第36話 未来
「どうだった?初めてのタイムトラベル」
八千は、からかうように聞いてきた。
「一瞬過ぎてよくわかりませんでした。なんだか頭がボヤっとします」
「時差ボケよ。少ししたら直るわ」
八千と一緒に、並んで立っていただけだった。
八千が例の機械を弄ったと思ったら、全身が白い光に包まれるよう感覚になって、気がつけば実験施設のような部屋に立っていた。
目の前に、扉が一つある。
八千は、扉を開けてこちらを振り向いた。
「2102年にようこそ」
空港のような広い施設だ。
しかし、人はあまり歩いていない。
ガラス張りの天井から陽射しが入ってきて、明るく解放感がある。
なんだか海外にでも来たようで、少し心が浮き足立った。
「急な呼び出してごめんね。弁護士が川俣くんを連れて来いって言うから」
「かまいませんよ。その……千里は?」
「大事にはならなさそう。それに、あなたが責任を感じることないわ」
「そうですか。本当によかった」
「とりあえず、手続きを済ませてきて。わたしは先に出てるから」
僕は、受付で言われるままに、手続きを済ませた。
張りつけたような笑顔を見せる職員に、書類を手渡すと、一瞬だけ笑顔が消えた。
「川俣……敏さんですね」
それからまた笑顔に戻り、機械のような動きで判を押した。
ゲートを抜けた先で、八千が待っていた。八千は両手に飲み物を持っていて、その片方を渡してきた。
「えっと、ありがとうございます」
「熱中症には気をつけないとね」
「熱中症?」
「そう、熱中症。手続き時間かかったでしょ。あなたの時代からこっちに来ると、ちょっと面倒臭いのよ」
八千が歩きだしたので、はぐれないよう並んで歩いた。
「そうでもなかったですよ。書類を二枚書いただけですし。なんだか海外旅行みたいな手続きで驚きましたけど」
「こんなので驚いてたらこの先大変よ」
ロビーのような場所を歩いていくと、窓越しに道路が見えた。
自動ドアを通り抜け建物から出ると、強い陽射しに迎えられた。
突き抜けるような青い空に、入道雲が伸びている。
どうやら、建物は高い場所にあるらしく、空のほかには何も見えない。
空気がほのかに甘く、花の香りを漂わせていた。まるで南国にでも来たみたいだ。
それにしても、暑い。そういえば、夏休みの最中だと、千里が言っていた。
僕は上着を脱いで腕に抱えた。
体感的には三十度をゆうに超えている。
「随分暑いですね」
「夏は毎年こんなものよ」
八千は気にした様子もなく歩き出した。
右も左もわからない僕は、八千の後をひよこのようについていった。
道路に沿って同じ型の車らしきものが何台か並んでいるのが見える。
八千は、その一つに手をかざして、当たり前のように運転席に乗り込んだ。
「どうしたの?乗って」
僕は、ドアに手をかけたまま躊躇していた。
これがタクシーなら、八千が運転席に座るのはおかしい。
「あの、運転手は?」
「自動運転」
この時代の常識がわからないのだから、とにかく従うしかない。
助手席に乗り込み、ドアを閉めるとスピーカーから声が発せられた。
「どちらへ向かいますか」
僕が想像している未来のロボット音声とは違う。
いたって肉声に近い、柔らかで愛嬌のある女性の声だ。
「自宅まで」
「かしこまりました。シートベルトを締めて、正しい姿勢でお座りください」
二人の対比が面白かった。
淡々と話す八千の声のほうが、むしろ機械音声のように聞こえたからだ。
シートベルトをすると、車は滑るように走り出した。
ギアチェンジの振動すら感じないくらい静かだ。
走り出して三十秒ほどで、スピードメーターは120キロに達していた。
タイムトラベル施設の敷地を抜けても、相変わらず見えるのは、空と道路だけだった。
道のずっと先では陽炎が揺らめいている。
祖父の家に向かう途中の田舎道を髣髴とさせた。
うかれている場合ではないというのに、つい、心が躍ってしまう。
少しして、水平線の向こうに少しずつ建物が見えてきた。
僕の未来はきっと暗い ~社会不適合者な僕の家に未来から来た怪しい少女が住み着きました~ 日出而作 @poponponpon
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