第13話
これを書いたのは高校の頃だったかと、手元の手記を見てふと思います。
十数年がたった今でも、丁度年の境目のこの時期になれば思い出します。そのたびに今の今まで身に降りかかってきたことをも併せて脳裏に浮かぶのです。いつからか猛烈な速さで過去へと遡っていった記憶はあるところでぬるりと止まり、それから時計の針を再び正しい方向へ動かし始めました。その後ある瞬間、除夜の鐘を聞き入れると、伸ばされたゴムの縮むように、火花を散らさんとするほどの勢いで現在へと戻ってきました。
年の過ぎるごとに雪を見る回数は増えていきました。私は只今ある用事があって実家に帰っております。居間から、四隅に霜の張り付いた窓を通して、年始の澄み渡った空が見えました。真黒なキャンパスに冬の月は轟轟と、それでいて静々と佇んでおりました。星はいつの間にか姿を消しておりました。それはさながら日本海の荒波に浮かぶ漁船の姿でございました。けれども漁船の激しい動きは認識できないほど微々たるものに過ぎず。また黒煙は周囲に同化してしまうのでございます。体の底から震えるようなエンジンの重低音も夜闇に消えてゆきました。すなわち月の堂々たる気配は私達との距離を以て失われてしまったのです。最近にしては珍しく、車の走るも若者の叫ぶも聞こえない夜を過ごしました。月の欠片から滲み出る淡い光に、いつのまにか見入っておったのです。
私はあの後、朦朧としたまま自宅へ帰りました。時計を見ると午後一時ごろで、騙されたと村中を再び駆け巡ったものの、彼女の姿はどこにもありませんでした。それから新学期の来るまで何も考えぬことばかりを考えておりました。けれどもその意識がまた、冬の思い出をより強烈なものにしたと思われます。新学期が始まったのちも私の意識は冬の祖父母の家に落としてきたままでした。学校が始まればそのうち忘れるだろうと思っていた後悔は脳にこびりついていつまで経っても忘れることがなかったのです。
二月も中頃のある日、心を求めて再度祖父母の家を訪れたことがありました。結論から申しますと、叶うことがありませんでした。私の心はどこか見えないところへ消え去ってしまったのです。その日、祖父母の自宅へ着いてすぐ少女のもとへ向かいましたが、そこには表札の外れた誰もいない家だけがありました。家へ帰り、裏の白いチラシと鉛筆を持ち出して田舎に佇む一人の女を描こうと思い至りました。頭の中のイメージははっきりしておりました。けれどもどうでしょう。いざ描いてみれば全く形を得ないのです。彼女の言葉を思い出し、太陽の消えた空に向けて涙をのみました。
私の心はいつの間にか雪に囚われてしまったようでした。そうして数年後春を迎えると、若干溶けた雪から顔を覗かせました。その春私の町に雪が訪れたのです。クラスの皆は俄かに興奮しておりました。私ももう一度見ゆとはまさに奇跡だと、そうおもったのでございます。
雪は冷たく当たりました。それもまた確かに当然のことでございました。しきりに懺悔をいたしました。己の幼さからすべてを懺悔いたしました。雪と打ち解けるには少なからずの年月を要しましたが、やがて打ち解けることが出来たのです。季節は巡り巡り巡り、十数年が過ぎました。雪と戯れる機会は多くなっていき、今でもその関係は続いております。
七ヶ月前にもちをついたのち、雪は体の中でさくらの蕾を芽吹かせ始めました。
四月も始まりの頃、さくらが産声を上げます。
雪に沈む村 くるみ @kurumi-1310314-kurumi
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