魔法少女アイデアル 第六十四話

佐々川よむ

第六十四話「君へ」A-part

 君へ。


 本当はDearなんかをつけて書き始めるべきなんだろうけど、君と私の関係をうまく表せる一言が見つからなかったので単に「君へ」とだけさせてもらうね。


 君がこの手紙を読んでいるということは私が帰ってくることができなかったということだ。けれどあの禍々しい運命の女神ミメーシスは滅ぼすことができただろう。じゃないと全人類は滅んでこんな手紙が在ったことも綺麗サッパリ失われてしまっただろうからね。


 君がどんなシチュエーションでこの手紙を読んでいるのか、私にはわからない。手紙は自室の机の上において出ていくつもりだから順当に考えればエージェントの人あたりが見つけて君のところまで(厳重な検閲のあとで!)持っていっていると思うけど、君の行動力から考えれば私の部屋に忍び込んで自分の目でこの手紙を見つけているかもしれない。

 どっちにせよ同じことだ。この手紙には一切の検閲されるべき機密は書かれていないし、かといって余人に見られて困るような愛の言葉を書くつもりもない。


 ここにあるのは過去だけだ。過去と悔恨。それとちょっとしたもしもの話。


 もし興味がなくなったならすぐにこの手紙をゴミ箱にでも突っ込んで、チラシや鼻かみなんかと同じように燃えるに任せてほしい。私の存在をすぐにでも君に忘却してほしいと思っているのと同じくらい、そうなることを願っている。けど君はそうしないんだろうね。私が自虐的なのと同じくらい君は博愛主義だから。


 似たような手紙が他にもあるのかもしれないと期待させたかもしれないけど、それはないと断言しておこう。これまでの戦いだって今回のそれに比べて簡単だったとは言わないけど、私の存在そのものを賭けて挑まなければならないほど絶望的じゃなかった。君も知っての通り。それにこれまでの私には、たとえ自分の存在が消滅してしまったところで残したい言葉なんてなかったのだから。


 むしろ消えてしまうのが当然だと思っていた。それが定めだと。

 だからこれは一通きりの書簡だ。これ以上はないし、これ以前もこれ以降もない。

 これを書くに至った経緯は……君ならとっくのとうに検討はついているだろうから省略するよ。けれどこれだけは断言しておこう。この手紙は君への返答だ。私なんかに手を差し伸べてくれた君への、私から吐き出せるすべての言葉だ。


 随分と前おきが長くなってしまった。許してほしい、手紙を書くのなんて初めてのことなんだ。


 君と私が出会ったのは灰の降る日だったね。私は自分の下駄箱の前で立ち尽くしていた。言い訳させてもらうと、あんなふうになるだなんて本部の科学者連中も含め誰も思ってなかったんだ。私に課されていた使命は「一匹目」のアルコーン、六本指のワームを殺すことまでで、街の上空にとどまってゆっくりゆっくりと降る白い灰になった死体の処理をすることなんて使命の範疇になかった。


 その日の天気予報は見事な夏晴れ。傘なんて誰も持ってない。そもそも周りには誰もいなかった。下校の時刻は随分と過ぎてしまっていたし、近隣住民にはシェルターへの避難令が出ていたんだから、学校なんかに残っているバカが居るなんて私も思ってなかった。いや、ここは正確に言おう。私は何も思ってなかった。激しい戦闘の結果擬態用の学生服もそこかしこが破れてしまっていて、頭にはこんもりと白い灰を載せたままフリーズしていた。


 君が来なければ財団のエージェントがやってくるまでずっとそうして立ち尽くしていたと思う。それか再起動するまで十分な時間が経ったあと、降ってくる灰なんか一切気にすることなく決まった家路を一人たどっていたか。情緒も思考能力も未発達だった私にできることは何もなかった。

 おかしいだろう。私は銃弾も砲弾も一切効果がない、既存科学の枠組みから外れてしまった化け物を狩ることのできる唯一の存在だったというのに、傘を用立てることも降られて帰ることも決められなかったんだ。一人の女の子どころか、幼児にも劣る判断力しか持ち合わせていなかった。


 でも君はやってきた。学生ホールの方から駆けてきて、あまりにもいびつな私の手を引いた。濡れたタオルで髪の毛を丁寧に拭いて、着替えに自分のジャージを貸してくれた。学生鞄で死の灰を遮って、無人のコンビニから二人分の傘を買ってきてくれた。


 なんで、を問う能力は当時の私にはなかったけど、今は別の意味でなんでと聞くことはない。君がそういうヒトだって、この半年で知ったから。見知らぬ誰かに、自分の異常に気づくこともできない誰かに手を差し伸べることができるヒトだって。


 改めてお礼を言わせてほしい。あのとき無言で頭を拭かれていた少女のぶんも含めて、ありがとうと。ありがとう。君のおかげで一つの戦闘兵器は、人間の女の子に生まれ変わることができました。雨の日に傘をさすことができるようになりました。お弁当を作ってくることができるようになりました。戦場に迷い込んできた誰かを救うことができるようになりました。大切な人にお礼を言うことができるようになりました。


 私の部屋にはまだあのときの傘があります。値札も外していないままの、どこにでもあるビニール傘。できれば君にもらってほしい。私に関するものはほとんどすべて財団の処理手順に即して廃棄されるだろうから、こんなものしか君に残せない。

 それでもあの傘が私を私にしてくれた最大の宝物だから。君にとっては気まぐれと偶然の一つでしかないかもしれないけれど、君に救われた人が確かにいたということの証に。

 この手紙で私が君に感じている恩義の数万分の一でも伝わってくれればいいのだけれど。


 その上で言う。私は君とはいけない。ミメーシスが世界のすべてを書き換えて、私もこんな体じゃない一介の少女となって、もしかしたら君と生きられるそんな未来があるのかもしれないけれど、私は自分の使命から逃げ出すことだけはしない。ただ盲目的に使命に殉じるのではなくて、君にもらったすべてを賭けてこの戦いを終わらせることを、私は選ぶ。


 ごめんね。ごめん。君が曲げてくれた矜持を踏みにじるような真似をして。こんな手紙一通おいて逃げるように戦いに出て。けど君には知ってほしかった。私が自分の意志で戦いを選んだこと。君が私を守ってくれたように、私が君のこれからを守れることに喜びを感じているということ。


 だから、さようなら。


 さようなら、私の愛する君。


 不意打ちだった? でも、この気持ちは誰に見られて困るものじゃないと思うから。胸を張って、愛する君へと書かせてもらう。こんなことで私が君からもらえたものを少しでも返せたらと思うけれど。



 もしまた君が頭に灰を載せた馬鹿な女の子を見つけたとしたら、そのときは私にしたように助けてあげてほしい。


 それだけが私の望みです。

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