異世界で自信を取り戻したボクは、腹黒な幼馴染兼義妹と縁を切ることにした。

泉里侑希

第1話

 ボク、津賀田つがた小葉このはを簡潔に表すなら『根暗の劣等生』だろう。常に顔色が悪く髪もボサボサ、偏差値の低い学校でも成績は下位に属する。当然、友達なんて皆無に等しく、口を交わすのは必要最低限のみだ。だからと言うわけではないが、軽いイジメにもあってるし、とことん底辺な人間と評価できる。


 とはいえ、ボクは他人からどう見られても良いんだ。いや、多少は気にしてしまうけれど、とある目的の前では些事に過ぎない。


 その目的とは、義妹を養うこと。


 津賀田家の家族構成は全部で二人。ボクと義妹の葛葉くずはだけだ。元々幼馴染だった義妹の親とボクの親とが再婚したんだが、ボクが中学校に入学する直前に事故死。兄妹のみで生活を送ることになってしまった。


 家は残ったが、遺産はそれほど多くなく、質素に生きていくくらいの資金しかない。それでは上の学校に通うことができないため、ボクは寝る間も惜しんで働いている。


 出来損ないのボクは就職で不利になり過ぎない程度の学歴──高卒で構わないが、全国模試で一桁順位を取るほど優秀な義妹は大学まで行くべきだと思う。だから、必死に頑張って資金を貯めているわけだ。


 親戚を頼らないのかと疑問に思うだろう。実際、声をかけてくれる人たちはいるが、今のところ応じる気はない。何故なら、葛葉が望んでないから。親戚の家に居候することになれば、経済的理由によりボクらは離れ離れに暮らすことになる。それを彼女は拒否しているんだ。


 可愛い妹がそう言うのなら、ボクだけが諾と答えるわけにはいかない。仕事に家事と大変ではあるけれど、ボクが頑張れば良い話。


 我ながらシスコンだなぁとは感じるが、多少の溺愛は許してほしい。たった一人の家族だし、アイドル顔負けの容姿とモデル並みのスリムな体型、日本有数の頭脳の持ち主という自慢の子なんだ。






 夜の十時過ぎ。平日のバイトを終え、いつも通りボクは帰路につく。帰宅したら明日のお弁当と夕食の準備を済ませ、掃除を筆頭とした雑事を行う予定。義妹には勉学に専念してほしいので、家事全般もボクの仕事だ。寝る時間はほとんどないけれど、授業中に眠れば問題はない。どうせ、高校は卒業できれば良いだけだし。


 帰宅途中、繁華街の横を通り過ぎたところで、聞き覚えのある声を耳にした。ボクが間違えるはずない、葛葉の声だった。友人と一緒にいるようで、彼女の他にも二人ほどの声が聞こえてくる。


 今日は塾で遅くなると聞いていた。だから、この時間に外出しているのも不思議ではないはずだったんだが……どうしてか、ボクは近くの物陰に隠れた。


 これといった理由はなかった。ただ何となく、隠れた方が良いと直感が囁いただけ。自分でもよく分からない行動だったと思う。


 でも、この行動が、後々のボクの運命を大きく変えることになる。


 物陰でひっそりと息を殺していると、葛葉たちの会話が明瞭になっていった。


「そういえば、今日は遅くまで遊んでていいわけ? いつもはアニキの用意した夕飯食べなきゃいけないって帰ってるじゃん」


「そうそう、遅くても夜の七時には帰っちゃうよねぇ」


「今日は良いのよ。小葉には塾で遅くなるって言ってあるから」


「うわ、完全なデマカセじゃん。腹黒い妹だねぇ」


「というか、葛葉って塾なんて通ってたっけ? 毎日私たちと遊んでて、そんな時間あんの?」


「塾に通ってるってところから嘘なのよ。正確には、一週間くらいで辞めちゃったんだけど。お陰で、塾の費用って渡されるお金が丸々アタシのお小遣いになるんだからラッキーよね」


「マジかよ。確か、葛葉のアニキが学校以外の時間全部を使って稼いでるってお金でしょ?」


「えげつな~い」


「そのお金の恩恵を受けてるのは、どこのどなただったかしら?」


「「ゴチになってます!」」


「よろしい。そもそも、塾に通わなくても好成績は残せるんだから、一種のご褒美って奴よ。たとえバレても、アタシの役に立てるのを小葉だって嬉しく思うはずだわ。あれはアタシの所有物。一生アタシの言うことを聞く奴隷なんだから」


「あははは、唯一の家族の対して容赦ねーな」


「でもでも、シスコンって話だから、あながち間違ってないかもよ?」


「その通り。あいつ、気持ち悪いくらいアタシに構ってくるから、何の問題もないわ。それに、家族といっても義理兄妹。肉親への情なんて、これっぽっちもないもの。一緒に暮らしてるのはアタシの自由にできるお金が増えるからだし、小葉に対して猫をかぶってるのもお遊びみたいなものよ。メリットがなきゃ、あんな取り柄のない落ちこぼれなんかとと同棲しないわ」


 下品な笑い声を上げながら、葛葉たちはボクの隠れていた物陰から遠ざかっていく。次第に、会話も聞こえなくなっていった。


 彼女たちの気配が完全になくなったところで、ボクはヘナヘナと崩折くずおれた。あまりに衝撃的な発言の数々のせいでパニックにおちいり、何ひとつ考えがまとまらない。


 それでも、ゆっくり時間をかけて内容を解きほぐしていく。理解していってしまう。


 葛葉が塾に通ってるというのは嘘だった?


 塾に通わず全国模試一桁というのは素直に喜ばしい。彼女の優秀さが想像以上だと判明した。独力で勉強を頑張ってると考えれば、多少お金をチョロまかすのも我慢できる。


 しかし……しかし、だ。何事にも限度というものがある。塾代と称して葛葉に渡しているお金は、月十万にも及ぶ。ボクが汗水流して稼いだ給料の大半。生活費を切り詰め、それでも足りないからと、ボクの食事代やら衣服代をカットして捻出した代物だ。到底無視できる金額ではない。


 葛葉を信用してたからこそ渡したというのに……その信頼を裏切られた。


 話はそれだけに収まらない。葛葉は――妹は、ボクのことを兄と認識してないと判明してしまった。都合の良い奴隷としか思ってないと理解してしまった。


 あの時の言葉は冗談の類でないと分かる。それくらいの判別は、長年一緒に生活してきたんだからできた。葛葉は心の底から本気で、ボクを所有物としか考えていない。


 お金を騙し取られていたこと以上にショックだった。お金に関しては、保護者であるボクの監督不行き届きだと折り合いをつけられる。信頼がガタ落ちしてしまったのは変わらないが、その程度の傷心で済んだはずだ。


 でも、所有物扱いは看過できない。だって、そこには愛情なんて存在しないから。愛着はあるかもしれないが、家族の情は一切存在しないんだから。


 悲しすぎる。ボクは葛葉に対して愛情を持って接してたというのに、向こうはボクを道具としか見ていなかった。別に見返りを求めてたわけではないけれど、理屈と感情は別物だ。溢れる感情が抑え切れない。


 どうして。なんで。そんな意味のない語句が、頭の中を何度も何度も過っていく。薄暗い物陰でうずくまり、延々と慟哭を続けた。


 バイトによる肉体的疲労と今被った精神的ショックの影響で、ボクが意識を手放すのに時間はかからなかった。








          ○●○●○








「あれ、ここは?」


 目を開くと真っ白い部屋にいた。壁も天井も床も、全てが白い。加えて、不思議なことに出入り口がなかった。どうやって、この部屋に入ったのか理解が及ばない。


 そもそも、なんでボクがこんなところにいるんだ? 確か、繁華街の物陰に隠れてたはずなんだけど……。


「ようこそ、神界へ」


 ここに至る経緯を思い出そうとした時、ふと声がかけられた。


 驚いて声の方へ向くと、そこには二十歳ほどの女性が立っていた。澄んだ碧眼に美しい鼻梁、潤んだ唇と神懸った顔の造詣をしており、ツインテールに結わえた銀髪も相まって、幻想的な雰囲気を醸し出している。身長は百六十くらいか。とても女性的な、メリハリのある肢体をしていて、着用している純白のワンピースを盛り上げている。


 一言で表すなら『女神』だろう。葛葉は大層な美少女だと思ってたが、目の前の女性は次元が違う。気を抜くと拝みたくなる美貌だった。いつの間に現れたんだなんて疑問が吹っ飛ぶほどに美しい。


 ボクが見惚れている間も、彼女は話を続ける。


「津賀田小葉、あなたは勇者に選ばれました。これから私の管理する世界へ赴き、世界へ仇なす魔王を倒してもらいたいのです。成功した暁には、あなたの願いを何でもひとつだけ叶えて差し上げましょう」


 慈愛の笑顔を浮かべる女性だったが、やはりボクは呆然とするしかない。


 未だ見惚れていたというのもあるが、今は「意味が分からない」という気持ちが大きかった。彼女が語った内容が一言も理解できなかったんだ。


「いかがなさいました?」


 いつまでも反応がないボクを不審に思ったんだろう。女性は首を傾いで尋ねてきた。


 このまま黙ってるのも失礼なので、ボクはストレートに答えることにする。


「えっと、あなたの仰ってる意味が分からないんですが……。勇者? 魔王? あなたの管理する世界? 何ひとつ理解できないです」


「はい?」


 ボクの質問の仕方が悪かったのか、女性は柳眉を若干ひそめて固まってしまった。


 だが、すぐに復活したようで、表情を改めて口を開く。


「全部分からないんですか? えー……そちらの世界で言う異世界転移というものなのですが」


「異世界転移って何ですか?」


「えーっと……あなた、日本人よね? 小説や漫画は読まないのかしら?」


 質問を繰り返していると、女性の顔が引きつった。心なしか、かしこまった口調が崩れたように感じる。


 この流れからして、勇者やら異世界転移やらは、日本の創作文化に関係ある代物のようだ。


 ともすれば、ボクが理解できないのも納得できる。


「はい。家が貧乏な上、ボクはバイト漬けだったので、そういうのにかまけてる余裕はありませんでしたから」


 バイトに家事に学校にと、娯楽に興じる時間なんてボクには存在しなかった。全ては少しでも葛葉に楽な生活をさせてあげるため。そう思って生きてきたんだ。それなのに……いけない、これ以上考えると気分が沈んでしまう。


 陰鬱な気持ちを振り払うようにかぶりを振っていると、目前の女性は大きく溜息を吐いた。


「まさか、このご時世にそんな日本人がいるなんて」


 そっち方面に詳しくない日本人は五万といる気がする。この人、日本人に変な偏見があるようだ。まぁ、話がややこしくなりそうだから口にはしないけど。


 すると、女性は豊かな胸を張って言った。


「良いでしょう。この私自ら、異世界転移が何たるかをお教えします!」


「よ、よろしくお願いします」


 何やら調子良さげに宣言したので、相手の気分を損なわないように乗っておく。


 それから、彼女は説明を始めた。桃色髪の魔法使いが~とか、死に戻りが~とか、現代兵器で無双とか。色々意味不明な蛇足が入ったせいで一時間以上も話を聞くハメになったが、要点は理解できた。


 何でも、ボクの生活していたところとは別次元の世界が滅亡の危機に瀕しているらしい。そこの管理を任されているのが目の前の女性で、事態の解決のために動いていた。でも、彼女自身は規則により直接手を出せないので、代理の人間を探していたという。で、条件に合う存在として、ボクに白羽の矢が立った。


「つまり、ボクに世界を救うヒーローになってほしいってことですか?」


 幼い頃に見た戦隊モノのテレビ番組が脳裏に過った。あと、今さらながら思い出したが、昔のゲームにドラ○エなるものがあった覚えがある。あれも勇者や魔王って単語が出ていた。


 ボクの理解が追いついたのを悟ったようで、女性は嬉しそうに頬笑んだ。


「その通りよ。あなたには勇者として私の世界の人々を助けてほしいの」


 一時間にも及ぶ語りを経て完全に丁寧な口調が崩れた女性は、真剣な表情で言った。


 世界の危機ということは、多くの人が亡くなる運命にあるんだろう。顔も名前も知らない他人ではあるが、誰かが理不尽に死んでいくのはボクとしても望ましくない。でも――


「ボクは頭も良くないし、腕っぷしも貧弱。到底、世界の滅亡なんて大それたものを回避させる力はありませんよ」


 所詮、一般的な高校生――いや、下手したらそれ以下のスペックしかない。誇れることと言えば、一日中働き続けたお陰で身についた体力くらいだ。もっと優秀な人に任せるべきではないだろうか。たとえば、葛葉みたいな頭の良い子とか。まぁ、義妹が危険な状況に首を突っ込むくらいなら、ボクが死に物狂いで頑張るけども。


 しかし、女性は心配無用と笑む。


「あなたには私の力の欠片を授けるから大丈夫よ。欠片と言えど神の力だし、あなたの努力次第では成長もする。簡単に死ぬことはないはずだわ」


「あなたは神様だったんですか?」


 聞き捨てならない言葉があったので、突っ込んで問う。何となくそんな気はしていたが、明言したのは初めてだ。


 ボクの問いに、彼女はキョトンとした表情を浮かべが、すぐさま納得した顔になった。


「あー、そういえば、まだ名乗ってもいなかったわね。私としたことが失念していたわ。私は『第152242世界』を管理する女神、ミナセイロヴァル・クルミラ・カヴァン・ラヴォーロンツ・ノームリア・セリトバ・コトンタ・フォーミルラよ。神色は白銀、得意な術は回復と結界。よろしくね」


 ワンピースの裾を摘まんでお辞儀をする彼女はやっぱり美しく、ボクはまたもや見惚れてしまった。


 だが、今度はいつまでも呆然としてはいられない。


「えっと、こちらこそよろしくお願いします。ミナセイロヴァル・クルミラ・カヴァン・ラヴォーロンツ・ノームリア・セリトバ・コトンタ・フォーミルラ様」


 向こうはこちらの名前を知っていたので、簡潔に挨拶を済ませる。


 すると、ミナセイロヴァル・クルミラ・カヴァン・ラヴォーロンツ・ノームリア・セリトバ・コトンタ・フォーミルラ様は、驚いた様子で目を見開いた。


 あれ、失礼なことでもしてしまったか? もしかして、人間の挨拶と神様の挨拶とでは様式が違うとか?


 慌てて謝罪しようとしたが、ボクが口を開く前に彼女が言葉を発した。


「私の名前、一発で覚えたの?」


「えっ、はい」


「自分で言うのも何だけど、めちゃくちゃ長い名前よ? 本当に一発で覚えたの?」


「ミナセイロヴァル・クルミラ・カヴァン・ラヴォーロンツ・ノームリア・セリトバ・コトンタ・フォーミルラ様ですよね? ちゃんと覚えてますよ」


 これでも、ボクは昔から物覚えは良い方だ。最近は疲労のせいか、頭がボーっとして記憶力が落ちてたけど、この白い部屋に来てからは調子が戻ってる気がする。ちょっと長い名前を覚えるくらいなんてことない。


 それにしても、失礼を働いて怒りを買ったというわけではなさそうだ。ほっとしたよ。


「す、すごいわね、本当に覚えちゃってる。他の転移者や転生者は何人も見てきたけれど、神の名を一発で全部覚えた人間は初めて見たわ」


「そうなんですか? ミナセイロヴァル・クル――」


「ああ、長いからミナで良いわ。いちいちフルネームで呼ばれても面倒なだけだし」


 自分の名前を面倒って……同感だけど。


「分かりました、ミナ様」


「よろしい。で、話を戻したいのだけれど、どこまで話したのだったかしら」


「力を授けてくれるってところですね」


「そうだったわね」


 ミナ様はポンと両手を打ち、可愛らしく頷く。


「あなたの送り先の世界は、あなたの生活してきた環境よりも危険が多いわ。魔王討伐をするのなら、死の危険が余計に伴うでしょう。それは力を与えても同様。それでも、お願いしたいの。勇者として、世界を救ってくれないかしら?」


 再び頼んでくるミナ様。


 まっすぐ見据えてくる彼女の瞳を見返し、ボクは問うた。


「なんで、ボクなんですか?」


 ミナ様の力の欠片を授けるのなら、ボクでなくとも良かったはずだ。むしろ、落ちこぼれであるボク以外の人間の方が成功率は上がるだろう。それなのに、条件に合う人間としてボクが選ばれたと彼女は言っていた。


 自身が選出された要因を、ボクは知っておきたかった。


「それはあなたが優しい心を持ち、努力を忘れない、才能溢れる人間だからよ」


「はぁ?」


 あまりの信じられなさに、思わず疑念の声を上げてしまった。


 前者ふたつは良い。優しい心というのはピンと来ないが、そういうのは他人が評価するものだから呑み込める。努力も怠っていない自覚はある。


 でも、溢れる才能を持ってるという点は納得できなかった。才能持つ人間は葛葉のような者を指すのであって、ボクみたいな劣等生を表す言葉ではない。本当に才能があるんだったら、今まで惨めな思いをせずに済んだはずだ。


 ボクの反応を訝しく思ったのか、ミナ様が眉を寄せる。


「あなた、自己評価がものすごく低いんじゃない? そういえば、ここに運び込まれる際に極度の疲労状態だったけど、それが関係してる? 回復するのに、めちゃくちゃ力を使ったのよ」


 なるほど。この白い部屋に来てから妙に体が軽く頭もスッキリしていると思えば、どうやらミナ様が手を施してくれたらしい。


「それはありがとうございます。ただ、自己評価が低いんじゃなくて、正当な評価だと思うんですが」


「そんなわけないじゃない。あなたは世界でも有数の天才よ。女神の私が言うんだから、間違いないわ」


「でも……」


「デモもストもないわよ! 面倒くさいわねぇ。うーん、だったら、これまでのあなたの生活を語りなさいな。自信のなさを解消するアドバイスができるかも」


「えっ、聞いてもつまらないですよ?」


 葛葉のために働くだけの毎日だった。両親が死んだこと以外、山も谷もない平坦な人生。話を聞いても絶対に楽しくない。


 しかし、ミナ様はボクの意見など聞く気はないようだ。「つまらないかを決めるのは私よ!」と言って聞かない。加えて、


「相談に乗れるかもしれないわよ? あなたの目、ものすごく濁っているし、何かあったんでしょう?」


 と言われてしまえば、素直に語るしかなかった。


 ミナ様は気づいていたんだ。ボクが空元気を出して彼女の話を聞いていたことを。折れた心を必死で誤魔化し、会話を続けていたことを。


 見抜かれていたなら隠す必要はない。葛葉のことを考えると心が死んでしまいそうになるけど、あの葛葉の態度からすれば、心が死んでしまった方が楽かもしれない。


 ボクは投げやり気味な心境になり、今までの半生を語り始めた。


 生まれてすぐに母親が亡くなり、小学二年生までは片親だったこと。


 幼稚園で葛葉と出会い、片親しか持たない者同士ということで仲良くなったこと。


 ボクの父と葛葉の母が再婚し、義理の兄妹になったこと。


 中学に上がる直前、両親が交通事故で死んでしまい、葛葉の希望もあって二人だけで生活を始めたこと。


 最初こそ慣れない家事を二人でこなしてたが、葛葉の絶望的な家事スキルのなさが判明したため、そのうちボクが家事を全面的に引き受けるようになったこと。


 葛葉が頭脳明晰であることが分かったので、ボクがサポートに回ると決意したこと。


 葛葉が才能を開花させればさせるほど、ボクは彼女と比較され、いろんな人に“落ちこぼれ”だの“劣等生”だの責められたこと。それでもめげず、可愛い義妹のために努力し続けたこと。


 元々資金繰りがギリギリだったので、高校に上がると同時に複数のバイトを始め、生活費と葛葉の将来の活動資金に充てたこと。足りない分は自分用の食費や雑費を削って捻出したこと。


 そして今日、葛葉がボクをどう思っていたのかを知ったと話したところで、限界を迎えた。


「ボクが何をしたって言うんだよ! 両親が死んで絶望した、悲しかった、泣き叫びたかった。でも、義妹を放っておいて、そんな無駄なことをしてる暇はなかった。彼女はボクにすがるしかなかったから、感情を呑み込んで努力するしかなかった!」


 いつの間にか、ボクは声を張り上げていた。涙も止まらない。湧き上がる感情を抑えられず、心の赴くままに叫ぶ。


「家族に向ける愛情を――いや、ボクの全てを葛葉に捧げた。だって、ボクには葛葉しか残されてなかったから。やったことのない家事を頑張って覚えた。「美味しかった」とか「部屋が綺麗だ」とか、些細な感想をくれる葛葉の笑顔が好きだったから! 寝る間を惜しんで、倒れそうになるのを堪えてお金を稼いだ。足りなければ食事を抜いたし、古着とかを利用して雑費を節約した。これも全ては葛葉の生活を少しでも良いものにしたかったから! 彼女の将来を明るいものにしたかったから!」


 そう。ボクの半生は、全て葛葉のために捧げていた。だからこそ、彼女がボクを家族ではなく所有物と認識していたのがショックだった。ボクに対し、一切の情を抱いてなかったのが悲しくて仕方なかった。


「見返りを求めて行動してたわけじゃないし、今抱いてるボクの感情が一方的な逆恨みに等しいってのも理解してる。こっちが勝手に期待してただけだって分かってる。それでも、湧き上がる感情が抑え切れないんだ!」


 たった一人の家族だと思ってたのに、向こうは家族だなんて微塵も思ってなかった。


 あまりにも滑稽で、あまりにも虚しくて……ボクの今までの献身が、全て独りよがりの無駄な行為だと悟ってしまって。


 混乱する頭は酷く痛み、胃がひっくり返りそうなほど気持ち悪い。視界に広がる景色は色あせ、耳を通る音や地から伝わる感触も定かではない。


 徐々に閉じていく世界。ボクは抗わず、このまま暗闇に身を投じてしまおうと考えた。内に溜めてた言葉は全て吐き出してしまったので、もはや抜け殻も同然だった。


 あと少しで認識する全部が黒く塗り潰される、そんな時。ボクの体を何かが包み込んだ。


 それはとても温かかった。凍てついた心を溶かすような、どこか懐かしい温もり。


 不思議なことに、温もりを感じると同時に、閉じた世界が再び開き始めた。視界は色を取り戻し、音と感触も戻り、苦痛だった痛み等も和らいでいく。


 何が原因かはすぐに判明した。ミナ様がボクを抱き締めていたんだ。体が白銀に発光しており、彼女の力によってボクは守られたのだと察する。


 どうして助けたんだ。そう追及しようとしたが、口には出なかった。


 何故なら、ミナ様が泣いてたから。大号泣と言い表せるほど酷いもので、顔が涙と鼻水でグチャグチャだった。美人が台無しだ。


「なんで泣いてるんですか?」


 ボクが尋ねると、ミナ様は涙声で返す。


「だ、だっでだって、小葉がすごぐすごくがわいぞうかわいそうだがらだから……」


 ボクのことを思っての反応らしい。当事者よりも泣いてるとは、よほどミナ様は純真なんだろう。出会ったばかりのボクをここまで心配してくれてるのは、素直に嬉しく思う。


 彼女は泣きながら続ける。


「大丈夫。私がづいてるがらついてるから! ずっどずっと傍にいであげるがらいてあげるから安心じでして!」


「え、でも、ボクは世界を救う勇者なんじゃ?」


ぞんなごどそんなこと、どうでも良いわ! ごんなにこんなにづいでるついてる小葉を放っでおげるわげておけるわけないじゃない!」


 そう言って、ミナ様はより一層強くボクを抱き締めた。


 少し苦しく痛かったが、その温かさは確かに感じられて……ほんの僅かだけど、心が軽くなった気がした。


 ただ逆恨みしてるだけのボクに、ここまでの優しさを向けてくれるなんて、ミナ様はお人好し過ぎるよ。


 心の中で呆れつつも、ボクは彼女に抱きつかれたままでいた。あと少し、あと少しだけ。そう何度も言いわけをしながら。








 五時間後。ボクとミナ様は顔を真っ赤にして向き合っていた。もう抱き締め合ってはいない。


「は、恥ずかしいところを見せたわね」


「い、いえ。それはこっちも同じなんで」


 今さらながら、かなり大胆なことをしでかしたと自覚し、お互いに照れているんだ。本当に今さらだけど。


 でも、ミナ様も結構ウブな反応を見せるんだと、意外に思う。女神というものだから、人間相手に意識なんてしないと考えてた。どうにも、神様という存在は、存外に人間くさいものらしい。


 ゴホン、とミナ様がわざとらしい咳を上げる。


「色々あったけど、話を戻しましょう」


「分かりました」


 無理やりな方向転換ではあるが、素直に従っておく。ボクも恥ずかしかったし。


「勇者になってほしいという話、引き受けたいと思います。ミナ様のお陰で心が楽になりましたし、恩返しをしたいです」


 落ちこぼれのボクにどこまでできるか分からないが、できるだけ頑張ってみたい。ミナ様に心の裡をさらけ出したことで気分は晴れたし、元々異世界の人々を救いたいと考えてた。自信が足りないだけで、断る理由は何もない。


 しかし、ここで予想外の返事が来る。


「いいえ、異世界転移の話は一時凍結よ」


「は? え? ど、どういうことですか?」


 ボクが呼ばれた理由って、勇者になってもらいたいからだったよね? それを凍結するって意味が分からないんだが。


 こちらの混乱を余所に、ミナ様は話を続ける。


「どういうことも何も、このまま小葉を送り出せないって話よ。多少マシにはなったけれど、あなたの心は依然濁ったまま。今の状態で勇者をやっても、無謀な特攻をして死んでしまいそうだわ」


「それは……」


 ボクは言葉を詰まらせる。


 彼女の言う通り、相討ち上等で魔王とやらを倒そうとボクは考えていた。失うものの何もない落ちこぼれが死んだところで、誰も損はしないだろうと思ってたんだ。


 思考を見透かされ気まずく目を逸らすと、ミナ様は溜息を吐いた。


「確かに、私はあなたを勇者にしたくて呼び出したわ。でも、あなたの境遇を聞いて、あなたの心を助けたいって思ったの。これは『そうすれば依頼を引き受けてくれるかも』なんて打算ではなく、本心からの願いよ。だから、異世界転移の話は一旦置いておいて、あなたの心の充実を図りましょう」


 真面目な表情で語るミナ様は嘘をついていないように感じた。まぁ、葛葉の本心も見破れなかったボク程度の観察眼で、女神の心内など探れないだろうけど。


「ボクなんかのために心砕いてくれるのは嬉しいですけど、世界の方は大丈夫なんですか? 滅亡の危機なんて聞いてしまうと、急いで行動に移すべきだと考えちゃうんですが」


「それは問題ないわ。この部屋は神の領域にあって、他の世界の時間軸から切り離せるの。要するに、ここで何年も過ごしたとしても、時間は経過しないのよ。むろん、歳も取らないわ!」


「それなら安心なのかな?」


「ええ。だから、小葉は思う存分、英気を養いなさい!」


 自信満々に胸を張るミナ様。豊かなものが大きく弾むので、ちょっと視線に困る。


 ボクは照れくさい気持ちを誤魔化すように尋ねた。


「ミナ様の言いたいことは理解しましたが、これから何をするんですか?」


 心の充実とは言うが、具体的に何をするんだろうか。メンタルセラピーとか、そういう類のもの? 学のないボクには想像がつかない。


「それはもちろん、あなたが今までできなかったことを全部やるのよ」


「できなかったこと?」


 予想外の発言に、ボクはオウム返し気味に問う。


 ミナ様は笑顔で頷く。


「家事やバイトしかしてこなかったんでしょう? だったら、様々な娯楽を提供するわ。小葉は物覚えが良いみたいだし、勉強をやり直させるのも良いかもね。時間の制約がないんだから、思いついたことを片っ端からやっていきましょう!」


「この部屋には何もないですけど、どうするんですか?」


「その辺はデリバリーできるから安心して。事情を説明すれば、あなたの住んでた世界の管理人も協力してくれるはずだし」


「はぁ、なるほど」


 いまいちピンと来ていないが、色々なことをやるって解釈で良いんだろう。というか、やっぱりボクの世界にも神様っているんだなぁ。


「早速、はじめていくわよ!」


「お手柔らかにお願いします」


 ミナ様は楽しそうだし、深く考えないでおこう。悪いようにはならないと思う。


 そう気楽に考えてたボクだったが、勇者として旅立つのが五十年先になるとは夢にも思わなかった。








          ○●○●○








 白と灰色で調和の取れた神殿。例えるなら、ギリシャのパルテノン神殿に類似した形状だろうか。荘厳かつ静謐な空間の中、ボク――津賀田小葉は仲間との別れを惜しんでいた。


 勇者として召喚されてから五年。ボクは仲間と共に苦難を乗り越え、とうとう魔王を討伐したんだ。そして今、元の世界へ帰ろうとしている。


 ちなみに、二十二歳になったボクは、昔とは別人かと言うほど成長した。過労と栄養不足のせいで伸び悩んでいた身長が一気に伸び、戦いに身を投じていた影響もあって筋肉もだいぶついた。まぁ、筋肉のつきにくい体質だったようで細マッチョ止まりだが、それなりに男らしくなったと思う。


 閑話休題。


 神殿にて帰還するボクに挨拶を交わそうと、多くの人が集まった。召喚時に降り立った国――セリトバ王国の国王や騎士、宮廷魔法師のみんな。旅の仕方を教えてくれた冒険者の先輩たち。四天王戦で共闘した銀狼部族のみんな。その他、旅の道中でお世話になった人々。


 誰もが、ボクとの別れを惜しんでくれてる。


 全員と軽い会話を交わし終わった後、魔王討伐を一緒に成し遂げた仲間たちが傍に寄ってきた。


「本当に帰ってしまうのですか? この国には、いつでもコノハを受け入れる準備ができているのですよ?」


 ボクに残留を促してきたのはセリトバ王国の第三王女であり、【賢者】のクラスを所持するリマゼイラ・セリトバ。出会った当初は十一歳のロリ娘だったが、今では金髪金眼のグラマラスな美女へと成長してる。


 豊富な知恵でパーティーを支えてくれて、ボクに全幅の信頼を寄せてくれた大切な人だ。


 ボクの両手を握って目を潤ませるリマゼイラにどう返そうか迷っていると、横から別の仲間が仲裁に入った。


「リマ様、コノハが困っています。これは彼が決断したこと。我々が口出しするのは宜しくありません」


 女性にしては高い身長を持つ凛々しい彼女の名はグレイス・バウングッダ。【聖鎧騎士】のクラスを持ち、パーティーの盾役として活躍してくれた。融通の利かないところはあるが、そのまっすぐな信念には多々救われてる。


 グレイスに諭され口をつぐんだリマゼイラだったが、未だに手を離してくれない。こちらから振りほどくわけにもいかないし、どうしよう。


 すると、繋がれたボクらの手を強引に引き離す者が現れた。


「いつまで手ぇ握ってんだよ。今生の別れってわけじゃねーんだし、しみったれたのは止そうぜ」


 【拳聖】のアルメイラ。ショートポニーテルの赤髪がトレンドマークで、粗暴な口調とは裏腹に世話好きの優しい女性だ。パーティーでは常に一番槍を担っていた。


 続けて、もう一人の少女が口を開く。


「アルメイラの言う通り。キャロルたちは信じて待てば良い」


 他のメンバーの中で一番背が低い薄緑髪のハーフエルフ。彼女はキャロラインと言い、【影王の鎌】という【暗殺者】系統の最上級クラスを所有する。ボクらのパーティーでは斥候や遊撃を担当し、何度も危険を回避してくれた。


 三人から物申されては退しりぞくしかないようで、リマゼイラは渋々と言った様子で一歩下がる。


「うぅ、分かりました。コノハ様、わたくしはずっと待ってますから!」


「私も待ち続けます」


「右に同じ」


「もちろん、アタシもだ。美女四人にここまで言わせるなんて、コノハは罪作りな男だよなぁ」


「ワガママ言ってごめん。必ず戻ってくるから」


 正直、罪悪感が刺激される。――が、ボクは意見を翻すつもりはない。元の世界に帰って、やることがあるんだ。帰らないという選択は取れない。


 その後、仲間たちといくつか言葉を交わし、帰還の魔法陣の元へ向かう。彼女たちとは昨日までにたっぷりと話し合った。この場で多くを語る必要はない。


 みんなから数メートル離れた地点、神殿の中央部に光り輝く魔法陣が描かれている。そこには、ボク以外にもう一人の人物がいた。銀髪をツインテールに結んだ美女の神官。その正体は――


「ミナ、お待たせ」


 そう、ボクをこの世界に呼んだ女神だった。


 実は、彼女も魔王討伐パーティーの一員だったりする。本来なら、神が直接手を出すのはルール違反らしいが、仮の体を受肉し、幾重にも制限を設けることで旅の同行を可能にしたんだ。


 そこまでして一緒に旅をしたのは……なんというか、ボクとミナが男女の関係を結んだからという、どうしようもない理由だ。


 ボクが立ち直るのに数年かかったんだが、ああも弱ってるところを支えてくれれば惚れるのも当然で、向こうもボクを慰めてるうちに情が移ってしまったらしい。それから五十年近く白い部屋でイチャイチャ過ごした結果、お互いに離れられないほどベタ惚れになってしまったわけだ。


 バカップルと言われるのは甘んじて受ける。ミナが可愛すぎるのが悪い。


「お別れは済んだ?」


「問題ないよ」


「本当に帰るのね?」


「ああ、気持ちに変わりはない。ボクには、元の世界でやるべきことが残ってる」


 ボクが力強く頷くと、ミナは困ったような笑みを浮かべた。


「わざわざ帰らなくても、あなたの義妹は勝手に生きてくでしょうに」


「だとしても、きちんと別れは告げたいんだ。相手がどう思ってようと、ボクは葛葉を家族と認識してたわけだからね。ワガママなのは理解してるけど、ケジメはつけたい」


 ボクが帰還する理由は葛葉にあった。むろん、体感で五十年以上前のことなので、今さら未練なんて微塵も感じてない。もはや、微かな身内への情しか残ってなかった。


 では、どうして帰るのか。


 今言ったように、ケジメをつけるためだ。いくら葛葉がボクを嫌ってようと、奴隷としか思ってなかろうと、たった二人の家族であることは変わりない。だから、何も言わずに去るのは嫌だったんだ。


 また、保護者としての責任もある。ボクがいなくなっても大丈夫な環境を整えてから、別れを告げるべきだ。


 ボクの意志の固さを改めて確認したミナは「分かったわ」と頷いた。


 それから、ボクを魔法陣の中心へ促す。それに従ってボクは魔法陣中央に立ち、その隣に彼女も立った。


 ミナが神言を唱えると、魔法陣が白銀に輝き出した。見送りに来たみんなの声が聞こえる。


「また会おう!」


 ボクは笑顔で答えた。




 あっという間に目がくらむほどの光量まで増していき――――次の瞬間には薄暗い路地裏に立っていた。


 覚えはある。体感で五十五年も前のことだから記憶は薄れてるが、ボクが白い部屋に転移される直前にいた繁華街の物陰だ。


 先程まで隣にいたミナは見当たらないが、事前に説明を受けていたので取り乱したりはしない。彼女は今後のための調整を神界で行うらしいので、しばらく別行動だ。


 この五十年、彼女と離れたのは魔王討伐の道中でも僅かしかなかったため、一抹の寂しさが胸裡を過ぎる。おそらく、ミナも同様の気持ちを抱いてるだろう。


 まぁ、ボクはボクのやるべきことを行うだけだ。気をしっかり持とう。


 両頬を軽く叩き、思考を改める。


 ミナの計らいで、現時刻はボクが転移した一時間後くらいとなっているはず。とすれば、まずは見た目をどうにかしなくてはいけない。今のままだとコスプレした成人男性で、下手したら通報されてしまう。


 転移前の着衣は【ストレージ】に保管されてるので、着替えは問題ない。


 ただ、成長した体のままでは着用できないし、ボクを知ってる人に遭遇したら騒ぎになってしまう。義妹に会うんだから、なおさらだ。だから、魔法を用いて転移前の外見へ変化しようと思う。


 変えるのは外見だけだから、大した労力は使わない。一瞬で見た目が昔の自分に戻る。何とも懐かしい気分だ。


 それから、ボクは即座に帰宅した。おぼろげながらも、ちゃんと自宅に帰ることができた。


 葛葉はすでに帰宅しているみたいで、玄関に靴があった。彼女を刺激しないよう気配を消して移動をする。


 えーっと、昔は帰ってから何をしてたんだったか。確か、葛葉のお弁当と明日の夕飯の下ごしらえをして、各所の掃除をしてた気がする。どれも葛葉の睡眠を妨げないよう注意して行っていたから、夜明けまで時間を要したんだよな。


 勇者として過ごした今の自分だったら簡単に終えられる。遮音結界で葛葉を起こす心配はゼロにできるし、掃除は魔法を使って一瞬で終わらせられる。短縮できないのは料理くらいだ。


「明日から忙しくなるし、パパッと終わらせてしまおう」


 宣言通り、前なら夜明けまでかかっていた家事を二時間程度で片づけ、その日は就寝した。


 懐かしい。自室のベッドで眠るのも五十年……いや、バイト家事の多忙さのせいで、ここで寝たのは小学生以来かもしれない。我ながら、おかしな生活をしてたな。






 翌朝。早朝に葛葉のお弁当、今日の朝食と夕食を作り終えたボクは、その流れで葛葉を起こしに行った。


「朝だぞ、葛葉。起きてくれ」


「ううん……おはよう、小葉」


「おはよう」


 体を揺すって声をかけると、彼女はすぐに目を覚ました。「あと五分」とか言ってグズるなんてベタな展開はなく、目をこすりながら上半身を起こす。


「朝ごはんはできてるから、着替え終わったら食べにくるんだぞ」


「わかった」


 葛葉が頷いたのを見届け、ボクは早々に部屋を退室した。


 懐かしいやり取りだ。昔から毎朝同じことの繰り返しだったけど、それがボクにとって嬉しかったんだよな。葛葉は見目麗しいし、本音を知るまでは素直な良い子だと信じてた。だから、こういう日常会話だけでも楽しく感じてた。


 まぁ、それも遠い昔の話。葛葉の本音を知り、それによって傷ついた心をミナが癒してくれた。さらには、異世界でのみんなとの辛くも楽しかった日々もある。もはや、葛葉に対する情はほとんど残ってない。


 顔を見て考えが変わる可能性も考慮してたけど、全然気持ちの揺れはなかった。計画通りで問題なさそうだ。


 ボクはダイニングに戻ると、食卓に朝食を並べた。そして、葛葉が席に着くのを待ち、二人揃って食事を開始する。


 ボクら兄弟は食事中に会話をしない。食べながら喋るのは行儀が悪いと、亡くなった両親にしつけられてたからだ。


 他人が喋る分には気にしないし、声をかけられれば反応はするが、ボクたちが率先して話すことはない。


 静かな朝食を終え、ボクはいつも通り食器を片づけ始める。


 すると、普段なら学校へ行く準備を始める葛葉が、ボクに声をかけてきた。


「ねぇ、小葉」


「なんだ?」


「昨晩、何かあったの?」


「急にどうした? 何かって言われても、よく分からないよ。具体的に言ってほしいな」


「いや、その……小葉がいつもと違う気がして」


「うーん? ボクはいつも通りだと思うけど。昨晩だって、いつも通りバイトと家事をしただけだし」


「そう、よね。ごめん、気のせいだったみたい」


 葛葉はそう歯切れが悪そうに返答すると、自分の部屋へ戻っていった。


 それを見送るボクは冷静な顔をしてたが、内心ではかなり焦ってた。というより、めちゃくちゃ驚いた。


 葛葉は、どうにもボクの変化を敏感に察知したらしい。外見は魔法で完璧に誤魔化してるのに感づくとは。さすが、ずっと一緒に暮らしてきただけはある。たぶん、些細な仕草から感じ取ったんだろう。


 異世界生活で鍛えたポーカーフェイスのお陰で乗り切れたが、バレるのも時間の問題か。これは計画を前倒した方が良いかもしれない。


 元々は半年くらいかけて距離を置いてくつもりだったが、一ヶ月に短縮しよう。


 ボクは玄関にて葛葉をお見送りをすると、即座に行動を開始した。


 まずは電話で学校を休むと連絡する。これで今日一日を自由に利用できる。それから、そのまま電話でバイト先の店長に連絡を入れた。内容は一ヶ月後にバイトを辞めたいという旨。驚かれたものの、何とか許可が下りて一安心だ。


 さて、次は“あそこ”に電話だな。


 ボクは記憶の奥底からとある電話番号を思い出し、そこへ連絡を入れる。


「受けてくれると良いんだが……」


 そう呟いてみたものの、結果は予想できていた。大丈夫、あの人たちなら絶対に引き受けてくれる。


 計画の滑り出しは順調。あとは葛葉に気づかれないよう動くだけだ。








          ○●○●○








 小葉の様子がおかしい。


 アタシ──葛葉が義兄の変化をヒシヒシと感じてた。


 明確に何かが変わったわけではない。アタシには笑顔で従順に接してくるし、お願いをすれば快く引き受けてくれる。


 でも、どこか変なんだ。アタシに向ける瞳に情熱が失われたような……どこか冷めた目になったような気がする。


 雰囲気も変化したと思う。今まではオドオドした調子だったのに、今は自信が滲み出てた。ハッキリとしたものじゃないけど、長年一緒に暮らしてたアタシからしてみれば、大きな違和感だった。


 いつからだろう。


 決定的な差異を感じ取ったのは最近だが、小さな胸騒ぎを覚えたのは一ヶ月前だと思われる。確か、塾と嘘をついて夜遅くに帰った日の翌日。あの日から小葉は妙だった。


 当時は何もないと彼は答えたけど、きっと何かあったんだろう。私に言えないこととなれば、金銭面のことが最有力候補だが……。


 あまりにも情報が足りない。もう少し状況を観察するべきか? いや、でも、現状維持はマズいとアタシの勘が言ってる。こういう時の勘は結構当たるものだ。


 とはいえ、新しい情報を得る手段が思い浮かばない。今のところ、アタシの勘しか頼れるものがないんだから仕方ないんだけど、このままはよろしくない。


 いくら考えても良案は出ないんだし、ここは恥を忍んで直接尋ねるのも手なのかもしれない。


 そうと決まれば即実行。アタシは小葉がバイトから帰ってくるのを待ち、話があると言ってダイニングの一席に座らせる。


 アタシも小葉の対面に座し、軽い世間話もそこそこに本題を切り出した。


「小葉。最近、アタシに何か隠してない?」


「何かって?」


 単刀直入に訊くと、小葉は小首を傾いだ。そこに戸惑いはなく、純粋に不思議がっているように見える。


 だが、この反応自体が不自然なんだ。ちょっと前までの小葉だったら、たとえ無実だとしても動揺したはず。決して、こんな堂々とした態度は取らなかった。


 やっぱり、おかしい。今の小葉は何かが変だった。


 アタシは「誤魔化しは通じないぞ」という意味を込めて、ジッと小葉を見つめ続けた。その間、お互いに一切口を開かない。


 どれくらい視線を交わしてただろうか。ふと、小葉が目を伏せた。それから、小さく肩を竦める。


「どうやら、これ以上の誤魔化しはできないみたいだね」


 降参だと言うように、彼は両手を軽く持ち上げる。


 予想通り、小葉は何か隠しごとをしてたみたいだ。


 アタシに対して、微塵も態度を表さずに嘘を吐き通すなんて……。


 予想通りではあるけど、驚きを隠せなかった。同時に、従順じゃなくなった小葉に憤りも感じる。


 小葉は一生アタシの従僕であれば良い。ずっとアタシに媚びてれば良い。二度と嘘や隠しごとをさせないよう、徹底的に教育し直さないといけない。アタシが支配者で、小葉が奴隷。それがアタシたちの不変の関係性なんだから。


 義兄妹になる前の――幼稚園の時からそうだった。小葉は独りでいるアタシに、いつも声をかけてきた。アタシを気遣うように、顔色を窺ってた。それは高校生になった今でも変わらず、大学生や社会人になっても変わらない。


「で、何を隠してたの?」


 どのように彼を調教してくかプランを練りながら、アタシは踏み込んだ質問を投げた。


 小葉は涼しげな表情で返す。


「今週いっぱいで、ボクたちの二人暮らしを終わらせるつもりなんだ」


 は? え? どういうこと?


 予想外の返答に、アタシは混乱した。


「え、ち、ちょっと待って。……え? 終わりって、どういう意味?」


「そのまんまの意味だよ。ボクも今のペースでバイトを続けるのと学業を両立させるのは限界でさ。せっかく学歴だけでも残そうって入学したのに、このままだと留年しそうなんだよ。かといって、バイトを辞めたら生活が困窮するし、葛葉のサポートもできなくなる。だから、近くの親戚の家に厄介になることにしたんだ」


 淡々と状況を説明する小葉。その調子は混乱するアタシとは対極。冷静を通り越して、酷く冷たい印象を受けた。


 そんな態度が良かったのか、アタシもいくらか落ち着きを取り戻せた。


 要するに、お金が足りないから来週に親戚の家へ引っ越すということか。


 二人暮らしじゃなくなるのは、アタシにとってマイナスだ。小葉が多忙を極めてるからアタシは自由に遊べてるわけだし、大人の目線が入ると塾通いの嘘が露見する可能性が高い。


 また、両親が亡くなってから数年経つのに請け負ってくれる家ということは、それだけアタシたちに関心があると察しがつく。高確率で、色々なお節介を焼いてくるだろう。


 落ちこぼれの小葉はともかく、優等生のアタシからすれば鬱陶しいものになるのは明白。どうにかして、親戚の家に行くのは避けたいところだ。


 しかし、容易く阻止はできなさそう。何せ、引っ越しは来週だと言う。そんなギリギリで撤回なんてできるわけがない。


 たぶん、このことを隠してたのは、アタシが反対すると読んでの行動だと思う。あと数日もすれば、アタシが追求せずとも打ち明けた気がする。


 ようやく、アタシは後手に回り過ぎたと悟った。


 屈辱だ。向こうは意識してなかったとしても、天才のアタシが劣等生の小葉に負けたんだ。すごくプライドが傷ついた、この場で転げ回りたいほどに。


 むろん、そんな恥ずかしい真似はしない。仕返しは後々行うとして、今は少しでも状況を好転させるよう立ち回らないといけない。


「ずいぶんと急な話ね。そういうことは早めに相談してほしかったわ」


「葛葉に迷惑と心配をかけたくなかったんだよ。勉強で忙しいだろう?」


「相談に乗る時間程度は作れるわよ。それに、アタシたちは家族なんだから、迷惑くらいかけても平気よ」


「……家族、ね」


「どうかした?」


「いや、何でもない。他に質問はある?」


「引っ越しが決定事項なのは理解したわ。どの親戚のお世話になるの? 転校とかの話をしてないってことは通える距離の家だとは思うんだけど、その範囲に親戚なんていたかしら?」


 津賀田家の親戚はそれなりに多い。でも、大半が都外に居を構えてて、この付近に住んでる親戚はあまり耳にしたことがない。


 ――何か嫌な予感がした。


 アタシをにこやかに見つめる小葉の姿を見て、その悪寒は一層強まる。その笑顔が、どことなく悪意を孕んでる錯覚を覚えた。彼は、今からとんでもない爆弾を放り投げようとしてるんじゃないのかと思えてならなかった。


 その直感は正しく、小葉は衝撃的な発言をした。


「ちゃんといるぞ、鹿内かないの方の親戚が」


 ガタンッ!


 自分が座ってた椅子をひっくり返すのもお構いなしに、アタシは勢い良く立ち上がった。


 信じらんない、信じらんない、信じらんない! こいつ、アタシとの縁を切る・・・・つもりなんだ!


 小葉の思惑を悟り、アタシは今までにないほどの頭痛を覚えた。








          ○●○●○








「あんた、自分が何をしてるのか分かってんの!?」


 目前に立つ葛葉が、ボク――小葉に向かって怒声を浴びせてくる。その姿はいつになく必死で、焦ってるようだった。


 この過剰とも言える反応は、少し予想外だった。多少驚くのは想定してたが、ここまで気を動転させるとは思ってもなかったんだ。自由に使えるお金がなくなるのが、そんなに許せないんだろうか?


 葛葉の態度を訝しく思いながらも、ボクは語る。


「分かってるよ。鹿内――義母かあさんの方の親戚筋が預かりたいって主張してるのは葛葉だけ。だから、必然的にボクは一人暮らしをすることになる」


 父方の親戚は劣等生と評価されるボクにも優しく接してくれてるんだが、義母方は違った。落ちこぼれのボクを露骨に見下し、葛葉を手放せと何度も脅してきた。


 ボクには鹿内の血が流れてないからかもしれないが――類似関係の津賀田家と葛葉は仲が良い――、それにしたって大の大人がやって良い対応ではないのは確かだ。


 人格者とは言えない人たちだが、少なくとも葛葉には甘い態度を取ってる。きちんと葛葉を養ってくれるだろうし、稼いだ金銭のほとんどを渡してたボクほどではないにしても、彼女に贅沢をさせてあげるはずだ。


 毛嫌いされてるボクは離れて生活を送ることになるけど、こちらとしては好都合。鹿内家に話を通せば、葛葉との縁を切りつつ、彼女を適切な保護者に引き継げるという一石二鳥の結果を得られるのである。


 これが、ボクなりの葛葉に対するケジメの付け方。甘いという人もいるかもしれないが、一緒に暮らしてきた義妹を甚振るほど、ボクは外道ではないんだ。


 まぁ、葛葉も鹿内の人たちを嫌ってたので、多少の嫌がらせにはなってしまってるとは思う。進学と共に独り立ちするって選択肢もあるんだし、それくらいの報復は目をつむってほしい。


「そうそう、貯金してたお金は好きに使って良いよ。これから別々に暮らすとはいえ、元々葛葉の大学資金として貯めてたお金だからね。約百万はあるから、いざって時に困らないと思う」


 ボクは取り出した通帳をテーブルの上に滑らせる。それはちょうど良く葛葉の目の前で止まった。


 彼女はそれを受け取らない。見開いた目で見つめるだけ。


「本気、なのね?」


 ポツリと呟く葛葉。


 ボクは力強く首肯した。


 それを認めた彼女は、プルプルと身を震わせた。


「どうして? アタシが小葉と一緒に暮らしたいって思ってるのは知ってるでしょう? だから、これまで二人で生活してきたんじゃない。それなのに、こんな騙し討ちみたいな形でいきなり……」


 悲壮感たっぷりといった風に、葛葉は顔を俯かせた。


 なるほど、そういう方向性で来るのか。


 葛葉は全く悲しんでおらず、怒りを心の底に滾らせているのが理解できた。


 異世界の貴族を相手にした経験は伊達ではない。ポーカーフェイスはお手の物だし、相手の些細な変化だって見破れる。対するのが素人の女子高生であれば、なおさら分かりやすかった。


 たぶん、これ以外――ボクに対する表情の大半が偽りだったんだろう。こんな陳腐な演技に騙されてたなんて、我ながら情けない。お金を騙し取られてたのも「仕方がない」と納得できてしまった。


 良い人生経験だったと考えよう。もう二度と騙されやしないんだから、前向き思考が大事だ。


 ボクは淡々と返す。


「ギリギリまで話さなかったのは謝るよ。でも、さっきも言った通り限界なんだ。これ以上、葛葉の望みを叶える力をボクは持ってない。だから、諦めてくれ」


 あくまでこちらの力不足。そう伝える。


 対して、葛葉は諦めが悪かった。


「だ、だったら、アタシが塾に通うのを辞めるわ。そうすれば、だいぶお金が浮くんじゃない?」


 まさか、自ら大金を手放すとは考えてなかった。彼女は自由にできるお金のために、ボクと同棲してたんじゃないのか?


 疑問は尽きないけれど、ボクが意見を曲げることはない。


「いいや、それじゃダメだ。確かに十万が浮くのは嬉しいけど、それはボクが今まで通りにバイトを続けるって前提があってこそ。ボクの体調じゃあ、現状維持は難しいんだ」


 魔法で変えたのは外見だけなので実際は細マッチョ状態なんだが、それをバカ正直に説明するつもりはない。まぁ、転移前の体調でバイトを続けてたら、そのうち病院送りになったのは明白なので、あながち間違った意見でもない。


 一切揺るがないボクを見て、葛葉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 ボクの前でこのような悔しがり方をするのは珍しい。それだけ、現状が望ましくないといったところか。


 彼女は一旦深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、目元に涙を溜め、上目遣いで口を開いた。


「お願い、小葉。アタシはこれからも小葉と一緒に暮らしたいの。だって、アタシたちは家族・・でしょう? たった二人しかいない大切な家族・・なんだから、同じ屋根の下で生活を送らないと!」


 媚びる声と顔。義妹という立場を全面的に活用した、葛葉の最終手段。これはボクが本気で渋った時――主に大きな金銭が動く時――に使ってた切り札だった。


 当然、若干シスコン気味だったボクが耐え切れるはずもなく、大抵は彼女の要望に応える結果となった。


 だが、しかし、今は違う。葛葉への情がすっかり薄れてしまったボクに、その攻め口は全く通用しなかった。むしろ、逆効果。家族とも思ってないくせに、都合の良い時だけ家族として扱う葛葉の調子の良さへ憤りを感じていた。


 ボクがどれだけお前のことを大切に想ってたことか。ボクがどれだけお前へ愛情を捧げてたことか。ボクがどれだけお前を慮っていたことか。ボクがどれだけ家族を思いやっていたことか。


 大事に大事にしてきた“家族”を、他人を騙すために利用する葛葉のやり方が酷く不快だった。それは保ってたポーカーフェイスを突き破り、瞳に怒りを湛えてしまうほど。


「ひっ」


 ボクの内包する感情を察してしまったようで、葛葉は短く悲鳴を上げた。


 いけない、いけない。ボクはこの場を穏便に済ませたいんだ。感情を発露させてしまったら、せっかくコツコツと準備してきたものが台無しになってしまう。


 すぐさま仮面を被り直し、にっこりと笑った。


「ああ、ボクは葛葉を大切にしてきたさ。世の中には、家族をただの金づるとしか思わない輩もいるらしいけど、ボクは違う。最後の家族だからね、誰よりも愛情を注いだつもりだよ」


 ただ、言葉に容赦は含めない。鋭い刃を混ぜ合わせて放る。


「でも、それもおしまいだ。ボクの葛葉へ向ける愛情は、もう品切れ。だから、それぞれ別々の道を歩もう。縁を切るんだ。そうじゃないと、残ってる思い出までが苦々しい代物になっちゃうだろう?」


 お前を家族としては見られない。ボクはそう告げた。


 それを聞き届けた葛葉は、顔を真っ青にして固まってしまってる。ここまで言ったんだし、本心を知られてると悟ったんだと思う。今さら後悔しても遅いけどさ。


 話すこともなくなったので、ボクは立ち上がった。


「じゃあ、予定より早いけど、ボクは家を出てくよ。一週間の生活費はここに置いておく。引っ越しは必要最低限の荷物だけまとめておけば良いぞ。この土地は買取済みだから、ずっと残しておけるから。葛葉の迎えは、鹿内家の人が来るから安心してくれ」


 ボクはそのまま家の外へと歩いてく。自分の荷物は、とっくの昔に【ストレージ】へ放り込んであるので、着のままで立ち去れるんだ。


 背後から葛葉の声が聞こえてくるが、もはや気にも留めない。


 玄関にて少しだけ振り返り、最後に一言だけ呟く。


「さようなら、ボクの最後の家族」


 ボクは家の外へと踏み出した。


 その一歩はボクにとって記念すべき歩みであり、とても軽やかなものだった。


 心残りは何もない。あとは楽しい人生を送るだけだ。


 転校先の高校生活では青春を取り戻そう。ミナが戻れば異世界との行き来が可能になるし、リゼマイラたちも同じ学校に通わせるのも良いかもしれない。彼女たちとのキャンパスライフは絶対に楽しくなる。


 異世界で鍛えた能力を駆使すれば、一攫千金も夢じゃないだろう。男として甲斐性は磨かないと。


 あとは……魔王討伐では寄れなかった秘境に足を運んだり、地球の未知を探求するのも心が躍る。


 考えれば考えるほど、やりたいことが湧き上がってくる。これも全部、ミナや異世界のみんながボクを支えてくれたお陰。


 これから始まる新しい生活に、ボクの心はいつになく弾んでいた。

 

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異世界で自信を取り戻したボクは、腹黒な幼馴染兼義妹と縁を切ることにした。 泉里侑希 @YukiMizusato

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