第1章 妹はもういない

妹はもういない①サッカーのシュートかよ

 ちょっと前、高校の入学式の日。俺がまともに入学式なんかに行けたと思うか?




 ――答えは、もちろんNOだ。




 いじめというのは、徐々にエスカレートしていくものだ。快楽に溺れた人間が、中毒から抜け出すのは容易ではない。


 今日なんか、手足を拘束され、口にはガムテープを貼られ、監禁されている。この学校に来て初めて入ったのが、ここ――体育倉庫。


 ちょうど今、体育館で入学式のセレモニーが行われているはずだ。新入生は、先輩たちに校歌を歌って贈る。俺も一緒に歌う予定だった。微かに聴こえるそのリズムに合わせて歌ってみるが……苦しい鼻歌だ。


 助けを呼ぼうとするが、「ん~」と言っても、誰も来やしない。厚い扉で閉ざされていて、防音状態。このまま聞こえることはないだろう。


 とりあえず俺は、入学式が終わり奴らが俺を解放しに来るのを待つことにした。



 ――しかし、午後になっても、俺を閉じ込めた奴らは、とうとう俺を解放しに来ることはなかった。入学式に浮かれて俺の存在を忘れたに違いない。


 もうずいぶん慣れてきて、空腹なんてものは感じなくなっていた。


 ここまでされたのは初めてだ。いつもなら足か口は使えたので、助けを呼ぶことができたが、今日はそうはいかない。


「○▽✖□※◁~(たすけてくれ~)」


 そう何度も叫ぶ。その声が届くことはないが。


 でもなんとなく、今日は怖くない。


 なぜだろう。なんだか、誰かが来て、助けてくれる気がしてならなかった。



 2年前までなら妹が助けに来たかもしれない。



 しかし妹はもういない。 


 ……なのに。


 あ〰〰いけない。過信しすぎている。


 来るわけがない。……それでいいんだ。誰も来なくていい。


 もうこんな生活はごめんだ。そうだ、ここから逃げよう。倉庫からという意味じゃなくて、この世から……。死ねるなら、本望だ……。


 なんでこんな簡単なことが今までわからなかったんだろう。天国へ行けば、シズとも会えるかもしれない。いや、俺は地獄行きか? ……いやでも、シズに会う必要があるのか? ……いや、今の苦痛に比べたらそんなの……



『――あきらめないで、お兄ちゃん』



「んン~っ!?」


 なんだ? 今、シズの声がした……ような……気のせい……だよな……。


 ――静かだ。


 そうだ……。そういえば、あいつが死んで、もう2年になるのか……。


 酷く哀惜して、涙が零れ落ちそうになった。それを何とか堪えようと、必死になった――――そのときだった。



 バンっ!!! 強烈な勢いで倉庫の扉が開かれた……――否、突き破られた。


「…………」


 いやドア外れてるぅ~~っ! どんだけ勢い強いね〰〰ン。


 ――て、そんなことはさておき。



 ドアを突き破ったのは、可愛らしい赤髪の少女だった。



 なんだか見覚えのある…………いや見たことないな。


 だって、こんな天地がひっくり返りそうな程可愛い女の子と会って、忘れるわけがないだろう。シズと張り合えるぐらいだぞ! シズには劣るけども!


「惨めだな」


 彼女は一瞬にして俺の目前まで来て、そう吐き散らした。


 そして、ベリィッ。俺の口元に頑丈に貼られたガムテープを剥がした。


 しかし彼女の目つきは、悪役そのものだった。


「ぷは〰〰っ」


 口を動かせるだけでこんなにも開放感が味わえるだなんて。


「あ、ありがとう……ございます。あのぉ、ロープも……解いてくれませんか?」


「――やだ」


 即答。冷酷な返事が返ってきた。


「えぇ……?」


 俺が首を傾げると、彼女は息つく間もなく、どすッ! と俺を蹴飛ばした。


「ぐは――っ!!」


 そして、ガシャン! ドッジボールの籠に叩きつけられた。


「痛ってぇぇ!」


 サッカーのシュートかよ。


「今、サッカーかよ、て思ったでしょ」


「な……!? ……いや、違うぞ? 俺は『サッカーのシュートかよ』って思ったんだ」


「どっちも同じよ!」


 ……ヤバい。 こいつの思考を読み取る能力、シズみたいだな。





「今度は、シズみたい、って思ったでしょ?」





 なに? そこまでバレているのか。さすが妹に負けないくらいの美貌びぼうを持っている女だ――って、、、、、、、、




「なんでお前が俺の妹のこと知ってんだよ!? お前誰!?」



 ホント誰だよこいつ。途中から敬語じゃなくなってたけど、たぶん俺より年下だよね?


「あら、知りたい?」


「当たり前だ」


 俺が即答すると、彼女は「そうなのね」と頷いてから言った。




「――それじゃあ、自己紹介と行こうかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る