Evidence World

星色輝吏っ💤

第1話「甘い匂い」

 ――ひねくれ者の俺には、安泰な暮らしなんて訪れない。


 ひどいやつだから、周りから迫害されるのだ。




 俺はつまらないことを考えながら、気づくと眠っていた――。






「ねえ、〝ち〇ちん〟っておいしいん?」


「――――」


「ほら、前見た時よりも大きくなっとるよ。これじゃ、まるで成長した大根よ」


「――――――」


「ねえ泰二たいじ、起きないん? もう朝よ。学校は遅刻してもいいけど、僕との約束は守っとよ。一緒に学校行こうったの、泰二じゃない」


「――――――――」


「聞こえてるんしょ。……もう、無視して僕を笑ってるんしょ。心の中で僕をあざ笑って、楽しんでるんしょ?」


「…………う……」


「う?」


「うるさ〰〰〰〰い! うるせえわ、ボケが! ……って、ぎいゃああ! なんで俺ズボン脱がせられてんの! 変態! ボケナス!」


「あ! 女の子にそういうこと言うのはよくないと思うよ。僕、怒っちゃうよぉ。あれ、もしかして、僕のこと女の子として見てないん?」


「ああ、見てないな! この変態痴女めっ!」


「なっ…………ひどい! 泰二のばかっ! 僕にはちゃんと〝皇美伶すめらぎみれい〟っていう名前があるんよ!」


「ああ、そうだったな。ごめんな、変態痴女の皇美伶ちゃんっ!」


「ぐぬう……泰二がそういうこと言うだったなんて……もう泰二きらいっ!」


 ばんっ! 泣きながら部屋から出ていく美伶。


「もう何なんだよ、アイツ……」


 高校生とは思えない低レベルの会話だった。美伶には本当にマジで下ネタをやめてほしい。


 美伶というのは、俺の幼なじみで、可愛げのあるロリっ娘だ。背は低くて、短髪で、俺と一緒にいると、とても同い年だとは思えないだろう。少し茶色がかった黒髪に、真っ黒な瞳。特におしゃれを気にしているというわけでもなさそうな普通の女子高生(小さめ)。


 そして、毎日俺の家にやってきて、俺を起こすのが朝の日課みたいになっているというわけだ。


 はい、面倒な説明が終わったところで、朝食を……っと。


 まず腹持ちのいいバナナを一本……って、そうだった。バナナは昨日食べ切ったんだった。今日は帰りに買い出しだな。


 まあ、食パン咥えて行きゃいっか。


 美伶に言われて気付いたが、今日はそういえば学校だった。月曜日って、なんだか嫌だなあ。どうせなら休日なんてなければいいのに。


 欠伸を何度もしつつ、制服をだらしなく着る。いつも通りの朝だ。


 女の子が家に来て、羨ましいとか思ってる奴に言いたい。そんなんじゃない。女っけない奴は羨ましがるかもしれないが、女ってのはいるとかなり鬱陶しいんだ。全員そうかはわからないけど、少なくとも俺の周りにいる奴らは、みんなそうだ。


 学校指定のカバンに、学校指定の制服(男女ともブレザー)に、学校指定の黒い靴。白い靴下。ネクタイなんかも学校で決められていて、本当に自由がない。


 この世界では生きづらいな。何もかも縛られてしまう。義務教育投げ出したいなあ。


 そう何度も頭の中で考えるけれど、それを実行に移すのは厳しい。他人に左右されていても、どうせ自分には自分の人生しかないのだから、別に相手を少し傷つけたところで、何も変わらないのに、それでもできないのだ。俺が人見知りだからなのか、それともみんなそうなのかはわからない。でも、主導権を握れる陽キャどもは普通にすごいと思う。尊敬できる。


 別に、だからといって、彼らが正しいとか言ってるんじゃない。効率的に考えるならば、圧倒的不利だ。こちら側が有利だ。先手必勝じゃないんだ。先制攻撃を食らっても、俺たち陰の者は負けない。負けたことにはならない。


 もちろん恋愛とかも必要ない。けれど、人生を花で飾るためには必須だ。


 俺みたいに意味わかんないことを言わずに、恋愛を積極的にできる奴は、冷静じゃない。俺は冷静だから、社会的客観視をして、ミスる。ミスってる。現在進行形で、俺は終わってる。この世界で生きていても、あまり楽しくない。娯楽で少しばかり幸せだと感じることがあっても、心の底から幸せだと思える日はもう一生来ないのだ。


 美伶は、完全に陽の者だ。俺に気をかけるのは、可哀想だから。暗くて、楽しくなさそうだから、らしい。


 ふざけんなよ。俺はそんなの頼んでないんだよ。無駄なおっせかい。いいことしてないから、お前は。俺の人生を邪魔してるだけの悪人だよ。極悪人だよ。本当に本当に、悲しいよ。俺は自分が嫌いだ。ひねくれてる自分が嫌いだ。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。



 ……もう嫌なんだ。


 ――心を無にして歩いていて、ふと我に返ると、気づくとそこは見慣れた教室の前だった。そして、食パンはいつの間にかなくなっていた。


 いつもと何ら変わりない風景なのに、今日はほんの少しだけ開いたドアの隙間から、甘い匂いがした気がした。


 不思議に思いながら、俺はゆっくりと、ドアに手を伸ばす。


 が、ふと眠気と疲労感に襲われて、体勢がぐらついた。


 そこで、俺は無言で体を元に戻す。猫背なだらしない姿勢に。そして――



 ――ガラッ!


 思い切ってドアを開けると、甘い匂いが急速に強まり、なんだか頭の中が溶けてしまいそうな感覚に呑まれた。


 ヤバいと思って思考を巡らせると、この匂いは嗅いだことのある匂いだと錯覚した。


 幻覚を見せられているような…………いや違う。


 これは本当に嗅いだことのある匂いだ。何度も、何度も。


 何だったか、この匂いは。少なくとも、今日は嗅いでないだろう。


 しかし、鮮明に憶えている記憶だ。


 昨日か? …………そうだ。思い出した。


 ……バナナだ。


 思い出した。これはきっとバナナの匂い。


 そう確信すると、体が軽くなった気がした。


 どうしてバナナなんかがここに? と思うが、百聞は一見に如かず。見てみれば済む話。


 体中の眠気と疲労感がさっぱり消え、今まで重くて床に向いていた視線が、軽やかに動かせるようになっていた。そして視線を動かして、動かして、また新たな現実を突きつけられる。 


 俺の真正面というより、俺の視界全体とでもいうべきだろうか。要するに、ほぼ教室の全体には、グロテスクに惨殺された――否、というわけだ。

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