ドロップ悪ウト

セミワイヤレスイヤホン

第1話

しんしんと降る雪。静まり返る夜。人気のない閑静な住宅街の大きな通り。突如、五つの人影が音もなく現れる。五つの人影はそれぞれ、家々の窓をすり抜け、眠りについた人々の頭から何かを摘み取る。

その手には草木の花や実が握られている。鮮やかにも毒々しいそれらの果実や花は、確かに人の頭に成っていたものであった。

各々両腕に溢れんばかりにそれらを抱えると、満足げに笑みを浮かべ、五人は背中の翼を広げる。鷲の翼や蝙蝠の翼。形も大きさもそれぞれ。どうやら人間の形を成しているが人間ではないらしい。

全ての工程を終えると、来たときと同じように、音もなく闇夜に消えゆく。

彼らこそ、今日まで「悪魔」と呼ばれ、様々に形を変容させながら語り継がれてきた異形であった。



冬。

時を同じくして、一人の少年が何かに取り憑かれたようにルーズリーフに書き込んでいる。


縦、横、縦、縦、斜め、横。

シャーペンをノックし、また書く。

橙色の蛍光灯が机をうすぼんやりと照らす。 

この時間だけが僕の気持ちの波を静めてくれる。

六畳の部屋にシャーペンを滑らせる音だけが響く。

縦、横、横、丸。

何も考えず線を引く。

僕は、兄に憧れていながら、同時に兄に苦しめられている。彼が開拓して来た道に沿って歩く。ただ、それだけのことが辛い。彼が輝けば輝くほど、僕はかげっていく。

兄は業界では最も有名な除霊師、有り体に言えばゴーストバスターである。除霊の腕前はさることながら、整った容姿と隊員を率いるリーダーシップにカリスマ性、いついかなる時でも誰にも優しく明るい彼の欠点を知るものは、僕を含め、誰もいないであろう。

兄弟でありながら、僕は、きっと兄のことをほとんど知らない。彼には良くも悪くも公私なるものが存在していないのだと僕は思う。年が離れていることもあるからか、兄の僕に対しての態度というのは、多分、他の人に向けられたそれと何ら変わりはない。そこに僕は距離を感じ、彼の笑顔がますます貼り付けられたものに感じられてならなかった。その崩落することのない揺るがぬ完璧な兄の存在は、いつしか恐怖へと変貌した。兄の完全性が明らかになればなるほどに、その人間性はなくなっていく。兄の背後に後光すら見える。

しかし、そんな恐怖を明確に感じたのは、残念ながら僕が兄と同じ道、除霊師を志してしまった時期よりももっと後の話なのである。 

また、回想してしまった。余計なことと分かっていながらも、頭の中ではいつでも思考してしまう。

「おーい、入るぞ。」

くだらぬことを思い出していると、ノックの音とともにジョンが入ってきた。

「ん、おまえそれ書くの好きだな~。これ、どういう意味なんだよ。」

僕がさっきまで書いていた紙を一枚取り上げて尋ねる。

「別に何も考えてないさ。適当に無心に書くだけ。」

「ふ~ん。それでしっかり効果があるってんだから不思議だよな。これって『書く』と『描く』どっちなんだろ。」

「わかんない。でも象形してるわけじゃないから『書く』であってるんじゃないかな。」

「へぇ〜。あ、そうそう、お前に伝えなきゃいけないことがあったんだよ。」

「どうしたの?」

その時、サイレンが鳴った。

「クソ。こんな夜にかよ。」

ジョンは急いで部屋から出ていく。もちろん僕も急がなくてはならない。制服に着替えてメットを被り、今書いていたルーズリーフを何枚か掴み、ポケットにしまい込む。あとは何も持っていくものはない。部屋から出て出入り口の方へと廊下を走る。消灯した廊下には誘導灯だけが足元を照らし、さながら映画館である。最初の方こそ興奮はするものの、もはや今となってはこれからやることを想像し、うんざりするだけである。

建物を出ると、僕以外の皆はすでに揃っていた。








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