とあるSS集

久遠の語部

第1話

テーマ:【クリスマス】

お題ワード:【魔術、もふもふ、十二月】



 12月の後半、世間はクリスマスのムードが漂う時期。恋しい相手と肌を重ねたい、という時期だ。まぁ、予定にない残業が入ったんですけどね、悲しいなぁ。

「全くさぁ……ようやく終わったかと思えば19時を回っているじゃないか」

今日は何としても帰る予定だった。だが、急な会議に参加させられ、気が付けばこんな時間だ。はぁ、今からでも魔術か何かで時間を戻し、会議に巻き込まれる前の時間に戻れないだろうか。言っても、無駄なんだけど。

「……はぁ」

きっと、家で待っているあいつは怒っているだろう。しかし、仮に連絡をした所であいつに確認する手段が無い。せめて、詫びとして好物を買って帰らねば。

「えーと、次は5分後か……」

次の電車に乗り、来るべき時に備えて仮眠を取ろう。


「よし、何とか大丈夫だった」

最寄り駅の一つ手前で起きられたのが幸いだった。改札口に近い扉まで事前に移動出来たのは、今日における最大の幸運と言っていいだろう。扉が開いた瞬間、私は急いで改札口を抜け、あいつの好物を買う為にスーパーへ入る。幸いにして売っていたので助かった。ここで無ければ、他を回る必要があっただろう。そうして、それを鞄に仕舞うと共に、スマートフォンで時間を確かめる。

「はぁ、もう20時30分じゃないか」

……これは、怒られるに決まっている。それでもあいつは健気に、きっと不機嫌そうに俺の帰りを待っているはずだ。

普段は歩くところを駆け足で進むこと5分、ようやく自宅に辿り着いた。

「ハァハァ……」

最近は運動不足なのか、少し走っただけでこの様だ。これを機に、ランニングなんかを始めた方がいいかもしれない。

「フゥーーーッ…………」

息を整えて、鍵を開ける。ガチャリ、と俺とあいつを隔てる壁が外れる音が月明りの夜空に響く。

「ただいまー……」

案の定と言うか、暗い室内からこちらを睨む二つの細い目が。

「ごめん、いますぐ用意する!」

耳がイカのようになっている。やっぱりご立腹だったか!

「待って、待って。そんな低い声で鳴かないで!」

鞄を置いて急いでご飯の準備を終える……が。

「な゛……!」

あいつはあろうことか、私の方すら見ずにご飯を食べ始めた。

まぁ、いいさ。帰りが遅くなったのは私の非だ。


グゥゥゥ……


それに、私も私で腹の虫が鳴るほど腹を空かせているんだ、さっさと食事を済ませよう。

「よし、後は……と」

冷蔵庫に入れていた夕食をレンジでチン。それさえ済めば後は至福の時間だ。


ニャー―オ……


 だが、あいつは帰りが遅くなったことが相当ご立腹だったらしい。

ご飯を食べて尚、耳はイカの形を保ち、尻尾はぺチンペチンと鞭のようにしなる。

私が食事を終えても尚……その姿は変わらない。処か、不満げに低い鳴き声を一つ。

だが、こんな時の為の秘密兵器がこちらにはある。

「ほら、ちゅ~るだよー」

よしよし。機嫌取りの為では無かったが、きちんと買って帰ってきた甲斐があった。

あっという間に、耳は外向きに僅かに広がり、尻尾はピンと立つ。こうなればこちらのものだ。


遅れてしまったが、これが私からのクリスマスプレゼントだ。

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