろうか。

 カナトくんは、ちょっと困っているような、静かな表情で前を向いている。

 その顔を見て、私にもある程度の権利はあるはずだという思いが、むくむくと膨らんできた。

 何も言わずに笑って送り出すなんて、やっぱりできない。こんな宙ぶらりんの状態では、気持ちの整理が付く訳がない。

「それで、私達はこれからどうなるの?」

 カナトくんが、真っすぐに私を見た。

 柔らかくて優しいだけでないカナトくんの瞳を、私は初めて見たと思った。

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