妹はもういない③妹がいた確かな記憶

 ――これはもう、だいぶ過去のことだ。



 ベシィ。ドシン! ズドンッ! 中学生が、小学生に、ぼこぼこにされていた。


 うわあ、すごい光景だ。つやっつやで、ほんのりと焼けた綺麗な脚で、年上のクズどもが蹴られまくっていた。


 俺はとても気持ちいいんだが…………さすがにやりすぎじゃないか?


 しかし! 蹴る度に靡く髪が……う、美しい! 不覚にも、そっちに気を取られてしまった……。


 ブシャーッ。ズドン。いじめっ子の中の一人、峰星政が鼻血を出して倒れた。


 なんかほんとにブシャーッって聞こえた、気がした。


「お、おい、シズ。さすがにこれは…………」


「あ、私やっちゃった? ちょっとやりすぎた? で、でもお兄ちゃんをいじめてた人たちなんだから……えへへ」


 結局、「もうやめてくれ!」と俺が怒鳴るまで暴力は続いた。


「あ、はいぃ。やめますぅ。お兄ちゃんがそうおっしゃるなら……」


「なんで敬語なんだ?」


「いや別に、なんでもない……けど」


 辺りを見渡すと、血まみれの峰と大伏と丹武橋とその他数人。


「ひどいなこりゃ……」


「全てはお兄ちゃんの未来のために!」


「さすがに引くよ……。大丈夫? 死んでない? 大丈夫だよな?」


「お兄ちゃんが優しすぎる! あのね、人間はそんな簡単に死なないの。絶対大丈夫だから」


「いやそんなわけ……って、なんだか説得力あるように感じるんだよな。シズの言ったことって」


「でしょ。大丈夫大丈夫」


 急に適当だな。


「それより早く帰ろう!」


「帰ろうって言ったって……このままでいいのか? 救急車とか呼んだ方がいいんじゃ……」


「そんなことしたらバレるじゃん」


「いや呼ばなくてもバレるだろ……」


 俺は真顔で言った。正論だろ? ――するとシズは陽気にサムズアップ。


「バレても大丈夫。ちょっと強い小学生に巻き込まれた中学生。はい大丈夫」


「大丈夫じゃねえよ。シズがやったことに変わりはないんだ」


「じゃあお兄ちゃんがやったことにする」


「は……?」


「冗談冗談。それじゃお兄ちゃんのためになってないし」


「おい怖いこと言うなよ」


 笑うシズに怯える俺。全然笑い事じゃないぞ。するとシズはにまーっとあからさまなニヤけ顔をして、言った。


「私結構ブラコンだもん」


「シズ……」


 俺は感慨深い気持ちになって、自然と目から涙が――


「うそ」


「おい」


 ……騙されかけた。そんなウソいらな――


「――それもうそ」


「……っ。ずるいぞ。嬉しすぎること言うな」


 俺は不意打ちを食らって目から大量の涙が――


「それもうそ」


「………………」


「――――――」


 …………待っても次の言葉はなかった。


「『それもうそ』って言ってくれよ!」


 俺は自分を情けない兄だと自覚しながら叫んだ。だけど、ちょっとはカッコつけたくて。


「シズ。応急処置くらいはしとこう。致命傷ではないと思うけど、ちょっとやりすぎた」


「あ、ごめんお兄ちゃん。ついかっとなっちゃって。でも任せて。私こんなこともあろうかと救急セットを持ってきてたの」


「やけに準備がいいな」


 絶対最初からやる気満々だったろ。俺が心中であきれていると、シズは救急セットを丁寧に開き、倒れている奴らの傷を消毒し始めた。


「い、痛ってっ!」


 ほとんどの奴が意識を失っているが、消毒によって目を覚ましたやつもいるようだ。改めて彼らの顔を見てみるが、峰以外は見たこともない男どもだ――というか……


「あ、よく見たら制服が違う……」


 よく目を凝らすと、峰とそれ以外の男どもでは制服が違った。色が同じせいですぐに気づけなかったが、襟の柄や裾の長さがまるで違う。


「胸のあたりに校章が…………ん? 竹代高校?」


 隣の市の高校の制服だったようだ—―ってうん……?


「え、こいつら高校生かよっ!」


「え、知らなかったのお兄ちゃん」


「シズ知ってたのか?」


 俺が聞くと、けが人の手当てをする女神のような風体のシズは、まさに女神さながらの優しい笑みで答えた。


「うん。峰は同級生の友達が少ない。こんな人数を集めるのは無理。ちゃんと調べ済みだよ♪ それに……結構強かったし。まあ……私には勝てないけどね❤」


 満面の笑みのシズ。……つまり、さっきの光景は、『中学生が小学生にボコられている』のでもなく、『高校生が小学生にボコられている』光景だったということか?


 それ……やばくね? もっとやばくね?


「よし。これで大丈夫。病院行かなくても後遺症は残らないと思うよ」


「お、おおやっぱすごいなシズ」


「お兄ちゃんのためなら大抵のことはできるんですさあもっと褒めて!」


「ああすげえなシズ……」


 シズってこういうとこあるんだよな。


「こういうとこってどういうとこ? 大抵のことはできるってとこ? そうだよ私凄いんださあ褒めに褒めて」


「そういうとこだよ。そして心を読むなよ」


 シズは俺が頭の中で考えたことを見透かした。なんだそれ。人の心読めるとか超能力じゃん。


「心が読めるのはお兄ちゃんだけだよ」


「怖いんだよそれ。なんで俺だけ?」


「自分でもわかんないけど……たぶん私たちが運命共同体だからじゃない?」


「それ本気で言ってる?」


「本気♪」


「やばいどうしよう実の妹に恐怖を感じるようになってきた」


 そう口では言っているが、俺が滅茶苦茶嬉しかったというのは、シズが心を読めなくともバレバレだったことだろう。


 そして――――実は、シズが俺の心だけ読めるのには理由があるのだが…………。

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ダメダメな兄貴に死に別れた妹と恋する資格はありますか? 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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