桜色の石

篠崎 時博

桜色の石

 どんな願いでも叶えてくれる石があるらしい。


 **

「お願いです」


「お願いします!」


「その石で僕の願いを叶えてください」


「その石があれば、彼女は、僕の大切な人は助かるんです!」


 すがりつく男に向かって白い髪の人は言った。


「すまないが、願いは叶えられない」

「どうしても、ですか?」

「どうしてもだ」


「……彼女は病気か?」


「はい…。もう余命幾許もないんです。

 日に日に弱っていくばかりで…」


「だからどうか助けてください。

 苦しさから解放してあげてください」


 必死な男にその白い人は言う。


「今まさにその彼女が苦しんでいるのであれば、君はここにいるべきではないよ」


「君がするべきことは、苦しさから解放することじゃない。

 彼女の傍にいてあげることだ」


 白い人が立ち去った後も男は言い続ける。


「待って……。待ってください…!」


「せめて、――――」


 ***

「あのー、マンゴーとバナナで」


「はーい」


 まったく春先だというのに5月みたいな天気だ。


 都内の気温は20近くまで上がっていた。

 みな、冷たいものを求めてこのスムージーの屋台にたどり着く。


 今日は数ヶ月ぶりの繁盛の日。


 一口サイズの果物にヨーグルト、はちみつとレモンを入れて混ぜる。

 トロトロになって色も薄く馴染んできたらおしまい。

 仕上げにミントの葉。


「どうぞ」


 目の前の女性はハッとした顔で自分を見つめている。


「どうかされましたか?」


「…あの、どこかでお会いしたことありますか?」

「え?」

「あ、いえ、すみません。気にしないでください」


 友人らしき隣の少女もこの状況に少し戸惑っている様子だった。

 行こ、と友人に声をかけて彼女はその場を去った。


「あ、えーと、ストロベリーで」


 ひっきりなしに客は来る。



 プツっと音がして気がつくと、丸い石がバラバラと床を弾いていた。


「やっべ、やべ」

 転がる石をしゃがんですぐさま拾い上げる。


「どした?」

 ミキサーを洗っていたシュウヤが慌ててやってきた。


「とれた」

「何が?」


 コレ、と言ってただの紐となったブレスレットを見せる。


「あちゃー」

「気に入ってたんだけどね」

「あー、まぁ珍しいしね、それ」


 薄ピンク色の石で作られたブレスレット。

 特に男性でそれを身につける人は、どうやら少ないようだった。


「そういやさ」

 落ちた石を隣で拾いながら、シュウヤが言った。


「昼間の子」

「どの子?」

「あー、ほら、“どこかで会ったことありますか~”って言ってた」

「あぁ」

「知り合い?」

「いや?初めて会ったと思うけど…」


 そう言いつつも自分は彼女にどこか懐かしさを感じていた。

 顔も声も、雰囲気も。


 ……気のせい??


 *

「落ちましたよ」


「え?」


 長い髪を一つに縛った女性が後ろから声をかけてきた。


「すみません」


 どうぞ、と言って拾ったそれを私に渡した。


「それ、きれいな色をしてますね」

「あぁ。……これは大切なものなんだ。ありがとう」

「よかったですね」

「えぇ」


「そうだ、拾ってくれたお礼に――…」

「??」

「君の願いを叶えようと思う」


「冗談でしょう??」

「信じるも信じないもあなた次第だよ」


「ふふ。じゃあ、私の願い、叶えてくれますか?」

「いいとも。どんな願いなんだ?」


「彼とまた巡り会えますように」


「……彼とはもう会えないのかい?」

「いいえ、私の命の終わりが短いんです」


「そうか…」


 暫くして私は言った。


「よし、叶えてあげよう」

「ほんとですか?……ありがとうございます!」


 **

「せめて、――生まれ変わってもまた出会えるようにしてください……」


“彼とまた巡り会えますように”


 叶えるさ、大丈夫。


 いつか


 きっと


 *

 どんな願いでも叶えてくれる石があるらしい。


 その石は優しい桜色をしているそうだ。

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桜色の石 篠崎 時博 @shinozaki21

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