女悪女リトゥアース

鈴ノ木 鈴ノ子

おんなあくじょりとぅあーす

悪の組織というものがあった。

私がそれに出会ったのは、怪人の1人に連れ去られ、そして、洗脳されたのがことの始まりだ。女悪女 リトゥアースといえば、知っている方々もいるかもしれない。私は怪人達と共に世界征服を目指しそして敗れた。

首領は倒されて本部も壊滅、洗脳されてた人々は私も含めて悪人ではなくなったのだ。世界に正義が示されたとマジカルりんは喜んだ。

マジカルりんの銅像や讃える小説や絵本、そして、伝記までが発売され、世界は彼女を賞賛した。だが、その平和も長くは続かない。


あれから10年を経て世界は再び存続の危機に立たされている。


敵は、マジカルりん。


正義を成した堕ちたる英雄、堕天使、裏切り者、殺戮者。


今や彼女には悪の組織の首領が得た以上の残虐な称号や呼び名を得ていた。


我々、怪人との戦いに向けられたマジカルステッキは街を廃墟にした。


我々、怪人との戦いに向けられたマジカルソードは守る人々を八つ裂きにした。


我々、怪人との戦いに向けられたマジカルアタックは守られるべき人々を殺戮した。


国を滅ぼし、街を滅ぼし、人々を滅ぼし、そして彼女の歩いた道には荒野だけが残る。生きるもの全てが彼女の敵であった。穏やかなる世界がすぐに国と国との歪みあいに発展し、それは結果的にマジカルりん本人の精神を破壊し、そして、彼女の安寧を得る場所であったはずの家族さえも奪い去ったためだ。最後まで尽くした世界に裏切られ、そしてマジカルりんは絶望し世界を壊して正すことにしたのだった。


もちろん、彼女を諭す人々もいた。


マジカルりんの相棒であったアデレーヌ、彼女は四肢をもぎ取られて、復活の魔法を何度もかかられながら絶望の中で死んだ。最後までりんを信じる言葉を口にした彼女の舌は、りんのアクセサリーとなった。りんの戦いのサポートをしていたリミャーア・サージャ・スーネの3姉妹は彼女の魔法にかかった男達によって、公開の場でなぶり続けられている。息絶えると回復の魔法で精神と肉体が回復し、再び同じ目に遭う終わらない処刑であり、この私でさえ見えていて戦慄したほどで、すぐに身を隠した。もし、生きていることがバレてしまえば捕まってしまう。改心して暮らしていた多くの怪人達は、りんの魅了の魔法によって再び手先となり、過去が可愛く思えるほどの悪逆非道に手を貸している。


あれは、私達が目指していた世界征服ではない。


つい先日、私の住む街にもマジカルりんと怪人が攻め込んできた。街を必死に守る兵士を蹂躙しては殺戮していった。逃げ惑う一般市民を一人一人捕まえては目の前で四肢を弄んで壊してゆく。老人、大人、子供、幼児、赤子に至るまで、マジカルりんと怪人達は手にかけていった。

洗脳が解けて力を失った私が戦えるはずもなく、避難で街を去るボロボロの列車の揺れる車内で私は過去の記憶を夢の中で思い出した。


あれはまだ、悪の組織が活発的に活動している頃だ。

私は白と黒のボディースーツに身を包んで、怪人を従えて本部の首領へ挨拶へするために施設内を歩いていた。大理石でできた古代ローマの神殿を思わせる首領の宮殿へと足を踏み入れた時、頭の中に首領の声が聞こえてきた。


「リトゥアース、聞こえるか」


「首領様!」


思わずその場で叫び、周りの怪人達が驚いた。


「叫ばなくて良い、これは念話である。意識の中で会話するのだ」


「は、はい。申し訳ございません」


「謝ることはない。今から転移をする。」


私の体が金色の円柱に包まれて眩いばかりの光を浴びたのち、私は研究室と思われる古い書籍のたくさん並ぶ部屋の椅子へと座っていた。目の前には紅茶を持った老婆がいた。


「首領様」


それこそが我らが首領、ドントネルラ様だ。齢80にもなろうという老婆ながら常に顔半分を覆う大宇宙の力を宿す仮面「スィープス」によって、姿を七変化することができる。最後の決戦時に首領の遺体が発見されなかったのは、近くの被害者と言われる老婆が実は首領本人の亡骸だったのに周りが誰も気が付かなかったからだ。

そして、この姿のときこそ、本当のドントネルラ様でもあった。


「リトゥアース、私はなんで世界を征服しようだなどと考えたかわかるかい?」


首領は私にも自らのお手で紅茶を用意してくださりながらそう仰った。


「首領様のお考えなど、この非才の身には考えつかぬことでございます」


「謙遜することはないわ」


「いえ、事実、思い浮かばぬのです」


私は推量れぬことを頭を下げて素直に詫びた。彼女は笑みを浮かべたままでその美しい皺の寄った手でティーカップを持ちながら独り言のように話し始めた。


「いいかい。私達が世界を征服した暁には、まず皆は、統一された服を着る。そして、統一した意思を持つのよ。万民皆平等であると」


「そんな首領様を差し置いて平等などと、おこがましいことです」


私は首を振って深く頭を下げてそう言う、頂点の彼女のなしに悪の組織は動かない。


「面を上げなさい、皆が平等、それでいいのよ。何もかも関係ない、一つの理想のみで皆が団結できる世界をまずは作り上げるのです。その理想は知っているわね」


「はい。争わぬ世界のために」


悪の組織のスローガンを私は口にした。


「結構、そうよ。全世界がそれぞれに歪みあっている現在では、とてもではないけれど、争わぬ世界はできないわ。私はね、全てを無理矢理にでも纏め上げる必要があると思ったのよ。だから、この組織を作ったわ、世界の半数の国を征服し、今はこの日本という島国を征服しようとして、マジカルりんという敵に会ってしまったけれど」


本州の半分までを征服したところであったが、最近、そのような名前の魔法少女と我が悪の組織が対峙しては、劣勢に立たされているという報告が入っていた。そのうち、私自らが討伐に当たらなければならないとの分析結果もレポートされていたのを思いだす。


「私たちは目標のために戦い続ける。そしていつか、争いのない世界を作るために、あなたの周りにいる怪人が人間と分け隔てなく過ごせる世界、そして、誰しもが平等に暮らせる世界のためにね。でも、私は一つ危惧しているの」


「なにをでございますか?」


「マリカルりんという女の子をよ」


「あのような小娘、私が叩き潰してご覧に入れます」


「そうね、でも、私は首領として万が一を考えなくてはならない。貴女にそれを託そうと思うのよ」


「ご下命とあれば謹んでお受け致します」


私は椅子から立ち上がると両膝を床につき、両手を胸の前でクロスさせた。それが服従を表すこの悪の組織の印である。


「いい子ね。では、まずは理由を伝えます。マジカルりんはまだ若い、そして、悪を倒すことに躍起になっている。そこには純粋な気持ちしかないのよ。我々、悪の組織が倒された時、その後、彼女には悍ましいほどの不幸が襲うでしょう、それはきっとこの世界が続くのなら間違いなく起こる未来よ。これは断言できるの。リトゥアース、貴女は何がなんでも生き残り、そして、万が一、マジカルりんがこの世界を滅ぼすような行動に出た時には全力を持ってそれを阻止しなさい」


「そんな!」


私は拒否のために叫んだが、首領の表情は今まで見たことがないほどの慈悲で溢れていた。


「大人の戦争に、子供が巻き込まれたのよ。それを正すのも大人だわ。いいこと、マジカルりんがそうなってしまったら、張り倒してでも間違っていることを教えなさい。そして、私たちの意思を世界に伝えなさい」


「争わぬ世界のためにをですか?」


「そうよ、その凄惨極まる世界の後なら、聞く耳を持つものも多いでしょう。そして、それを世界に根付かせるのです、そうすれば真の意味でも私たち悪の組織が勝利を得たこととなる」


「しかし・・・」


「反論は認めないわ。いいわね。この記憶は封印しましょう。貴女がもしこの合言葉を述べることができたなら、その時にこの力を使いなさい」


そう言って微笑んだ首領の表情は、とても愛おしく全てものを愛する1人の老婆そのものだった。


「合言葉はね・・・」


そこで夢が覚めた。

怪我人を満載した血生臭い電車がつぎの街へと近づきつつあるようで、人々の中には安堵の表情が見えることもあった。だが、それはごく少数だ。

痩せこけた老人、目を怪我して包帯を巻いた若い兵士、腕の一部を失った少女、死んだ赤子を抱く母親、幼い息子の遺影を抱きしめた父親、この世の不幸を全てかき集めてもまだ足りぬほど、この車内は地獄で溢れていた。


「争わぬ世界のために、穏やかなる世界のために」


そう呟くと長く封印されていた記憶が蘇った瞬間だった。

車内に漆黒の光が満ち溢れる。強烈な光の果てに1人の怪人が立っていた。白と黒のボディースーツに身を包み、半分を仮面で覆った悪の組織の女幹部リトゥアースその人だった。

手には漆黒の禍々しいサーベルを持ち、腰には魔拳銃を下げている、そしていつものように高いヒールをカツンカツンと打ち鳴らした。


「か、怪人だ!」


車内が騒然となる中でリトゥアースは大声で昔のように叫んだ。


「そうさ、怪人さ、女悪女リトゥアース様だよ。いいかいお前達、絶対に生き残るんだよ。私たちは悪の組織、争わぬ世界のため、穏やかな世界のために、世界征服を成し遂げる!」


壊れた列車のドアを最も簡単に蹴破ると、リトゥアースは荒野となった大地へと飛び降りた。列車の後ろから迫る怪人の数は多い、だが、ものの数ではない。


「悪の組織の女悪女リトゥアース、舐めてかかってくるんじゃないよ!」


唇を噛み気合を入れる、大宇宙の力を宿す仮面「スィープス」からの力も十分だ。


サーベルをしっかり握りしめ、リトゥアースは大地を蹴った。


怪人化したものの人間としての生活に出会って過ごしてきたが、それも今日でお別れだ。


やっぱりこの姿が1番しっくりくる。


私は悪の組織の女悪女リトゥアース。

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女悪女リトゥアース 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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