屍霊術師《ネクロマンサー》のお仕事

金石みずき

屍霊術師《ネクロマンサー》のお仕事

「自分でもわかるんです。もう長くないって。だからあなたにお願いしたいんです」


 依頼の手紙に従って訪ねた家には、病に伏せる男がいた。

 病的にやせ細り、まるで骨と皮しか残っていないようだ。

 俺は医者でないため詳しくはわからないが、少なくとも健康からはほど遠い状態であることは明白だった。


「あんた、俺の仕事が何かわかって言ってんのか? 俺は医者じゃない」

「存じております。あなたの仕事は屍霊術師ネクロマンサー。――生きている人間は対象外だ」


 そうですよね? と確認するように男は言う。

 俺は黙って頷いた。


 そうだ。俺の仕事は屍霊術師ネクロマンサー

 邪法と言われる、死体に命を吹き込む術の使い手だ。


 もちろん命と言っても、これは単なる比喩にすぎない。

 確かに屍霊術ネクロマンシーにかかった死体は動く。動くが……ただそれだけだ。

 そこに人間らしい意識など残っちゃいない。

 一度死んだ者は二度と生き返らない。

 これは絶対だ。


「医者ではダメなんです。私の身体を今もなお刻一刻と蝕んでいる病魔は、医者には取り除けない」

「俺だって出来ないぞ」

「ええ。存じております。ただ、あなたであれば出来るでしょう? 私の死後に私の身体を動かすことが」


 力ない男は目だけがぎらぎらとした希望に満ちていた。

 ……ああ、これはもう駄目だ。

 こいつはきちんとわかった上で、俺に依頼を持ちかけてきている。


「それにただの屍霊術師ネクロマンサーには頼めません。あなただから頼みたいのです。世界で唯一、哲学的ゾンビを創り出すことの出来るあなたに……ね」


 はぁー……と俺は長い溜息を吐いた。

 そこまで調べがついているなら、これはきっと碌な依頼じゃない。


 哲学的ゾンビとは『見た目は普通の人間と全く見分けがつかないが、意識クオリアのみが欠けている人間』のことである。

 「Aと言われたらBと返す」とあらかじめ内部で決められており、そこに思考の類は一切、介在していないのだ。


 ただし厄介なことに、入力に対する出力に意識が介在したか否かなんて、誰も判断することは出来ない。

 だから目の前の存在が「本当の人間」か「哲学的ゾンビ」かなんて、それこそ心臓が止まっているか直接触れて確認でもしない限り、すぐにはわからないのである。


「世間から忌み嫌われている邪法使いの俺に依頼なんてしていいのか? ちゃんとこなす保証なんてどこにもないぞ?」

「いえ、あなたはやってくれるはずです。報酬さえ払えばね。それがあなたの定めたルールだ」

「……わかった。依頼は引き受けよう。報酬はお前の手持ちの金を全ていただく。――それで、死んでまで俺に依頼したいことって、一体なんだ」


 俺の言葉に男は目を輝かせ、頷いた。


「それはですね――」


 男は自分の願いを朗々と告げる。

 病気にあってなお見つけた一縷の希望を絶対に逃さんとばかりに。


 全て語り終わった男は、胸の前で指を固く組んで、まるでお祈りでもするように言った。


「この幸運な出会いがなかったら、私はついぞ娘との約束を果たせなかったでしょう。――感謝しております」


 男の頬を伝って落ちた一滴が、静かに床を打った。



「それでは次は、新婦のマリィさんによるお父様への感謝の言葉です」


 司会者の指示に従い、純白の衣装に身を包んだ花嫁が前にでた。


 ――お父さん、本当にありがとうございます。こんなに大勢の人に祝福されてこの日を迎えることができるなんて、過去の私は想像すらしていませんでした。お父さんは孤児だった私を拾い、血の繋がりがないにもかかわらず、我が子のように大きな愛情を注いでくれました。私が幼い頃、お父さんはよく、『もうお腹いっぱいだから後はマリィが食べてくれないか』と言って食事を分けてくれましたね。幼い私はわかっていませんでしたが、あれは自分の食べる分を削って分けてくれていたのでしょう。それから――




 マリィは時折涙ぐみながら、目の前で柔らかに微笑む父親に対する想いを語り続けている。

 どんどん言葉が湧いてきて止まらない様子だ。

 彼女の話からは父がどれほどに娘を愛し、また自身も父をどれほどまでに愛しているかがありありと伝わってくる。


 俺はその様子を、誰からも見つからないように建物の死角に入って眺めていた。

 ……やっぱり碌な依頼じゃなかったな。


 男の願いはこうだった。


 ――娘の結婚式に出たい。


 男は知っていたのだ。

 娘がどれほどまでに自分を愛しているかを。

 結婚式への出席をどれだけ望まれているかを。

 ――そして一年後の当日まで、自分の命の灯がもたないであろうことを。


 男は頼るしかなかった。

 死んでもなお、娘の願いを叶えるために。

 例えそれが邪法と呼ばれる屍霊術ネクロマンシーによるものだったとしても。


 男は娘を愛するが故――。

 どうしても生前に娘にお別れを告げる勇気が持てなかった。



 ――最後になりますが、忙しい中、今日は来てくれて本当にありがとう。最近あまり会えないの、寂しいです。落ち着いたら絶対、私たち夫婦の家に遊びに来てくださいね。これからはたくさん親孝行したいです。……今まで本当にありがとうございました!


 マリィが深々と頭を下げて礼をする。

 男は終始、にこにことした笑みを湛えていた。


 その挨拶を最後に結婚式は無事終わり、俺が受けた依頼もまた、終了した。



「……来たか」

「はい、来ました」


 俺は少し離れた森の中で、男が来るのを待っていた。

 あらかじめ伝えておいた予定時間ぴったりだ。


「ではこれから屍霊術ネクロマンシーを解く。お前はただの物言わぬ屍へと成り果てる。いいな」

「もちろんですとも」


 男はにこにこと笑っている。

 俺は、ちっと舌を打った。


「ちょっとは怒ったり悲しんだりしたらどうなんだ」


 苛立ちをぶつけると、男は「とんでもない」と言う。


「私は願いどおりこうして娘の結婚式に出られました。感謝の念しかありません」


 恭しくいうが、これも生前の意識に引っ張られているだけの回答にすぎない。

 ――本当にこの能力、嫌になる。


 哲学的ゾンビは意識を持たない。

 すぐには気づかれないだろうが、もしもこのまま娘と暮らさせでもしたら、いずれバレてしまう。


 だってこいつは何も蓄積しないのだ。

 経験も知識も生前最期のときのままだ。

 いずれ会話に違和感が出てくるのは間違いない。


 だからやるしかない。やるしかないのだが……。


「最期に何か言い残すことはあるか」

「いえ、何も。もう満足でございます」


 やはり男はにこにこと笑っている。

 ――くそったれ。


「ではせめて安らかに眠れ。――じゃあな」


 そうして男は物言わぬ屍体に戻った。

 俺はそれを深く掘った穴に埋めて、上から土をかけた。


 そんなはずがないのに、最期の間際、男の口が「ありがとう」と動いた気がした。



 それから半年後、マリィの元に父親の訃報が届けられた。

 その知らせを届けた父親の友人を名乗る男は、他にも数多くの遺品や遺産を置いていった。


 マリィは悲しみの涙をながしながらも礼を言い、男を引きとめようとしたが、用件を果たすとすぐにどこかへと行ってしまった。


 最後に一言。

「あんたの父親は立派な人間だったよ」

 と言い残して。



 ――彼は屍霊術師ネクロマンサー

 世間で忌み嫌われる、屍体を操る邪法の使い手である。

 彼が何を思ってその業をし続けるのか。

 その答えは誰も知らない。

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屍霊術師《ネクロマンサー》のお仕事 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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