星空のメッセンジャー

oxygendes

第1話

 第七宇宙港につながる共用道路の脇でジーナ曹長は途方に暮れていた。停止した高速機動車の制御ユニットを引き出し、機能を回復させようと操作しているのだがうまくいかないのだ。起動したと思ったらすぐにシステムダウンしてしまう。

 彼女は手首のクノログラフをチェックした。着任士官との会合時刻まで30マイナを切っている。相手は遊撃戦隊あがりの猛者であり、遅れたりしたらひと悶着あるのは必至だった。

「まったく、何でこんな時に」

 作動しない制御ユニットを睨みつける。その時、


「よお、どうしたんだい?」

 背後からの声にジーナが振り向くと、古びた船員ジャケットを着た青年がすぐ後ろに立っていた。ぼさぼさの髪に褐色の肌で、くたびれたダッフルバッグを背負っている。肌の色からするとG型恒星系の植民星出身者らしい。

「車がね、ちょっと調子悪くて」

 周辺は宇宙港の近辺で、他星系からの来訪者や宇宙船の乗員向けの宿泊所や歓楽施設が並んでいた。民間船の乗員斡旋所も多く存在し、多くの船乗りがたむろしている地域だった。服装から青年はそうした船乗りの一人と思われた。


「ちょっと見せてもらってもいいかな?」

 ジーナが答えるよりも早く、青年は制御ユニットの前に座り込んでいた。腰のベルトから外した汎用分析器アナライザーを左手に持ち、ユニットのあちこちにプローブを貼り付ける。ユニットのパネルスイッチをいくつか操作した後、ダイヤルを細かく操作し始めた。やがてジーナに顔を向ける。

「この車、三日前の観艦式の時に路上に出していたのか?」

「え……、その時は市内を巡回していたはずよ」

 戸惑いながらジーナは答える。

「それが原因だな」

 船乗りは断定した。

「艦隊が次元回帰した時の亜空間ノイズを拾っていたんだ。回路の中をさまよっていたノイズがここにきて悪さを起こしたってところだ」

「直せるの?」

「ああ、ノイズを除去すればいい」

 青年は汎用分析器をユニットの入出力端子につなげ、操作盤に指を走らせる。

「よし、抜き取ったぞ」

 スイッチをパチパチと開閉するとモニターの表示が一斉にグリーンになった。ブーンという音とともにシステムが起動していく。ジーナは急いで運転席に戻り、走行可能な状態に戻ったことを確認した。


 ジーナは運転席に着いたまま、ウイングドアを開いて青年に話しかけた。

「ご協力感謝します。お礼を差し上げたいのですが、今は急いで宇宙港に向かわねばなりません。自分は連邦艦隊司令部所属のジーナ・ブリングレイ曹長です。後で司令部に訪ねてきていただければ……」

 青年は破願した。

「礼なんて……、そうだ、宇宙港に行くなら乗せてってくれないかな。それで十分だ」

 ジーナは速やかに決断した。すぐに発進することが最優先だ。

「わかりました。乗ってください」

 自分の隣に青年を座らせる。

「すみません、急ぎます」

 高速機動車は浮上して共用道路にはいり、速度を上げて高速レーンに入った。


 ジーナはマニュアルモードで運転し、自動運転で走る左右の車を次々と追い越していく。

「えらく急いでるな。時間がないのか?」

 隣の席でバッグを脚の間に置いて座っていた青年が訊ねてきた。人懐っこい笑顔を向けてくる。

「時間厳守は軍人の基本です。それに」

 ジーナは一瞬、唇を咬んだ。

「待たせる訳にはいかない相手なの」

「へえ」

 青年は面白がっているように見えた。

「第十三遊撃戦隊からの転任者なの。民間人でも名前くらいは知っているでしょ。常に最前線で戦い、後方送致された負傷兵の代わりに、各地の荒くれ者や傭兵くずれを徴用し続けたことで、正規の訓練施設の出身者の比率は一割を切っている部隊よ」

 ジーナは指令に添えられていた戦歴データを思い起こす。

「その人は、艦に乗ってから数か月で主要ポジションにのし上がったそうよ。被弾時のダメージコントロールや緊急改造で何度も艦の危機を救ったんだって。ある戦闘では、敵艦に接舷して補給用の搬送チューブを突き刺し、エネルギー炉に直結させて内側から焼き払ったんだって」

 青年は顔をしかめた。

「弾薬が尽きてのことだそうだけど、普通の兵員はまず考えつかない方法ね」

 ジーナは青年をちらりと見たが、相手が押し黙ったままなので言葉を続けた。


「その人は戦功をもとに推薦を受け、連邦の士官任用試験を受けてあっさり合格したのよ。めったにないことだけどね。現地徴用から士官に任官した場合、司令部直属の戦艦に配属して二年間の巡洋航海任務に就かせるのが慣例なの。改めて規律を叩きこむってことね。その時には司令部の下士官が事務処理や情報管理を補助する事務担当下士官ヨーマンとして配属される。私はその士官のヨーマンに任じられたの」

 ジーナは間近に迫ってきた宇宙港に目を向けた。建物の向こうに、開放水面に停泊している数隻の宇宙艦の船体の一部が見える。

「ヨーマンの一番の仕事は新任士官が引き起こすトラブルを処理すること。外宇宙のぐだぐだの軍規の中で育った新米士官が、司令部直属部隊のきっちりした規律の中に組み込まれるのよ。任務の一つ一つで周りと衝突するに決まっているわ。ヨーマンは間に立って事態を収拾するのが役目。代わりに謝って回る一方で、機嫌を損なわせないよう士官をおだてたり、うまく言いくるめたりしながらね」

「なるほど、そいつは大変そうだ」

 青年は真顔になって頷いた。

「でもね、悪いことばかりではないの。ずっと切望していた宇宙への扉が開けるのだから……」


「それは父が進んだ道でもあるから」

 ジーナは上衣の襟を返して、青い徽章を見せた。

「オリオンわん戦役の従軍徽章よ。これは父に授けられたものなの。出港の日、見送りに行った私に父はこれを渡し、持っていてくれと言い残したの」

 前方を見るジーナの目がわずかに細くなる。

「オリオン腕戦役は苛烈を極めたわ。艦隊は大損害を受け、その戦果についても新しい境界線ができただけと言う人もいる。でも、父は連邦のために戦ったのよ。そして父のふねは未帰還艦になった。これが父の遺品になったの」

「悪いが、お気の毒にとは言わないぜ。お父上は自らの信念に基づき全力で戦ったんだ。それを気の毒だなんて言えない」

 船乗りは陰鬱な表情で答えた。

「わかっているわ」

 ジーナは顔をわずかに上げた。

「私も宇宙に出ていきたいの。父が見たのと同じものを見て、父が感じたものを感じたいの」

「なるほどな」

 青年はそれだけ言って押し黙った。


 高速機動車は宇宙港に到着した。複合装甲素材で覆われた降着エリアを抜け、宇宙艦用の海面エリアに出る。降着装置を持たない宇宙艦は水面に艦体を半ば沈めて停泊するのを常としていた。宇宙空間用に気密された構造なので内部に浸水することはないし、宇宙艦の重力制御装置は単体で艦を上空まで上昇させることができる。

 海面エリアには十隻以上の艦船が停泊していた。係留された艦船には埠頭から人員用のタラップと物資補給用の搬送路が渡され、物資を載せた車両や作業員たちが忙しなく行き来していた。ジーナの車は会合場所として指定されていた十六番埠頭に到着する。だが、そこに停泊している艦船はなく、穏やかな海面が広がっているだけだった。


「どういうこと? 会合時間まであと5マイナもないのよ」

 ジーナは高速機動車から降り、海原を眺めて呆然とした。

「管制塔にアクセスして入出港データを調べてみたらどうだ」

 青年の言葉で、彼を埠頭まで連れてきてしまったことに気付く。

「ご免なさい。もうすぐ士官をお迎えできるはずだから、その後で港のご希望の場所までお送りするわ」

 青年は汎用分析器を操作しながら応える。

「かまわないぜ。俺もちょっと気になることがあるんだ」


 ジーナが調べると、第十三遊撃戦隊の艦は昨日入港して8イオマ後に出港、その際に乗員一名が下船していた。

(それは着任士官を降ろして飛び去ったってこと? いいけど、当の士官はどこ?)

 ジーナは周囲を見回したが、埠頭には彼女らの他に人影はなかった。


「ジーナ・ブリングレイ曹長と言ったな。これを見てくれ」

 振り向くと、青年が汎用分析器を持って立っていた。

「さっきの亜空間ノイズは単なるノイズでは無かった。自己修復型自律通信、星間メッセンジャーって奴だ。中継地点から次の中継地点へ、自らの構造を変換しながら目的地を目指して旅していくコンピュータウイルスみたいなものだ」

「え?」

「通信文に復元できた。あて先はジーナ・ブリングレイ、差出人はバーマン・ブリングレイだ」

「父です」

「どうやら、お父上の最後のメッセージらしい」

 青年は汎用分析機を差し出した。ジーナはそのディスプレイを見る。


『ジーナよ、どうやら私はここまでらしい。どうか、お前には心のままに生きてほしい』

「父さん」

 ジーナはディスプレイを見つめ続けた。その眼が涙で潤む。


 やがてジーナは顔を上げた。青年が声をかける。

「君はどうするんだ? そのメッセージを読んだ後でも宇宙に出る気持ちに変わりはないか?」

「ええ、心のままにと言うのなら私の意思で宇宙に出ます」

「そうか」


 その時、ジーナのクロノグラフがピーピーとアラーム音を発した。

「時間だわ。でも……」

 埠頭には彼女たち以外に人影は無い。

(えっ、これって)

 ジーナはようやく気付く。

「そう言う事だ」

 青年、いや新任士官は表情を引き締めた。

「アラン・サイカワ技術少尉である。貴隊への転任命令を受け出頭した。受け入れよろしいか」

「は……」

 あたふたしているジーナの様子を眺め、困ったような顔で右手を肩のあたりでひらひらと動かす。ジーナはやっと気づき、びしりと敬礼をした。

「アラン・サイカワ技術少尉殿、着任を承認いたします。司令部艦隊へようこそ」

「ありがとう、曹長」

 新任士官は答礼をしながら答えた。

「司令部へ連れて行ってくれ。ヨーマンの任務云々はその後の話だろう」

「はい、少尉殿。では、車にお乗りください」


 二人は高速機動車に乗り込んだ。彼らが進むのは宇宙へ向かう道であった。


         終わり

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