支配された世界◇◇◇◇◇◇💎◇◇◇

「前押しかけてきたイケメンと同じだろ?」


 あくまで気弱な声。覇気のない声。それなのに重圧が感じられる。その場の空気をガラッと変えて、人を無口にさせる。


 そして彼が言った――『前押しかけてきたイケメン』というのはつまり、神様がここへ送ったイケメンたちのことだろう。俺たちも神様に言われてここへやってきた身。ラクラにはそれがわかってしまったようだ。


「どういう意味だい?」


 重圧で沈黙が流れる中、口火を切ったのはグラヴィスさんだった。ラクラ以外の子供たちも、圧に負けたのか固まってしまっているが、グラヴィスさんだけがその影響をほぼ受けていないようで。


「あのイケメンたちと一緒っていうのは、要するにどういう意味なんだい?」


「そのまんまだよ…………あのイケメンたちのように送られてきた、スパイ……みたいなやつ。きっとイケメンじゃ口を利いてくれないから、こんなブサイク連れてきたんだよ……。……こいつらGHSの書類見せたの?」


「……いや。顔を見ただけで入れてしまった」


「それはよくないよグラヴィスさん。防犯防犯。あんなことがあったってのに、危機感が足りないよ」


「……すまん」


 グラヴィスさんがラクラに頭を下げた。


 おいおい。どうなってんだ? グラヴィスさんとラクラが勝手に話し進めてしまっているが…………これ全部フェアリーが悪いんじゃね?


 書類忘れたって言ったのフェアリーだろ。絶対忘れちゃいけないやつだったんじゃ……って、あ。


「――そういえば、GHSって何なんですか?」


「……は?」


 俺は疑問に思ったことをつい尋ねてしまった。


「あんた、今それ聞くってバカじゃないの?」


 すべての元凶の女神が口を挟んできやがった。


「お前にだけは言われたくないわ。……ついていけないんだよこの話に。GHSを知らないから」


「あんた、GHSを知らないだなんて、追い打ちかけるようなこ呆れたように、と言うんじゃないわよ」


 フェアリーはそこまで深刻な表情はしていないが、呆れたように、ため息交じりに言った。……え? 俺、なんかまずいこと言った?


「ねえ君……いやなんて呼べばいいんだろ」


 ラクラは人差し指を唇に当てて、困った表情をした。


「ラルクって呼んでくれ」


「じゃあラルクさん。……お前、GHS受けてないの……ですか?」


 いや『お前』って。『ラルクさん』のほうに統一しやがれ。…………で、何? GHSって受ける物なの? テスト的な何か?


 ええと……さっきGHSが10点とか言ってたし…………ここへ入るのに書類の代わりに顔を見せても入れるってことはつまり………………どういうことだ?


「ちょっとごめん。俺、頭悪いから推理できん」


「……ん? 何の話です? 僕はGHSを受けていないのかと聞いてるんだ……ですけど?」


「あ、ごめん間違えた。……そのGHSとやらは受けてない」


(受けたわよ……!)


 俺がラルクに答えると、女神が横から小声でささやいてきた。ので、俺もそれに乗っかって文句を言ってみる。


(なんだよ。俺そんなもんいつ受けたんだよ?)


(あんたが寝てた時に決まってるでしょ!)


 寝てた時……ああ、俺が起きたときにガルセイダーのセリフ言っちまったやつだ。


(そんなすぐ終わるもんなのか……で? そのGHSって何なんだよ?)


(あんたセレンの炎の時も思ったけど、ほんと馬鹿ね)


(仕方ないだろ。馬鹿なんだから。……それより何なんだよ早く教えてくれ)


(分かったわ。GHSは略さずに言うと――――顔面偏差値測定よ)


 女神がカッコつけた感じで言うが、そのまますぎて笑える。


(…………つまんな)


(あんたが聞いたんでしょうが!)


(はいはい。それで、セレンの炎の方は?)


(………………)


(おーい、フェアリーさーん)


(聞こえてますかー)


(おーい)


(………………)


(おーい)




「――おい‼‼」




「うわびっくりした!」


 俺がフェアリーにささやいていると、いきなり大声で怒鳴られた。その声の主はラクラだ。


「急に大声出すなよ。びっくりするだろ」


「こっちもびっくりだ……ですよ……。話してる最中に急にこそこそ話始めるんですから」


 ラルクは不愉快そうにむっとして見せた。


「いやーすまんすまん。それで、GHSってのは顔面偏差値測定なんだろ。俺それ受けたらしいわ。で、その結果が10点」


「それが信用できないから書類を見せろと言ってるんだ」


 もう丁寧語すらなくなってしまったラルク。


 その書類って今から取ってくるってことってできないのか?


「なあめg――フェアリー?」


 俺はフェアリーを呼びかけた。女神には見えんが、フェアリーって長いから女神って言いそうになるんだよな。


(あのさ、書類って取ってくることできないのか?)


(……どうやって?)


 神様関連のことはこの世界の人に聞かれるわけにはいかないので、小声で話し始めた。


(女神ならほかの神様に連絡とかできないの? 天界とかに忘れてきたんだろ)


(まあ、忘れたのは天界なのだけど……)


(なのだけど?)


(どこに置いたかわからないし、それに…………)


(それに?)


(さっきから神様同士の通信機能使おうと試してるんだけど、全く反応がないのよね。どの世界からでも通信できるはずなんだけど、たぶん私、女神の権限剥奪されてるみたいなのよね。たぶん、


 耳を近づけているのでフェアリーの表情は見えなかったが、彼女は淡々とした声色で言った。


 え? 女神の権限剥奪? じゃあもう女神じゃないじゃん…………ってうん? 今そんなの気にならないくらいインパクトのある初出の単語が含まれてたような……。


(魔法は女神特典で使えるし、女神ゆえの美貌もそのままなのだけど、やっぱ魔王倒すまで帰れないかなぁ……)


(おいちょっと待て。今さらっと絶対、魔王って言わなかったか?)


(言ったわよ。それが何か?)


(何かじゃねえよ。いやまあ確かに異世界だしさ、魔王がいるかもしれないとは思ってたけどさ……魔王倒せば帰れるとかも言ったよな? それ一番大事だろ)


(ごめん忘れてたわ)


(忘れてたじゃなくて…………それ以外には言い忘れてることはないだろうな?)


(ないと思うわ)


 そこはないと言い切ってほしかったが…………まあいい。それなら、


(さっきの話からすると、この顔面偏差値制度を作った俺たちの憎むべき元凶は魔王ってことか?)


(まあ魔王が悪いのは間違いないわね。たぶん作り出したのは先代の魔王とかだと思うけれど……今の魔王を倒せば確実に帰れるわねぇ)


 ちょっと待てどういうことだ……? この世界の人々は魔王にみんな従ってるのか? 顔面偏差値制度を受け入れてる……?


(何そのよくわからないって顔。最初に言わなかったかしら。ここが最悪な世界だと言われるもう一つの所以は――――すでにこの世界が魔王に支配されてるからよ)


 フェアリーは芯のある透き通る声で、当たり前のように言い放った。小声ではあったのだが、特に最後の方は確実にラルクたちにも聞こえてしまったことだろう。でもそんな――そんな事は些細な事にすぎないのだ。


 今まで、一応は平穏が保たれていると思った場所が、すでに支配されていただなんて。


 フェアリーの言ったことに驚いた俺は――


「はぁ…………⁉」


 この場にいる全員に聞こえる声で、叫んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺たちブサイクだけど、顔面偏差値至上主義の世界を救います! 星色輝吏っ💤 @yuumupt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ