正気か⁉ ババア妖怪アイドル化計画!
無月弟(無月蒼)
ババア妖怪アイドル化計画!
都内某所。だだっ広い部屋の中には、何十何百というお婆さんの姿があった。
そしてそれらは皆、人間ではない。
「おやおやターボばあちゃん、久しぶりじゃのう」
「誰かと思えば、百キロババアじゃないかい。本当に久しぶりだねえ。最後に会ったのはいつだっけ?」
「ほら、前に誰が一番早いか、競争した時じゃよ。快速ばあちゃんやジェットババアと一緒走ったじゃろう」
「そうだったねえ。あの子達も、今日は呼ばれているのかねえ?」
キョロキョロと辺りを見るターボばあちゃん。
彼女はトンネルを車で走っていると不意に隣に現れて、併走して走ってドライバーを驚かせるという、現代妖怪である。
百キロババアも、話に上がっていた快速ばあちゃんやジェットババアも、似たような妖怪。
彼女達は何者かから招待状が送られてきて、今日ここに集められたのだ。
「アタシ達を集めて、何をしようって言うのかねえ? 一番早いババア妖怪を決めようって事なのかなあ?」
「いや、そうじゃないんじゃないかい。ほら、足の早い系以外のババア妖怪も、たくさんいるじゃないか」
見れば部屋の中には、ジャンピングババアにバスケットばあちゃん。
さらにホッピングばあちゃん、棺桶ババア、携帯ババア、ボンネットババア。小さくて見えづらいが一寸ババア。背中にプロペラをつけて空を飛んでいるヘリコプターババアなんてのもいた。
そう、ここには日本全国から、あらゆるババア妖怪が集められていたのだ。
しかしこれだけ集まると、中には気にくわないババアもいるもの。部屋の一角では、何やら騒動が起きている。
「おい、お前さんどこ中じゃ!」
「はんっ、杉沢中学校の七不思議の一つ、紫ババアを知らないたあ、アンタもぐりだねえ。そう言うアンタことどこ中だよ!」
「あたしゃ鳴神学園中等部の七不思議、四次元ババアだよ。アタシを知らないお前さんが無知なんじゃないかい。それとも、ボケちまってるのか?」
「なんじゃと! 私立の学校出身だからって、公立を見下しやがって!」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな、紫ババアと四次元ババア。
ババア妖怪の大御所、砂かけババアと山姥が「やめんか」と止めに入って何とか事なきを得たものの、二人はにらみあっている。
するとここで、室内に設置されたスピーカーから声が響いた。
「あー、皆様。今日はお集まりいただきまして、ありがとうございます」
声の主は、目も鼻も口も無い、つるんとした顔の妖怪、のっぺらぼう。
口が無いのにどうやって喋っているのかって? それは聞かないお約束です。
「なんじゃのっぺらぼう。招待状を出したのはアンタかい?」
「こんなババア妖怪ばかり集めて、いったい何をするんじゃ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。実はわたくし、アイドル会社に勤めているのですが、この度ババア妖怪のアイドルグループを作ろうと考えたのです」
妖怪のアイドルグループ。その言葉を聞いて、ババア達はざわめき出す。
「アイドルって、アンタ気は確かかい? こんなババアがアイドルだなんて、どこに需要があるんじゃ?」
「そうじゃそうじゃ。アイドルはもっと、若い人がやるもんじゃろ。何もババアを集めんでも、口避け女や濡れ女にしたらどうじゃ?」
「ふっふっふっ、甘いですよ。世の中何がウケるか分かりません。無難なアイドルを作ったって、すぐに消えていくだけです。もっと攻めたアイドルを作らないと!」
別にババアに拘らなくても、妖怪のアイドルグループなら十分攻めていると思うのだが。
どうやらのっぺらぼうは、より意外性のあるアイドルを求めているようだ。
「グループ名は、BYK44! B(ババア)Y(妖)K (怪)44です! あ、44と言うのは妖怪らしく、不吉な数字をイメージしました。今日は皆様に集まってもらったのはメンバーを決めるため、オーディションを行うためなのです!」
ノリノリののっぺらぼう。だがババア妖怪達は、今一つ乗り気じゃない様子。
「そう言われてもねえ。この歳でアイドルだなんて、恥ずかしいよ」
「悪いけど、あたしゃ帰らせてもらうよ」
付き合ってられないと、何人かが退出しようとする。が!
「待ってください。よくお考えください。アイドルになるってことは……モテますよ!」
「「「なぬっ!?」」」
部屋を出ようとしていたババア達が、一斉に足を止める。
「人気が出たら、若いイケメンアイドルとの共演だってあり得ますねえ。このチャンスを棒に振って良いのですか?」
のっぺらぼうの言葉に、会場の空気が変わる。
モテたい。それはいくつになっても心が乙女なババア妖怪達の、共通の願望だった。
「そ、それじゃあ、ジャ○ーズのアイドルにも会えるのかい?」
「会えます会えます!」
「脅かしてもギャーって悲鳴あげられるんじゃなくて、『うおー、BYK44の白粉婆だーっ!』て、キャーキャー騒がれるのかい?」
「騒がれます騒がれます!」
こののっぺらぼう、口がないくせに口が上手い。
最初は躊躇っていたババア妖怪達も、徐々に乗り気になってくる。
彼女達の頭の中は、ステージ上でフリフリの衣装を着て歌って踊るババア集団というシュールな光景でいっぱいになっていた。
「けどのっぺらぼう。BYK44ってことは、44人しかグループに入れないってことじゃないのかい? ここにいるババアの数は、百を越えてるんだけど」
「はい、それでこれから、オーディションを行うのです。栄光を勝ち取った44人が、晴れてアイドルとしてデビューいたします」
「オーディション。とすると周りは皆、ライバルと言うことになるんじゃな」
百キロババアの目の色が変わる。
さっきまで楽しそうに話をしていたターボばあちゃんにも、絶対に負けるものかと言わんばかりの、鋭い視線を送っている。
そのターボばあちゃんも同じように百キロババアに目を向け、二人はバチバチと火花を散らしていた。
「それではこれから、オーディションを始めたいと思います。まずは皆さんに、歌とダンスを披露してもらって……」
「ちょっと待ったー!」
のっぺらぼうの言葉を遮ったのは、山姥だった。
「そのオーディションなんだけど、もしも希望者が少なくて定員割れを起こしたらどうなるんだい?」
「えっ? その時は仕方ないので、希望者だけでユニットを組むことになりますけど。皆さん参加されますよね?」
のっぺらぼうが不思議そうに聞く。表情が変わらなくても、不思議そうな様子は仕草で案外わかるものだ。
で、彼の言う通り、ババア達は皆やる気に満ちていたのだが。
山姥はニヤリと、怪しい笑みを浮かべる。
「言い方を変えよう。希望者がいなくなっちまったら、残った奴がアイドルになれるって事だよね。例えば、死んじまうとかさあ」
言いながら山姥は、鋭い爪を光らせる。
瞬間、のっぺらぼうは悟った。
(このババア。確実に自分がアイドルになるために、他のババアを殺る気だ!)
のっぺらぼうは慌てた。
自分の主催するオーディションで、死人を出すわけにはいかない。
しかしなんと言うことだろう。他のババア達も山姥の意図に気付き、殺る気を見せていた。
「ターボばあちゃんや、命が惜しかったら今すぐ帰んな。アンタじゃアタシのスピードには勝てないよ」
「何を言ってるのかねえ。アタシの方が速いっての。そんなことも分からないくらいボケちまったアンタなんて、目じゃないよ」
最初まで仲良く話していたはずのダーボばあちゃんと百キロババア。だが今の二人の間には、殺意しかない。
さらに。
「おうおう四次元ババア、さっきは邪魔が入っちまったけど、今度はそうはいかないよ。八つ裂きにして、便所に流してやろうか!」
「身の程知らずだねえ紫ババア。返り討ちにしてやるよ!」
こっちもこっちで臨戦態勢に入っている。
それだけではない。集められたババア達は皆、ライバルを殺ってしまおうと殺意を滾らせている。
「み、みなさん落ち着いて! 審査は歌とダンス。歌とダンスで……」
「やかましい!」
「ぎゃーっ!」
砂かけババアに砂を掛けられたのっぺらぼうが、顔を押さえる。
目も口も無いのっぺらぼうが砂を掛けらることでどれくらいダメージがあるのかは定かではないが、とにかく彼は苦しんでいる。
そしてのっぺらぼうがこうなったことで、ババア妖怪達を止める者がいなくなった。
「それじゃあ始めようかのう。アイドルオーディションを!」
山姥が言ったのを皮切りに、部屋のあちこちで戦いが始まる。
怒声に悲鳴、血しぶきが上がり、ひっちゃかめっちゃかの阿鼻叫喚。会場はもうぐちゃぐちゃだった。
用意された椅子は44。はたしてこのバトルロイヤルに勝ち残り、アイドルの座を射止めるのはどのババアか!?
……あれ? アイドルって、こういうものでしたっけ?
了
正気か⁉ ババア妖怪アイドル化計画! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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