純情な戦闘用メイド型アンドロイドとの出会いには別れが最初からインプットされていました

兵藤晴佳

純情な戦闘用メイド型アンドロイドとの出会いには別れが最初からインプットされていました

 僕が変人科学者として知られる旧友のディーチの家を数年ぶりに訪ねると、出迎えたのはロクに風呂にも入らないような20代半ばのむさくるしい男ではなかった。

「いらっしゃいませ……どちらさまですか?」

 目の前にいたのは、カチューシャを黒髪に戴いた、メイド姿の目の醒めるような美少女だったのだ。

 思わず言葉に詰まる僕に、作業着姿で背中を向けた長髪の男は不愛想に言った。

「残念ながらアンドロイドだ」

 生身の美少女にディーチと同居なんぞされてたまるか。

 そう思って安心したが、こいつは一言多かった。

「ウーシャ好みの娘で悪いが」

「お前な」

 図星を突かれてムッとすると、目の前にいたメイドが突然消えた。

 次の瞬間、意識がふわりと遠のく。

 ディーチが低い声で命じた。

「やめろ、アイ」

 それが、この美少女メイド型アンドロイドの名前らしい。

 ディーチへの敵意を過剰に感知して、僕の首を絞め上げたのだろう

 その腕が緩むや否や、頼む前に欲しいものが見つかった僕は反射的に叫んでいた。

「これを譲ってくれ! 金はいくらでも払う!」

 ディーチから見れば、裕福な親のもとに生まれて株の運用だけで儲けている僕は、鼻持ちならない物好きの小金持ちということになる。


 アイ……本当はアイソルというらしいが、ものぐさな製作者に名前をちゃんと呼んでもらえない……は、戦闘用にチューンナップされたメイド用アンドロイドだった。

 これを略して「バトメイドロイド」という。

 譲ってはもらえなかったが、その夜に招かれていたパーティヘの同伴は許してもらえた。 

 ドレスアップして僕と腕を組むアイの歩きかたは、ぎこちない。

「固くならなくていい……弟の友人のパーティだからね」

 アイは恥ずかしそうに頷いたが、気にすることなどなかったのだ。

 AI人工知能を搭載した精巧なアンドロイドは、犯罪にも使われるようになっていた。

 違法な風俗業でのセクサロイドを除けば、殺人その他の暴力をプログラムされることになる。

 だから護身用のバトメイドロイドの同伴は、最近では富裕層のステータスシンボルにもなっているのだった。

 モテない僕は金があっても、妻も恋人もいないので、この流行に倣ったわけだ。

 借りるだけでは気が引けたので、研究資金の援助を申し出たが、これは断られた。


 ……こいつは、借りを返すようにプログラムされているんでな。

 

 資金など援助されたら、壊れて動けなくなるまで僕に服従するだろうというのだ。

 何の研究をしているのかと聞いたら、「運命の数学的解析」だというから呆れた。

 しかもアイを送り出すとき、その耳元でディーチはこう告げたものだ。


 ……こいつは不運偏差値が異様に高くてな。出会わなければよかったんだが、これも運命だ。


 僕たちがパーティ会場に着くと、まばゆいばかりに色とりどりの光を放つ照明の下、すでに紳士淑女が群れを成していた。

 ディーチだったら顔をしかめて舌打ちしそうな光景だったが、その手で作られたにしては割と素直に、アイは感動の声をあげた。

「うわあ……どなたもウーシャ様のお友達なのですか?」

 そんなものはいない。みんな商売敵だ。

 それだけに、アイの無邪気な笑顔には癒される。

 思わず見とれていると、後ろから声をかける者があった。

「久しぶりだね、兄さん……その人は?」

 タキシード姿で、真剣な交際の相手とは思えない軽めの女を連れている。

 アイが囁いた。

「弟さんですか?」

「アノンという」

 子どもの頃から、気が小さいくせに何かというと突っかかってくる面倒臭い奴だが、とりあえず紹介する。

 はじめまして、とアイが頭を下げると、兵器会社のコンサルタントをしているアノンは鼻で笑った。

「何だ、バトメイドロイドか……探しなよ、ちゃんとした相手」 

 弟にとって、今の僕は両親の跡継ぎの座を争う相手に過ぎない。

 それなりの相手との結婚も、その条件だと言っているのだ。

 もっとも、僕は結婚したいとも思っていないし、親の金なんか弟に残らず譲ってもいいと思っている。

 だが、アイは申し訳なさそうに身体をすくめている。

 僕は気の小さい弟をまっすぐに見据えて告げた。

「謝れ」

 これが効くのは子どもの頃だけらしい。

 アノンはぷいとそっぽを向くと、話をそらす。

「紹介します、友人の……」

 アノンと比べると貧相な顔立ちの、おとなしそうな若者が頭を下げる。

 直感したのは、僕と同類だということだった。

 ということは、同伴している女性は……。

 そこで、アイが耳元で囁いた。

「お下がりください」

 うろたえる僕の腕を振りほどく。

 次の瞬間には、拳を突き出す相手の美女の喉首に、貫手のクロスカウンターが決まっていた。

 


 パーティは台無しになった。

 愛するバトメイドロイドを失った主催者が、悲しみのあまり半狂乱になって自室に閉じこもってしまったからだ。

 次の日、アノンが僕のマンションを訪ねてきた。

 何でも、アイが破壊したのは、弟が贈ったものだったらしい。

「たかがバトルメイドロイドだからね」

 そう言いはするが、深々と頭を下げて謝るアイを冷ややかに眺めて言った。

「機械は責められないよ。製造元の責任だからね……どこのメーカー?」

 アンドロイドによる損害は、製作者の責任とされる。

 壊れたはずのアンドロイドが捨てられた途端に動き出して、人に危害を加えることもあるからだ。

「これほどのバトメイドロイドが作れる大手なら、それなりの保険に入ってる。痛くも痒くもないさ」

 それでも友人の名刺を置いていったのは、詫びを入れておけという嫌がらせだ。

 僕はすぐさま応じたが、それは示談のためだった。

 ディーチに、大手企業並みの損害賠償などできるはずがない。

 バトメイドロイドの値段は、家族持ちのサラリーマンの平均年収に匹敵するのだ。

 電話が済んだところで、アイは僕の前に恭しくひざまずいた。

「代替プログラムが実行されました。私の全ては主人様のものです。何なりとご命令ください」

 僕の耳には、ディーチがこう言っているように聞こえた。 


 ……こいつは、借りを返すようにプログラムされているんでな。


 とはいっても、頼めるのは掃除と食事くらいしかない。

 男の下着の洗濯は気が引けた。

 一日中働きに働いたアイは、夕食が済んだ後、真顔で尋ねてきた。

「代わりに何をいたしましょうか」

「静かに寝かせてくれればいいよ……あとは任せた」

 はい、と笑顔で答えて頭を下げるアイを置いて、僕はシャワールームへ入った。

 ひとりになって温かい湯を浴びながら、ゆっくりと考える。

 

 ……そもそも、アイはなぜ、あのバトメイドロイドを破壊した?


 ディーチは変人だが、科学者としての腕は確かだ。


 ……誤作動じゃないとすると?


 そこでシャワールームに入ってきたのは、流れるような黒髪と、白い裸身を晒したアイだった。

「静かにお休みいただくためにはこうするのがよいと、お持ち物から判断いたしました」

 パソコンの中のエロ画像まで検索されたらしい。

 慌ててシャワールームを飛び出してベッドに潜り込むと、いつの間にか先回りされていた。

「先ほど感知した生理的反応から、これが最適かと」

 ディーチの持つ理系の知識が全てインプットされているらしいが、打つ手はある。

「じゃあ、セクサロイドやってよ」

 理解不能な命令に、ベッドの上のアイは動きを止めた。

 あのディーチが、そんなアンドロイドを使う風俗業など知っているわけがない。

 悪いと思いながらも、床の上で毛布にくるまることにする。

 だが……。

 眠り込んだ僕はそのまま、マンションに踏み込んできた警官たちに連行される羽目になった。


「殺人未遂? バカな!」

 裸に毛布一枚のまま、僕は留置場の檻の中で警官に抗議した。

 だが、逮捕令状をつきつけた警官は、淡々と答えるばかりだった。

「弟の証言によれば、資産家の両親に跡継ぎとして認められずに焦っていたお前は、弟の友人をビジネス上の敵とみなして、護衛用アンドロイドの暴走を装い、パーティ会場での暗殺を謀った……そのために購入した、自称科学者が自作したアンドロイドをどこへやった?」

 たぶん、本当はその逆だ。

 アノンがモテない友人に贈ったバトメイドロイドは、僕を見たら暴走するようにプログラムされていたのだ。

 アイは僕と出会った時のように、その敵意を感知して反撃したにすぎない。

 それなのに、今度はなぜ、姿を消したのだろうか?

 弟にハメられたことよりもそっちのほうが悲しかったが、そこへ上役らしい警官が入ってきて、こう告げた。

「たいへん失礼いたしました、ウーシャさんは釈放です。真犯人が自白しました」


 僕が被害届を出さなかったので、弟のアノンも釈放されたが、怒った両親には家から追い出されそうになった。

 それが収まったのは、跡継ぎになるのを辞退した僕の代わりにせざるを得なくなったからだ。

 アノンの友人も新たなバトメイドロイドを買って落ち着いたから、誰が傷ついたわけでもない。

 アイを除いては。

 僕を安眠させる手段を探していたアイは、エロ画像にたどり着く前に、アノンの住所データも検索していたのだろう。

 さらに、警察が踏み込んでくるのを察知したところで、裸身のまま夜闇に紛れてアノンの自宅に侵入して、こう迫ったのだ。

 僕に謝れ、と。

 その後のことは、ディーチのほうがよく知っていた。

 アイを探して再び家を訪ねた僕に、ディーチは眉ひとつ曇らせずに語った

「自宅へ踏み込まれた弟さんは、兵器会社から手に入れた最新の火器で抵抗したんだろうよ。一撃でアイをぶっ壊したんだから。だが、助かったと思って近寄ったところで、暴走したアイに捕まったんだな。悪かった、助けてくれと泣きわめいているところへ、騒ぎを聞きつけた警官が飛び込んできた、とまあ、こんなところだろう」

 破壊されたアイがどうなったのか、ディーチは教えてくれなかった

 やはり泣きわめいて詫びる僕を責めもせずに、こうつぶやいたばかりだ。

「だから、出会わなければよかったんだよ。本当に不運偏差高いな、お前……アイソルとの別れが最初からプログラムされていたなんて」

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純情な戦闘用メイド型アンドロイドとの出会いには別れが最初からインプットされていました 兵藤晴佳 @hyoudo

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