第2話「狂気とバナナ」

 バナナ――芭蕉科の多年草。雌雄異花だが、普通単為結果し、種子を作らない。熱帯アジアが原産で、熱帯各地で広く栽培されている。ブラジル・インド・フィリピンなどに多い。果実は熟すと黄色になり、芳香美味。生食用のほか料理用など品種が多い。日本ではフィリピン・エクアドル・コロンビアなどからの輸入が多い。実芭蕉・・・・




「――世界が壊れた」


 そう口が勝手に言ってしまった。無理もないだろ?


 ぼろん、とバナナが転がっているのだ。半数以上は椅子の上に。椅子以外にも落ちている。


 ……隠す気もない。俺が考えているのは、人間がバナナになった説。


 そういえば今日は一度も――否、の人間を見ていない。昇降口にも人がいなかったような、気にしてないからわからないが。


 ここは二階。階段を下りて、昇降口へ戻ってみる。人はいない。その代わりとでもいうのか二、三本のバナナが転がっていた。


 つまりは、この教室だけでなく、学校中の生徒がバナナになった説。


 もしくは、地球の人間全員が、バナナになった説。


 まあどちらにせよ、意味が分からない。俺が人間のままなのも意味が分からないし。いや俺別に科学的根拠がなきゃ信じないほど頑固でもないし。その場に応じて物事を考える。誰かに言われたら嘘九割本当一割の事件だが、自分の目で見たものだから九信一疑の事件だ。


 これからどうしよう。他に誰もいないんなら、食料も水も十分にある。しばらくは。気を付けていたら、全然暮らせるかな。元に戻らないでほしいな。でもこの学校の生徒と先生だけがバナナになったとしたら、俺が犯人なのかと疑われそうだ。


 よし、まずは。状況を詳しく把握しよう。


 外に出てみる。すると、あらゆるところにバナナが転がっていた。俺が通ったはずの道にも、バナナが落ちていた。いやさすがに俺でもこれは気付くだろう。俺が通った後、俺が校舎に入って、教室のドアを開けるまでの間に、人間がバナナになった?


 しかし、俺は昇降口で人間を見た覚えがない。バナナは落ちていたのに。


 どういうことだ?


 たまたま俺が来た時には誰もいなくて、俺が階段を上がるところで、誰かが入ってきて、バナナになった?


 ……それはあり得ない。


 登校中も誰もいなかったのなら、さすがに俺でも普段と風景が違い過ぎて気づくだろう。


 それだったらなぜ? 登校するときには既にみんなバナナになっていたとしたら、俺がそのバナナに気付かなかったのはおかしい。しかし、そうじゃないと色々と理屈が通らない。


 俺は家を出て学校の教室の戸を開けるまでの間、人間もバナナも見ていない。その間は、バナナの存在が何らかの力によって隠されていた? 人為的に、もしくは自然に。

 でもそれは、意味がわからない。もしかして、人がバナナになったんじゃなくて、バナナは転がってるけど、人間はただ消えただけ? 椅子に座っていた生徒がバナナになった風だったのは、偶然? いやわざと誰かがそうした可能性も考えられる。俺を陥れるために。


 俺にピンポイントで焦点を当てて、騙そうとしてきているのかもしれない。それは地球人じゃなくて、宇宙から来たエイリアンとかかもしれない。UFOはあらゆるところで発見されているというし、あまり不思議な話ではない。未確認生物がどんなにすごい技術を持っていようと、人間は驚く権利すらない。エイリアンたちによる俺への挑戦状っていう線も考えられる。


 …………どうしよう?


 このままだと収拾がつかないので、俺は少し街を歩いてみることにした。また何か新しい情報が見つかるかもしれない。ワンチャン、犯人とかが見つかるかもしれない。それに、美伶がどこにいるのかわからない。鬱陶しいが、一応幼なじみだから、もし見つけたら助けたい。まあ、今までに見たバナナの中にあったのかもしれないが。


「まあ、そんなに簡単に見つかるわけない――って、えっ  うわっ  誰かいる  ……てかあれ、美伶じゃね?」


 校門を出て、五回ぐらい角を曲がったら、、、いた。


 地面に落ちているバナナを、じっくりと嘗め回すように眺め。目の充血が目立っている――――狂気の美伶が。


「お、おまっ――何してるんだよ!」


 単純に驚いただけなのか、はたまた恐怖の故の行動なのかはわからないが、俺はこの時美伶に気付かれないようにするべきだったと一生後悔するだろう。


 狂気の美伶――といっても、余り想像がつかないだろう。まだ鮮明な紹介もしていない。



 まず第一に、先程と変わったことと言えば、髪が伸びていたことと、瞳が赤く染まっていたことだ。


 髪は一瞬で伸びたような感じで、瞳は血のようにどす黒い色。血の光のようなものを発していて気味が悪い。


 そして次に、制服が部分的に破れて露出度が高くなり、健全な男子高校生には刺激が強すぎるような気がすること。


 ……まあそれはとりあえず置いといて。


 最後が一番大事だ。何と、彼女の胸が……なくなっていた。破けて半分見えているブラジャーの横から、パッドが見え隠れしていたのだった……。


「こ、これは一大事だ」


「ぺろ、ぺろぺろ」


 美伶は這いつくばって、地面を嘗め回し、転がっているバナナも嘗め回す。


「何やってるんだ?」


「ねえ泰二たいじ。バナナって、ち〇ちんに似とらん?」


「はっ……! 何急に下ネタを!」


「いやいや。そういう意味で言っとらんのよ。ただの興味本位。先に言っとくけど、人間をバナナにしたんは僕っしょ。自分の欲求を満たすためね」


「は……? お前、何言って……」


「泰二のち〇ちんを見て、バナナじゃんって思った。だからバナナの観察のために、人間をバナナにしたんよ。でも安心して。すぐ元に戻すから。大がかりな理科の観察みたいなものっしょ」


「ふざけんなよ。全人類巻き込んでるんだろ!」


「別に巻き込んどらんっしょ。みんながバナナになったから時間が止まったようなもんっよ。だから時間を元に戻しゃぁみんなは何も変わらない」


「それはそうだが……」


 俺が口ごもると、美鈴はパッと笑みを浮かべる。


「そうじゃろ! そうっしょ! そうでしょうよ! そうだって泰二が言うたんよ。大丈夫。全部大丈夫なんよ。泰二の記憶も消したるから、泰二も元の学校生活に戻れる。変わんないんよ。ばななっておいしいけど、下ネタでもよくつかわれるよね。あと、〝バナナはおやつに入りますか?〟ってやつ。他にもフルーツいっぱいあるのに、なんでバナナなんだろ。やっぱり……下ネタみたいだからかな? 男子のいたずら? なんじゃろ」


「いや、ただそれはお菓子は〇円までってなったときにその中に含めるのか、お弁当のデザートとすればいいのかを訊いただけだろ。たまたまバナナを持っていこうとしてたから訊いたとか」


「そうかな? どう考えてもバナナがお菓子ではないっしょ」


「いやでもなあ……昔はバナナが高価だったて言うし、貧富の差をなくすために果物も含めてたかもしれないじゃないか」


「含めてたなら先生が先に『お菓子の中には果物も含めてる』っていうだろうよ。そしたら訊く必要ないじゃない」


「先生が言ったのを聞きそびれてたとか」


「そうなんか? そうなんかもしりゃんが……それでここまで有名になるんか?」


「知らねえよ」


「そりゃバカ泰二には分かんねえっしょ」


「まだそれ引きずってんの」


「バカ泰二」


「変態痴女、あばずれ、ウザいんだよボケナスが」


「ひどいっ! なんで僕にそんなこと言うん?」


「お前が――お前が意味わかんねえことするからだろうが」


 俺は美鈴に向かって叫ぶ。簡単に言うな。理科の観察だとかいって、普通にはできないことを成し遂げる。そこまではまだいい。ただ俺が許せないのは、人をバナナにしたことだ。


「……美伶。バナナにした人々が何の影響も受けずに元に戻るなら、俺をバナナにしなかったのはどうしてだ? 幼なじみだから、俺だけを助けるために、バナナにしなかったんじゃないのか?」


 俺がそこまで言うと……美伶はすっと顔を背けて――


「そんなんさぁ……バナナと泰二のち〇ちんを比較するために決まっとろうよ!」


 ――思いっきり力を込めて、叫んだのだった。

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