出会いの前にさよならと言おう

鳥辺野九

さよなら、リオ・ゴードン


 その虫はミヤノモリノマドロミタマムシと名付けられた。


 正確には、それはタマムシじゃない。もっと言えば虫ですらない。地球でいうところの昆虫類によく似た外見の生き物だが、それは惑星マドロミノアオに生息する知的生命体だ。


 惑星マドロミノアオ。微睡みの青とはよく言ったものね。深宇宙探査研究員が眠い目を擦りながら偶然発見した青い惑星。それがここ、惑星マドロミノアオ。


 地球からおよそ十五光年離れた海洋性惑星。コールドスーパースリープ航法で地球時間で片道十五年もかかる遠い星。船に乗ってる人にとっては冷凍睡眠中にあっという間に到着しちゃうけどね。眠って、目が覚めたら別の惑星にいる。まさに夢のよう。


 人類が外宇宙で発見した七個目のハビタブルゾーンにある惑星。それがマドロミノアオ。早速探査チームが組織され、コールドスーパースリープで十五年の微睡の旅路に出た。


 私、森野宮乃とこの虫の発見者であり命名権を持った探査研究員、リオ・ゴードンはその船で出会った。




 リオによって、奇しくも(笑)私と同じ名前を名付けられたその虫は地球のタマムシとよく似ていた。


 外殻は成人男性の握り拳ぐらいの大きさ。身体組織に、特に外骨格部にさまざまな金属分子が多く含まれていて、恒星の光の角度によってまさしく玉虫色に光沢色を変化させる美しい生命体だ。ちょっと大きめのブローチとして飾りたいくらいだ。裏側はやっぱり虫っぽくてキモいけど。


 惑星マドロミノアオは海によって隔てられた島々で陸地が構成される海洋性惑星である。いわゆる渡りの能力を持たない生物群はその島に閉じ込められる形で独自の生態系を発達させていた。


 リオはマドロミタマムシに魅せられ、取り憑かれたように研究に没頭した。驚いたことにミヤノモリノマドロミタマムシはかなり高度な知能を有し、オリジナルの言語を開発、取得していた。他の生物と鳴き声により会話する虫だった。


 リオがマドロミタマムシに取り憑かれたのは何もこの虫の言語のせいだけじゃない。奇妙過ぎる生態にも呪われたようにのめり込んだ。


 マドロミタマムシの寿命は二十四時間。この高度に知能を発達させた虫型宇宙人は二十四時間で死ぬ。正確には、転生するためにいったん命を終わらせる。


 地球とほぼ同じ自転周期を持つ惑星マドロミノアオが一回転すると、すべてのマドロミタマムシたちはとある木の実を食べて自ら命を絶つ。


 身体組織の変化はすぐに訪れる。地球の生物学的常識ではあり得ないスピードで身体が作り替えられ、新しい命として別個体に生まれ変わるのだ。金属光沢のある玉虫色の外骨格と元個体の記憶を受け継いだ新個体に。それは同一人物(?)なのか、それとも別人なのか。誰にもわからないし、マドロミタマムシたちも気にしていないみたいだ。


 何故そこまでわかるかって? 簡単なことだ。マドロミタマムシたちがそう言ってたから。


 マドロミタマムシの研究に没頭したリオはついに彼らの言語体系を解読し、音声による会話を成立させた。異星人とのコミュニケーションに成功したのだ。


 マドロミタマムシはリオを外の惑星からやって来た外来異星人として受け入れ、彼らの文化、そして歴史を楽しげに語ってくれたらしい。何せ彼らはこの惑星に存在し始めた頃からの記憶を更新して受け継いでいるのだ。彼らは生きる正確無比な惑星の歴史書だ。




 そして、悲しい事件が起きた。


 リオが彼らの言葉を私たちも使えるようにと翻訳プログラムを組み上げる前に、彼に癌が発見された。


 マドロミタマムシ研究で野外活動ばかりしていたため、想定以上に強い宇宙放射線を浴び過ぎてしまったのだ。恐ろしいほどのスピードでリオの命を蝕んでいく癌を治療する設備も手段も、そして時間も、私たちの探査宇宙船にはなかった。


 リオはマドロミタマムシたちと話した。昼も夜も話し合った。マドロミタマムシたちが木の実を食べて死んで生まれ変わっても話し尽くした。


 そしてリオとマドロミタマムシは、彼らは死を受け入れると決めた。


 正確には、死の概念を変えて、死ぬけど死なない選択をした。


 余命いくばくもないリオはマドロミタマムシと同じく一度死んで身体組織を再構築して記憶を更新する転生に挑戦すると言い出したのだ。


 正確には転生ではなく、だなんて、もう何が正確で何が不正確だなんてわからなくなる。こと死生観に関しては地球の常識なんて宇宙ではまるで通用しない。


 マドロミタマムシいわく。この海洋性惑星では島が一つの生命単位であり、その島に生きる生物は地球で言うところの細胞にあたるそうな。だから島々それぞれに生態系が異なり、多種多様な生命群が育まれる。島はすべて違う個性を持った生命体であり、それこそが惑星マドロミノアオの住人らしい。


 私たち地球人は島から見れば外からやって来たウイルスのようなもので、それを受け入れて島は生物進化したそうだ。そのお礼にリオも島の細胞へと入植が許されたわけだ。


 マドロミタマムシが二十四時間毎に転生する時に食べる木の実。正確には、植物ではなくある種の生物らしい。地球の生物学では分類不能なカテゴリーの生物で、捕食者の遺伝子情報を再構築のうんたらかんたら。もう、この惑星の生物群は意味がわからない奴らばっかり。




 惑星探査はまだまだ続く。これから私は地球へ行く船に乗る。


 惑星マドロミノアオには二十人ほどの研究員が残る。それと、生まれたばかりのくせに流暢な英語とマドロミタマムシ語を喋る赤ちゃんリオが。正確には、転生が上手くいけばの話だが。


 私は十五年間スーパースリープ状態で地球に戻り、交代研究員とともにまた十五年冷凍睡眠でマドロミノアオへ帰ってくる。その時には赤ちゃんリオも三十歳。今と変わらぬ姿で私を迎えてくれるはずだ。


 私は三十年の微睡みの中でリオとの再会を心待ちにする。


 リオは三十年マドロミノアオで成長し、私の名前がつけられたミヤノモリノマドロミタマムシと語り明かす。私と再会するために。正確には、私と出会うため、かな。


 また会う日まで。次に出会う時は新しいリオ・ゴードンね。だから、出会いの前にさよならと言おう。


 さよなら、リオ・ゴードン。

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