願うはただ、あなたのそばに

古月

願うはただ、あなたのそばに

 春は出会いと別れの季節。卒業、入学、就職、転職、出生、死別、ありとあらゆる出会いと別れが訪れる節目の季節。古きものは過ぎ去り、新たなものが台頭する。


 そんな春のうららかな日に、私は死んだ。


 彼氏と行ったデートの帰り、電車を待っている駅のホームから落ちて死んだ。痛みを感じる暇もなく、走馬灯さえ見る暇もなく私は死んだ。気が付けば第三者の視点で先頭車両にこびりついた血の跡を見ていた。


 春は出会いと別れの季節。私はその日、生者の世界からお別れした。


 彼氏は大泣きに泣いて、土下座して私の両親に謝った。あの日私を連れて外出しなければよかったと後悔の言葉を並べた。両親はそんな彼を慰めていた。家族みんな揃ってお人好しだ。そんな家族が私は大好きだった。もちろん彼氏のことも大好きだ。ずっとずっと一緒にいたかった。

 だからあの日、縁結び神社に行ったのに。私はもちろん、彼と末永く一緒にいられるようにと願った。でもあなたは?


 縁結びの神は縁切りの神でもある、って誰かが言っていた。あの日一緒にお参りして手を合わせたとき、あなたはいったい誰とのどんな縁を望んでいたの?

 どうして、私を走り来る電車の前に突き飛ばしたの? 入念に監視カメラの場所を確認して、その死角になる場所に連れ出して。駅に転落防止柵ホームドアのない遠方まで出歩かせて。


 春は出会いと別れの季節。あなたは一年後、私の親友だった女と交際を始めた。


 あなたは本当に矛盾している。辛いものが苦手だと言いながらキムチを食べるし、甘いものが好きだと言いながらコーヒーはブラックにするし。その子だって、写真を見せたときは「タイプじゃない、君の方が好み」なんて言っていたのに。やっぱり美人でモデル体型がいいんじゃない。

 そんな矛盾したところも私は好きだったけれど。


 私のお葬式で出会ったあなたたちは私の恥ずかしい話を暴露し合って距離を縮めた。その時は話に花が咲いたようだったけれど、正直なところ長くは続かないんじゃないかと思っていた。それなのにあなたときたら、私と付き合っていたころ以上の真面目さでアプローチするんだもの。

 そりゃあ、あの子だって陥落するよね。


 春は出会いと別れの季節。おめでとう、新しい命だ。


 あなたはやっぱり不誠実な人じゃなかった。順番はあべこべでもちゃんと筋は通すんだもの。私の親友を大事にしてよね。だってそれが、神様に願ってでも手に入れた縁なんでしょう?

 結婚式は盛大だった。いったいどこにそんなお金を隠し持っていたんだろう? 晴れて夫婦になったあなたたちの新居、とても良いお部屋だね。あなたが大事にしてくれていた私からの贈り物が一つ残らずなくなっていたのは、まあ仕方のないことだけれど。


 春は出会いと別れの季節。でも、まさか同時にやってくるとはあなたも思わなかったでしょう。


 あの子はそこまで身体が丈夫でもないのに肌にメスを入れたがらなかったから、自然分娩にこだわった。それで平均の何倍もの時間を苦しみ抜いて、すべてが終わった瞬間に生命も尽きてしまったんだね。

 まさか二度も愛する女性を失う悲劇のヒーローになるだなんて思わなかったでしょう。周りの人たちもどう接すればいいか困惑していたよ。


 だけど大丈夫、あなたは孤独の中にいても、独りぼっちなんかじゃあない。


 たとえ目の前の赤子が愛する人を苦しめ死に至らしめた元凶だとしても、あなたは愛さずにはいられない。あなたが愛情の深い人だと私は知っているもの。


 春は出会いと別れの季節。私は縁結びの神に感謝する。


 私は彼との永遠を願った。その願いを神は叶えてくれた。狭い産道で踏ん張った甲斐があったというものだ。私はこの新しい体で、彼の無償の愛を受け止める。彼のそばで、永遠に。


 もう二度と別れはしない。


(完)

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