妹はもういない②赤髪美少女こ〰〰わっ!

 硬い鉄の扉をぶち壊した彼女は、地べたにうつ伏せに寝かされてる俺を足で踏みつけながら、めちゃくちゃ上から目線で眺めながら言う。


「私、歌留多杪葉かるたうれは。歳はあなたの一つ下ね。あなたの自己紹介は不要よ。もう知ってるから」


 は? 俺、高一だぞ。一つ下って…………中三じゃねぇか。なんでここに?


 ――ってこいつ、よく見たら俺と同じ中学の制服じゃねぇか?


「その疑問に答えてあげようか?」


 まったく表情を変えずにそんなことを言う杪葉。


 ん? どの疑問?


 俺はいまいち意味が分からずにぽかんとしてしまった。


「だから、あなたが頭の中で思った疑問に決まっているでしょ」


 いや決まってねぇだろ。ははは。まさか超能力でも持っているのかな?


 ……なんだか久しぶりの感覚だな。


「あなたなら、驚かないでしょ?」


「どういう意味だよ……?」


 見透かされたような言動をへいへい放つ杪葉。


 そもそもなんで俺を助けに? 今ここに来た理由は? ――謎が多すぎる。


「それは〰〰、なんだかビビっときて、あなたを助けに来たの! あ゙あ゙もう頭痛がする!」


 杪葉は左手首を強く額にこすりつけながら声を荒げる。


 なぜ喋ってもいないのに会話が成立しているのか。もうそれは自然な流れすぎて、どうでもよくなっていた。


「頭痛? 大丈夫?」


「もう痛くないから!」


 それは良かった。


「なんであんたが心配するのよ!」


 杪葉は、“悪役のお嬢様”みたいな感じで、俺を侮蔑するような目で見つめ続ける。


「――そろそろ本題に入るわ。あなたの妹さんに関することよ」


 ああ、そのことね。――て今こいつなんて言った? 俺の妹に関する……こと?


 こいつが妹の何かを知っている? もしや俺も知らない何かを……?


「そうよ。実は私――」


「ち、ちょっと待った!!」


 俺の激声によって、その告白は遮られた。


「ちょっと心の準備が……」


 俺が急な展開に慌てると、杪葉は拳をぎゅうっと握った。それから深く息を吸い込んで、


「はあ?!?!? おめえみたいな惨めなクズに救いの手を差し伸べてやってんだぞ。ちょっとは立場考えろよ!」


 そう言って、ダンッッ! と彼女が床を蹴ると、触れてもいない跳び箱が倒れた。2m以上離れている俺にも、痛々しい振動が伝わってくる…………あはぁ〰〰ん。


 ――おっと危ない。ちょっとだけ俺の中の何かが出てきそうになって、やっとのところでそれを抑制。


 そして、改めて彼女のことを観察してみる。すると改めて感じた。


「こーわっ! 赤髪美少女こ〰〰わっ! 可愛いロリっ子が助けに来てくれたと思ったら、なに? もしかしてツ・ン・デ・レ? ツンデレ展開!? それなら俺を蔑むその目をやめろとは言わないが、お前はただ無意識に思わせぶりな態度してるだけだろ? 分かってるんだよ、う・れ・は・ちゃんっ❤」


「は? 私はロリでもツンデレでもありません~」


「いやロリはロリだろ……てか思わせぶりなのは否定しないのなwww」


 俺は泣きそうなのをこらえて笑った。杪葉は俺のそんな様子に少し顔を赤らめて頬を膨らませた。


「――もうっ! 言ってもいいわよね」


「あ……ああ」


 本当は嫌だった。……ずっと心の中にあった『何か』。その『何か』が、打ち砕かれるような感じがして、心の準備をするに仕切れなかった。


 でも、こいつの言葉を聞いたほうがいいことは、明白だった。


「よく聞いて。実は私――」


 一瞬、彼女は言葉を止めた。ほんの一瞬だけ。


 だけど、その一瞬が、俺にはとても長く感じた。


「――あなたの妹さんの心臓の持ち主なのよ」


 それは、その真相は、なんとなく予想していた返事だった。


 しかしそれは、俺にはとても信じ難いことだった。辛いことだった。俺が今までしてきたことが全部馬鹿みたいに思えてくる。


 なんでそんな大事なことを両親は教えてくれないんだ?


 両親は、あの事件の後すぐに――何も言わずに家を出ていった。


 それが許せなかった。憎らしかった。殺意さえわいた。


「くそっ~~d:sf:s、^えおふぉだwpf~」


 跳ね回る。手が使えたら、壁を思いっきりぶん殴っているだろう。


「カエルか、あんたは。はぁ……。だから手足は拘束したままにしたの

に。もう……」


 杪葉は照れた感じでそう呟いた。


「………………」


 彼女の言ったことは、いわゆる〝心臓移植〟という奴だろう。


 両親はこのことを知っていただろう。なんでそんな大事なことを、教えてくれないんだ……?


「妹の心臓がこんな美少女にあるなんて知ったら、私に惚れちゃうからじゃない?」


「………………」


「……ごめん」


「ぁぁ…………」


 俺の気持ちを見透かしたように、謝罪の言葉を述べる杪葉。


「声小っさ」


「悪かったな」


 俺の声は酷く冷めていた――あの事件の後のように。


「――っ」


「落ち着きなよ」


「…………っ‼」


 落ち着いてられるか。怒りなのかわからないが、なんだかすごくもやもやしていた。


「大丈夫だよ。今は……落ち着いて……」


「…………お――」


「お?」


「――……お前に何がわかるっていうんだよ! 妹の心臓があるだけだろが!」


 俺が出した中で、一番と言っていいほど大きな声だった。


「――っ! 私だって、あんたを助けたくなんかなかったわよ!」


「じゃあなんで来たんだよ!? 最初からこんな場所に来なければよかっただろ!」


「……逆に、なんで来たと思うの? なんでここがわかったと思っているわけ? 一度冷静になってみれば?」


 ――っ! …………落ち着け落ち着け落ち着け。杪葉は何でここに来たのか……。「ビビっと来た」って言ってたけど……。


 …………全然わからない。


「はぁ……だから男は。あのねぇ、心臓が……あなたの妹さんの心臓が……場所を示してくれたのよ」


「ふっ、そんなわけあるか。心臓が場所を? ふざけるな! 嘘つきが」


「まあ……そう……かもね……。ごめん、今のは嘘。居場所を教えてくれたのは、心臓ではなくて……そう……妹さん自身よ」


 これが杪葉の言う答えだった。でも――


「ふざけんな、シズは死んだんだ」


「いるわ」


「あのな、お前がここにいるってのが何よりの証拠だろ?」


「確かに雫さんは亡くなったわ。でも……いるじゃない、ずっと」


「…………?」


「あなたには分かってほしい。妹さんを大事に思っていたのなら。誇りに思っていたのなら。……妹さんはずっとあなたの傍にいる。そして、あなたの一番近くで見守りたいはず」


「………………」


「でも妹さんはどこにいたって、あなたを想う気持ちは変わらない。だから、これから。これから、関係を戻せばいい。それに私も協力したい。直接喋れなくても、直接笑いあえなくても、きっと心は通じ合ってる。もう分かるでしょう。そう。妹さんはずっといるのよ――」


 杪葉は大きく腕を振り上げて…………バンッ!



「――私の心臓こころの中に!!」



 杪葉が手を置いたのは、他でもない彼女の胸――心だった。


 それを見た俺は……なぜだか涙を流していた。


 なんで? なんで? なんでそこまで……俺にそこまでするんだ!? お前は、死んだ……、死んじまった! それで終わりで……いいだろ!?


 どうして? どうして? 俺はお前に何かしてやれたことがあるだろうか? お前がそこまでしてくれる、それに見合うことを俺はしたのか?


 ――していない。これが、俺の最終的な結論だった。


 シズが俺に良くしてくれるのは、他に理由があるんだろうということで結論づけ、一度事態を飲み込むことにした。


「そ、それで……えーと…………」


 俺が言葉に詰まっていると、杪葉は俺の考えを汲み取って話し始めた。


「確かに信じられないかもしれない。でも、信じてほしい。あなたが妹さんのことが好き……なら」


「…………」


 俺はシズのことが好きだ。大好きだ。その気持ちだけは、いつになっても、誰にも負けない。


 でも好きな人に良くされる、それも妹が兄にだなんて、格好が悪すぎる。


 俺はどこかで怒っていた。それがシズに対してか、杪葉に対してかはわからない。この湧き上がる羞恥心が、大好きなシズへ怒りをぶつけたくなる理由でもあった。


「心臓から、『お兄ちゃんを助けて!』って聞こえてくるのよ。テレパシーみたいなもので結ばれてるみたい。あなたと妹さん、とても仲がいいのね」


「『仲が良かった』の間違いじゃないのか?」


「いいえ、あなたと妹さんは今でも繋がってる」


「……んでっ……」


「ん? なんて言った?」


「だから! なんでお前は助けに来たんだよ! 俺に気を遣ってるのか?」


「だから助けないと頭痛がするって……」


「お前には言ってない!」


 俺は杪葉の胸――心臓のほうを真っすぐ見て、言い直した。


「シズ! 俺は! お前に聞いているんだ! 兄妹だから? それだけで? もう、ほっといてくれよ……」


 なんだか急に気力がなくなってきて、俺は気付けばぽろぽろと涙を流していた。


 ――と、その時。


 バンッ!! バンッ!! 杪葉はその細長くて白い足を地面に何度も打ち付けて、、、、、


 ――そして言った。


「ざっけんなよ!! バカ! ドアホ! 鈍感野郎! それでも兄貴か!」


「俺はどうせ……ダメ兄貴なんだ…………」


「そうだよ! お前はダメ兄貴だ! ――でも! ……兄妹だから? そんなちっぽけな理由であんたの妹があんたを助けようとしてると思ってるわけ?」


「じゃあ、何が理由なんだよ!!」


「それをわかってあげるのが兄貴ってもんでしょ! 他人に答えを求めようとしないでよ! 自分で考えて、自分で結論を出す。ただそうすればいいじゃない。妹がどんな気持ちなのか、それがわかってからにして。それができなかったら、いつまでも惨めなダメ兄貴のままよ!」


 杪葉の目にも涙が見て取れた。どうして? 杪葉もどうしてそこまでするんだよ。


「杪葉…………」


 衝撃だった。杪葉がそこまで考えていたなんて。彼女と会話し、改めて気づいたことは多かった。


 結構いい奴じゃねぇか……。そんな風に杪葉を見直そうとしていると…………スッ。


「あ、初めて名前の呼び捨てで読んでくれました? これからはそうやって呼んでくださいね、星谷ほしやセンパイっ❤」


 急にキャラが一変し、俺に縋りついてくる杪葉。


「は」


 腑抜けた声が出て、ふ、不覚にも顔が赤くなってしまった。不意打ちはずるいって……。


「ご褒美にヒントを挙げてもいいですよ、センパイっ❤」


「ヒント?」


「そうです。センパイがダメダメ兄貴からイケイケ兄貴になるための〰〰杪葉ちゃん大ヒ〰〰ント! ――ねえ、心臓移植をするには何が必要か知ってます?」


 異様にもったいぶってはしゃぐ杪葉。


「何が必要って言われてもな……。機械とか?」


「いやそういうのじゃなくてですね……うーん。まずですよ、私がシズさんの心臓を受け継いだわけじゃないですか」


「そうだな」


「でもそれって私や病院の先生方の意思だけじゃできないですよね?」


「そう……なの?」


 そんなの知らないぞ。


「はぁ……つまり! つまりですよ。シズさんが『臓器提供意思表示カード』的なカードを持っていましてですね。それで本人の意思が確認できたから、臓器移植が可能になったんです」


「へえ〰〰そうなのか。勉強になった」


「それはよかった……じゃなくて! ほら、他に何か思うことはないですか?」


「他に思うこと……まあシズは老後――じゃなくて、死後のことも考えてて偉いなあと」


「うーわ、老後って言い間違えるとかちょっと引いちゃいますよセンパイ。でも……まあ今はいいです。それでそれで?」


 どんどん前のめりになって近づいてくる杪葉。彼女のものなのかわからないが、なんだか甘い匂いが、この狭い体育倉庫を漂っている気がした。ドアぶっ壊れているのに。


 そのせいか……いや言い訳にするのはよくないな。……全然、何も浮かばないのだ。


「…………以上です」


「以上です……? このにぶチンセンパイ! 一昨日来やがれです! 星谷雫検定一級を満点合格してから出直してきてください!」


「何そのめちゃくちゃ楽しそうな検定!」


「センパイ十級すら取れないですね」


「はあ? シズの兄貴なめるなよ」


「はいはい。もういいですよ……せいぜい無様に頑張ってくださいね」


「おいなんだよその冷たい言い方は!」


 いつの間にか杪葉は、背を向けて出て行こうとしていた。


「なんだよって……私はセンパイのために頑張っているのに、なんでセンパイは私に少しも敬意を表さないんでしょうか」


 背を向けたまま、彼女は言った。


「え?」


鈍感どんかんなラノベ主人公。こんなにも可愛い女の子が目の前にいるのに」


「…………何を言っているんだ?」


「ヒントまであげたんですから。少しでも進展があったら、私が褒めてあげます。それから、次の杪葉ちゃんヒ~ントの時間です。私は颯爽と現れて、颯爽と消えるでしょう。それまでセンパイは、必死に足掻いて足掻いて、シスコン魂ぶつけちゃってください。……ではさようなら」


「ぁ………」


 杪葉は出ていく。ドアのない体育倉庫から。


 止めることもできただろう。「ちょっと待て!」とか言って。


 でも、今の俺にそんなことはできない。もう話すこともないんだ。


 杪葉の言った『他人に答えを求めようとするな』という言葉が頭をぐるぐる駆け巡っている。


 そうだ。今杪葉に頼ったら、それこそダメ兄貴だ。


 自分の力で考えてみよう。現実逃避はもうしない――妹を、妹の気持ちを、じっくりと。


「待ってろよ、シズ!」


 縄で縛られたまま、扉の破壊された体育倉庫の中で、そう叫ぶ男がいた。

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