あの時の空、降るのは闇。

中村翔

あの時の空、ふるのは闇。


 ブクブク。ガボガボ。ゴボゴボ。

 あの時私は確かに溺れた。

 というか。

 ここどこ?

 手はある。

 違和感が...なんだ?この気持ち。

 ガシャーン!

「きゃー!!!!」

 女の叫び声が耳障りだった。

 思わず耳を両手で押さえる。

「せ...いを...急いで!」

 だんだんとはっきりと聞こえてきた。

「先生!娘が!」

 違う女の声が聞こえる。五月蝿い。

 キーーーーーン

「がはっ!」

「や...!おね..!....して!」

 意識が遠のく。あの人はなんて?なんていって?

 遠い場所にいる。近い場所から眺めてる。

 長い橋が見える。近くなって。遠くなって。

 幾千の星が見える。キラキラひかる。

 目が痛い。もう眠ろう...。

 ピーーー。ピーーー。ピーーー。

 五月蝿くはない。むしろ、なんだか。

「ぁっ!はぁはぁ。」

「コトナ!コトナ!見える!?私が」

「お母様。お下がり下さい。ショック用意。」

 ウィーン。ドン!

「!!」

 ピっピッピッ。ピーーー!

「!。いま脳波に反応があった!もう一度だ!」

 ウィーン。ドン!

 ピピっ!ピピっ!ピッ。ピッ。

「.....」

「...!......」

「あぁ。ありがとうございます。」

 意識が戻ったのはそれから3日後だった。

「.....?」

 白い。何もかも。息すらも。

 いや?ちょっと待って。息って見えるもん?

「はぁー。はぁー。」

 白い。確かに息が白い。

 ピッ。ピッ。

 音のする方を見る。

 白衣の男達がこちらを見て何か言っている。

 そのうちひとりがこちらへ来た。

「おめでとう!」

 パチパチ。

 周りからパチパチと肌を叩くときに出る音がする。

 この人達みたいに動けない。

 喋る。喋れ。喋れ!!!

「うあーーーー!」

「落ち着いて。気を確かに!」

 はぁはぁ。

「今日は休んでください。婦長。あれを。」

 ナースが細長い注射を刺す。

「......!?」

 意識が遠のく。景色が揺らぐ。

「すぅー。すぅー。」

「コトナ!」

「大丈夫。眠ってるだけです。しかし植物状態から自力で蘇生するとは。」

「ではこの病院で治療したのではないと?」

「いやはや。初めての症例ですぞ。」

「しかし脳が致命的では?」

「脳が働かずに大人になったなら」

 ガヤガヤ。

「...すぅー。すぅー。」

 寝息だけが響いていた。

 時たま自分以外の寝息も。

「......ん。」

「コトナ!先生を早く!」

「だれ゛」

「コトナ!コトナ!」

「わ゛だしは゛」

(だれ?)

「素晴らしい。目が覚めたばかりなのに喋れるなんて。二、三、質問。いいかな。」

 白衣の男が下敷きの様な物を取り出した。

 なにか、文字?のようなものが掘られた。

「これかい?それともこれ?」

 下敷きを指差して聞いてくる。

「?」

 男に指で文字を伝えた。

「意味がわからない」

 ほう。と。

 男が何かを書き始めた。

 さらさら。

『24日(木)患者に変化が見られる。...には変化みられず。喋ることは可能。しかし訓練が必要。』

「訓練が、必要?」

「!。読めるのか!?さっきのも...失礼だがドイツ語を習ったことが?」

 フルフル。くびを横に振った。

「そうか...。だがそういえばさっきのドイツ語じゃなかったか?記憶は?何があったか覚えていますか?」

「いい、え。」

 そうか...。と肩を落とされて出て行ってしまった。

(なにがあったかおぼえてる?)

(つまりふつうならおぼえていてとうぜん)

(ということ。)

(何も覚えてない?)

(つまりそれって。)

「きおく、そうしつ?」


 昨日のことは覚えてる。

 大人のはくい?の人たちに囲まれてた。

 じゃあ"そのまえ"は?

 ......やめよう。考えると吐き気がする。

(じゃあ二、三週間様子を見て。はい。はい。)

 ガラガラ。バタン。

「コトナ?起きて大丈夫なの?」

「うん。もう平気。喉も大丈夫。あぁー。お腹すいたー。」

「そうね。起きてまだ何も食べてないもんね。」

「そうだよー。お菓子くらい食べていいと思うんだけどなー。」

「そうそう。コトナのクラスの子がお見舞いにくるって。明日でいいよね?」

「なんで私に聞いてくるかな?起きたばっかでなにもわかんないってのに。」

「ねぇねはきてほしくないの?」

「はぁ。あんたさ。どこ隠れてんの?声だけ出さないでよ。」

 ゴメンゴメン。とベッドの下から出てきたのは妹。

「チョップ。」

 妹に付き合ってあげるのも一苦労だ。

「はい。ガード。」

 妹のチョップを片手であしらって話をつづける。

「で?私の知らない友達が来るとかなんとか。来るなら来てもいいけど。」

「なにか?」

「昼飯はよう。よこせ。」


「ご馳走様でした!」

 こちとら2年も飲まず食わずだったのだ。

 そりゃ生きた心地もしないしなんなら生きてるってなに?って話しだよ。

 ふー。慌てて食べたから喋れないや。

「コトナ。美味しかったかい。お父さんとも話さないか。」

 普段寡黙な父。

 こういう時なに話してたっけ。

「・・・・」

「・・・・」

 そっちから話題振ってよ...。

「コトナ。例えばここに物体Aがあったとしよう。だがその存在を証明できる人なんていやしないんだ。」

「つまり?」

「あー。その物体Aは消えることもあるかも知れない。だが父さんは確かにそこにあったことを知っている。」

「存在もわからないものなのに?」

「いや。いいんだ。いまはわからないかも知れない。でも親になったらコトナにも分かる日が来る。」

 ?。

「そういえば明日はクラスメイト、友達が来るんだったな。さ、ゆっくりおやすみ。」

 確かにもうお腹いっぱいでねむ、く。

 くぅー。くぅー。


「コトナさん!もう!いつまで寝てるんですか!?もうすぐ友達が来ますよ!」

 ガバっ!

 友達。そっか。来るのか。

 ガバって起きたのはいいけど、特にやることもなくまた寝転がった。

 いまのは看護婦さんの声だ。

 おおかた呆れて見に来たんだろう。

(もう!若い子ってのはどうして......)

 声が聞こえていたが無視した。


「こんにちは!」

「こ、こんにちは。」

「こんにちは。」

 大人の男の人と男の子が入ってきた。

「えーと。私は担任でこの子の付き添い。」

「コトナちゃん?ひさしぶりだねー。」

 ぶしつけにもほどがある。が、言わない言わない。

「あー。なんていうか。心配かけてごめん」

「いいんだよ。コトナちゃんは事故の事覚えてる?」

「いんやー?ぜんぜん。」

「コトナちゃんのお父さんは?いまどこ?」

 なぜそんなことを聞いてくるのだろう。

「あっ、もしかして喉乾いた?ジュース買ってくるね。」

 そんな事なくもなかったので頼んだ。

「あー。そのなんだ。あの子もあの子で後悔してるんだ。察してやってくれ。」

 担任がかわりに話しかけてきた。

「後悔?」

「あぁ。プールでふざけておまえの足を引っ張って溺れさせたな。しかし実際の所どうなんだ。覚えてないのか?もし覚えてるならいってくれ。私はこのことを口外する気はない。まぁ、楽に。らくーにな。」

 そんなことを言っていると男の子が戻ってきた。

「はい。これ。」

 どうも。ありがとうとは言わんけど。

「?。どうしたの?なんか顔が怖いよ?」

 そりゃあんたのしたこと考えたらねとは言えなかった。

「ゴクッ。」

 一気に胃に流し込む。

「でもさ。もう考えなくていいよね。だって。」

 グラッ。

 景色が歪む。

 前が何処だかわからない。

 うえもしたもわからない。

「せ...。これで....?わ....る...よ.?だから。」

 いしきがとんだ。

 せかいがきえた。

 つぎにめがさめたのはくらいへやのなかだった。

 ことばがでない。

 わたしがだれかわからない。

「やぁ。起きたかい?大丈夫だよ。これで君は永遠に僕の物になったんだ。」

 ???。。。

「わからないのかい?ほら。右手も左手もわからないだろう?そういうことさ。さ、お眠り。」

 私が真っ先に考えたこと。それは。

「そ、ら」

 ──あの時の空、降るのは闇。

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あの時の空、降るのは闇。 中村翔 @nakamurashou

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