今生の別れの一振りを

熊坂藤茉

忘れたくても焼き付いて

 黒く輝く閃光のように、鮮烈な出会い。そのあまりにも衝撃的なそれは、私の心を鷲掴みにして放さなかった。

 出会ってからの日々は、まるで熱に浮かされたような、それでいて悪夢に魘されるような毎日。来る日も来る日もあの出会いを想い、願い、再び出会えればとわずにはいられない。ああ、なのにどうしてこんなにも焦がれているのに、願いが叶うことがないのか。これは最早陰謀もしくは世界の大いなる意志によるものなのでは? 私がそう考え始めてしまうのは、もう時間の問題であった。


 ので、そうした考えに至った私はあの出会いをもう一度起こすべく、なりふり構わなくなっていた。ある時は部屋をうろついて祈りを捧げ。ある時はベランダから周囲を見回し。ある時は丹精込めた手料理を用意し。そしてある時は家中の掃除を行ってみた。もう何としてでも出会いたかったのだ。なりふり構ってなんていたら、私も、私の気持ちも手遅れになってしまう。


 というわけで、私は最後の手段に移る。出会いを演出するべく水と薬剤で煙を焚き、それの出方をただただ待った。本当は、ここまでしたくはなかった。穏便に再会が出来るのならば、全部をそうして終わりたかった。

 だけど現実は酷く厳しく、何もかもがままならない。であれば、折れるべきはこちら側である――なんて、そんなワケねえだろ眠いコトなんぞ言うもんかド畜生!!!!!

 あの出会いで私は傷を負った! あの出会いで私はまともに眠れなくなった! あの出会いが、アレと出会ってしまったから! 私は、きちんとサヨナラするまで気持ちが滅茶苦茶のままなんだ!!!


 そうして腹を括って別れを告げる決意をした私の前に、よろけたそれが姿を現す。かつての黒き閃光はすっかり衰え、今や歩くことさえままならない。


「――ばいばい。私の生活を滅茶苦茶にしやがった、この場で一番無様なアナタ」


 紙束を握り締める。そうして私は目の前で力なく蠢くそれに対し、渾身の声を振り絞ってその手を振り下ろした。


蜚蠊ゴキブリの分際でよくもこの一ヶ月人の睡眠時間を台無しにしやがったなくたばれ糞虫が!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ぱぁん、と音が響き渡る。間違いなく感じた手応えに、薄目で紙束をそっと持ち上げ黒色ゴミ袋へと放り込む。それから現場にはアルコールだなんだをぶっ掛けて消毒して、ゴミ袋もステッカーを貼り付けて捨てに行かなければならない。


「……ほんっと、やっとだよふざけんなし……」


 ずるずると少し後ろへと座り込む。――こうして私は、あの鮮烈な出会いに対して、今日のお別れを突き付けられたのであった。もう二度とこんなストレス負いたくねえわ……。

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今生の別れの一振りを 熊坂藤茉 @tohma_k

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