新人探索者の災難~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

油断大敵、好事魔多し……迷宮内はご用心

 やっと、やっとだ……。

 ようやく、この時がやってきた!


 ここは封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。

 その中心に巨大な大穴、地下深くへと続く大迷宮をゆうする街。

 今日、僕はここで探索者たんさくしゃとしての第一歩を踏み出すんだ!

 

 幼い頃、絵本で読んだ彼らの姿にあこがれた……。

 未知の大迷宮へ危険をかえりみずにいどみ、多くの大冒険を繰り広げる探索者たち。

 その果てに得るモノは財宝や地位、名誉など多々あれど、なによりもえのない仲間たちとのきずながあった。

 

 そうして探索者になることを目標にかかげ続け十数年。

 先日、成人したのをに僕はようやく故郷である猫人キャットマンの村から旅立ち、彼らの聖地とも言える封印迷宮都市シルメイズへやって来た!


 高鳴る胸をおさえ街に入ると、そこはもう夢にまで見た世界そのものだった。

 都市の中心へとびる大通りにはきらびやかな商店がのきつらね、店先には迷宮から発見されたであろう数多くの品々が所狭ところせましと並べられている。


 金銀宝石でいろどられた財宝から始まり、未知の道具や書物、迷宮の生き物から取れたであろう素材の数々……。

 それらを売り買いする多種多様な人種、種族の商人や探索者たち……。

 ここが……これが、封印迷宮都市シルメイズ!


 そんな興奮こうふんさめやらぬ中、道を街の中心部へと向かって進み、僕はついにそれを目にする……。


 歩いていた大通りが途切とぎれ、突如とつじょとして現れる巨大な大穴。

 多くの探索者たちが挑み、散っていった奈落ならくへと続く大迷宮。封印迷宮シルメイズ!

 

 思わず息をみ、鉄柵てっさくで囲まれた大穴のふちに近づく。

 柵からわずかに身を乗り出し下をのぞくと、闇に閉ざされどこまでも続く深淵しんえんが僕を見つめ返してくる……。

 まるで世界の全てをんでしまうのではないかと、錯覚さっかくするほどの大穴だった。


 一息ついて周囲を見渡みわたすと、僕と同じように圧倒あっとうされたのだろう、見果てぬ底へ視線を落としたまま動けぬ人、柵をつかみ力なくその場にかがむ人などが目に入る……。

 気持ちは分かる……。分かるけれど、彼らと一緒に立ち止まってはいられない。

 だって僕はこの深淵へ、大迷宮へ挑む探索者となるため、ここにやって来たのだから!


 そんな覚悟も新たに僕は大穴から離れ、近くにある探索者協会たんさくしゃきょうかいへ向かった。

 

 ★     ★     ★


 探索者協会ギルド。それは文字通り、探索者たちをまとめ、彼らをサポートする組織だ。

 迷宮の探索自体は協会に加入せずとも可能だが、未加入の探索者はモグリあつかいされ、なにかと肩身のせまい思いをいられるらしい。なので都市の探索者は八割以上が協会に加入しているという。


 というわけで僕も早速さっそく、協会に登録した。

 手続きといってもいたって簡単なもので、名前と年齢、性別、人種や種族を書類に記入し、登録料として五十シルド支払うだけだ。


 それらが終わると探索者認識票が二枚ついたチョーカーと探索者の手引きなる薄い本が渡される。

 これで僕も今日から晴れて新人探索者となったわけだ! が……。

 正直、ちょっと拍子抜ひょうしぬけだった……。もっとこう様々な講習や厳しい試験などあって簡単になれるものではないと思っていたからだ……。


 そのことを登録手続きの説明時に担当してくれた女性職員に尋ねると、厳しくしてはじいてもモグリになるだけなので意味がないんですよ、とあきれた様子で説明してくれた。

 つまり、動向どうこう把握はあくできないモグリになられるぐらいなら、加入ハードルを下げてでも、協会へ登録してもらったほうが色々と好都合なのだろう。


 さておき、予想より早く協会への加入が終わったので、このあとどう過ごすか各種情報掲示板をながめながら考えていると、


「あの! ちょっといいですか、猫人キャットマンのお兄さん?」


 突然、声をかけられた。いぶかしげに振り向くと、そこには緑色の髪を腰まで伸ばした只人種ただびとしゅの少女が一人。

 手にした杖と特徴的なとんがり帽子から察するに、魔術師か魔女のたぐいだろうが……生憎あいにくと知り合いにこの手の人種はいない。


「えっと……なにか?」


 そのせいもあり若干じゃっかん無愛想ぶあいそうな台詞を返すと、少女は戸惑とまどいながら言葉を続け、


「あ、あの、えっと……私、クリスっていいます……。それで、あー、その……。もしよろしければ、私たちとパーティを組んでくれませんか?!」


 自身の後方、壁際かべぎわに置かれた長椅子を指差し、そんな提案をしてくる。

 視線を向けると彼女、クリスの指し示す先には、ドワーフの少年と兎人ラビットマンの少女が座っていた。

 その思わぬ申し出に困惑こんわくし、答えに迷っていると、


「わ、私たちもですね、さっき知り合って……。お兄さんも、し、新人っぽいので一緒にパーティが組めるといいかなぁーって? ほら! お兄さん、強そうですし! ね?」


 断られると思ったのか慌てた様子で言葉を付け加えるクリス。

 う~ん……確かに誰かとパーティは組もうと思ってはいた。

 探索は単身ソロでも可能だが、少しでも危険性を減らすなら仲間はいたほうがいい……。彼女からの提案はある意味、渡りに船だった。


 悩むこと数分。僕はクリスたちとパーティを組むことを了承りょうしょうする。

 魔術師のクリスにドワーフのケムズ、そして兎人のノンナ、偶然ぐうぜん出会ったこの三人が僕の最初の仲間になった……。


 ★     ★     ★


 翌日。僕たち四人は早速、迷宮へ挑んでみることにした……。

 何事も経験である。まずは試しに探索してみようということになったのだ。


 ただ、僕らは新人探索者とは名ばかりのいわば素人の集団でしかない……。

 なので、最初は誰かベテランの探索者に引率してもらおうという話になったのだが……そう都合良く協力してくれる人が見つかるわけもなく……。


 途方とほうに暮れつつ探索者協会へ相談してみると『案内屋ガイド』の存在を教えてくれた。

 いわく、彼らを雇えば安心安全に目的階層へ到達することが出来るとか……。

 そんなわけで協会職員さんに「蝋燭の火キャンドルファイア」というクランを紹介してもらったのだけど、


「だからですね? その金額ではガイド案内屋メッセンジャー伝言屋派遣はけんできません! というか、第三階層すら心配とか、貴方たち探索者に向いてませんよ?!」


 受付の青い髪のお姉さんにけんもほろろに断られ、追い出されてしまった……。

 案内屋ガイドも慈善事業ではない。地獄の沙汰さたも金次第……安全と安心を買うには僕らパーティの懐事情ふところじじょうは少しばかり、いやかなりさびしかったのである……。


 こういうときに探索資金を貸してくれる『投資家』も都市にはいるらしいのだが、彼らは名もなき新人パーティにまず出資してくれないだろう。

 

 また、探索者協会では探索で不慮ふりょの事故がおこた場合に備える『探索者保険』の説明もされたが、これも加入するだけの元手がない。


 経験もない、人脈もない、資金もない、新人探索者にはとにかく色々足りない。

 足りないけれど、迷宮へ挑むという勇気だけは確かにあった……。


 だから、僕たち四人はこの日、当初の予定通り封印迷宮シルメイズへと足をみ入れる。


 ★     ★     ★


 初めての迷宮はなんというか、想像と少し違うものだった。

 幼い頃に呼んだ絵本や物語で憧れた未知の世界ではなく、なんというかほのかな薄緑色の光に照らされているだけで、その辺にある洞窟どうくつとほぼ変わらなかったのだ。


 これなら案内屋ガイドのクランでの対応も納得がいく……。

 僕たちに資金がなかったのもあるが、あの受付嬢が言うようにこの程度の洞窟を怖がっているようでは、そもそも探索者なんて無理というものだ。


「な、なんだか拍子抜けですね……! これなら楽勝かもしれません!」


 先ほどまで緊張きんちょうした面持おももちだったクリスも今ではそんな軽口を叩き始める。


「うむ……うわさ迷宮生物めいきゅうせいぶつも出てこんしなぁ~」


 そんな彼女にドワーフの少年、ケムズは自慢じまん両手斧りょうておのを軽く振りながら、


「えぇ、危険そうな音も聞こえませんの……」


 兎人ラビットマンのノンナは耳を左右へピコピコせわしなく動かしつつ笑って返す。

 

 うん……これだけ余裕があればきっと大丈夫だろう。

 聞くところによれば、僕たちが探索している表層と呼ばれるここは、生還率せいかんりつが九割もあるらしい。つまり、挑戦した大多数が無事、地上へ戻れるのだ……。


 そうして迷宮を進むこと数時間。

 迷宮兎メイズラビット迷宮狼メイズウルフなど多少の迷宮生物との戦闘もあったが、今のところ問題なく倒しきっている。おかげで貴重な素材が随分ずいぶん手に入った。

 他にも人の顔をしたみょうな壺や希少な鉱石など色々と発見したものも多い。

 

 ここまで僕らパーティの初めての迷宮探索は実に順調に進んでいた。


 しかし、好事魔多こうじまおおし……。

 そろそろ地上へ引き返そうかという時に事件は起こる。


 兎人ラビットマンのノンナが何の変哲へんてつもない洞窟の岩肌に、たまたま手をついたその瞬間――、


 ――その壁とともにノンナの姿が消えた……。


 まさに一瞬の出来事だった。僕たちはなにが起こったのか分からないながら、慌てて先ほどまで彼女の姿があった場所にる。


 すると、そこには下へと続く深い縦穴たてあながあった……。


 おそらくは罠、トラップのたぐい。

 ノンナが壁に手をついた瞬間に発動し、彼女を地の底へとんだのだ……。


「ど、ど、どうしたら?! い、急いで、ノ、ノンナをた、助けないと!」


 そう言って今にも縦穴へ飛び込もうとするクリスを僕とケムズで慌てて取り押さえる。


「ダメだ、クリス! 彼女はもう……」


「そうだ……。こん穴はかなり深い。これに落ちたとあっちゃ……」


 僕らの言葉に駄々だだをこねるように、イヤイヤと頭を左右に振るクリス。

 しかし、これが現実である。仮に僕らがこの縦穴へ入ったところで、ノンナが助かる可能性は限りなく低い……。


 むしろ、新人探索者パーティ全滅のほうがあり得る未来だ……。


 そう二人でクリスを説得し、僕らは無言で迷宮からの帰路きろにつく。


 封印迷宮シルメイズ……そこでは出会いも別れもいつだって唐突とうとつおとずれる……。

 そのことを否応いやおうにでも突き付けられ、僕たちパーティの初探索は苦い思いとともにまくを下ろしたのだった……。


 ……to be continued?

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