死神リルヤ

南木

等価交換

「どうして君は、奇跡的に助かった命を無駄捨てしたいの?」

「……?」


 ビルの屋上で沈みゆく夕陽をぼんやりと眺めていた若い男に、奇妙な格好をした男の子が声をかけてきた。

 年のころは中学生か高校生、髪の毛は珍しい銀髪で、黒一色のノースリーブと短パンというやや奇抜なファッション、そしてひときわ目立つのが彼の身長よりも大きな「鎌」……まるでが持つような、巨大な鎌だ。


「どうして俺が死のうとしてるとわかる? それに、君は……?」

「僕の名前はリルヤ、『死神』さ。死神は「死」の気配に敏感だからね。君が何で死のうと思っているのか、その原因まで読み取れるんだよ。だから頬をつねっても無駄だって」

「…………」


 生きるのがつらすぎてとうとう幻覚まで見るようになったかと思い、彼は頬をつねるが、目の前の「死神」を名乗る少年の姿は消えなかった。


「本当に、死神なのか? ファンタジーな存在じゃなくて?」

「疑うのも仕方ないよね。じゃあその証拠に、君がなぜ死のうとしてるか当てて見せよう。

 君は先週の日曜日、お友達と遊びに出かけた帰りのバスで事故にあった。横転したバスの中で、奇跡的に軽傷で済んだ君は、座席に挟まれて動けない親友を助けようと、外に出て警察や消防に電話……しようとした直後に火がバスのガソリンに引火して――――」

「やめてくれっ!! それ以上は……っ!! うっ、ううぅっ!!」


 事故のことを淡々と語るリルヤ。

 男の精神をここまで追い詰めた忌まわしい事故の光景を思い出し、彼は震えながら蹲ってしまった。


 男は奇跡的にも

 助かったのは彼を含めて数名で、そのほかの十数人以上の乗客が脱出できぬまま命を落としたのだ。


 脱出を優先したせいで親友を助けられなかった……それだけでも非常に辛かったが、それ以上に彼を追い詰めたのは、親友の遺族や別の友人たちだった。


「あいつは…………俺なんかよりも、よっぽど優秀で、人気者だった。それなのに、俺の方だけ生き残って…………」


 遺族や友人たちは、生き残った男を激しく責め立てた。

 それこそ「お前が代わりに犠牲になればよかった」だの「生きていて申し訳ないと思わないのか」だの、さんざん言われ続けたのだ。


「俺だって! 生き残りたくて生き残ったんじゃない! 彼らの言う通り、俺があいつの代わりに死ぬべきだったんだ! 両親もいないし、友達も少ない「陰キャ」な俺が死んでも誰も悲しまないけど、あいつは……生き残るべきなんだ!」

「ふぅん……」


 絞り出すように気持ちを吐き出し号泣する男の前でも、リルヤは表情一つ変えなかった。

 だが…………


「じゃあ、もし君の命と引き換えに、その親友を生き返らせられる……と言ったら?」

「俺の命と引き換えに……? まさかっ! そ、そんなことができるなら喜んでやってやる! なんなら、誰の迷惑にもならずに死ねるだけでもいい! けど……本当にそんな子度ができるのか?」

「もちろん、僕は死神だからね」


 そう言ってリルヤは、持っている鎌を妖しく撫でた。

 男まだ半信半疑であったが、自殺してその後始末でこれ以上迷惑かけるよりも、誰かに殺された方がよっぽどマシだと考えた。彼の精神はそこまで追い詰められていたのだ。


「覚悟はできたかな?」

「……ああ、どうせもう死ぬ気だったんだ。一思いにばっさりやってくれ」

「りょーかい」


 命を刈り取るという割には軽々しい声で返事すると、リルヤは男の首に向かって鎌を振り下ろした。



 ×××



 気が付けば、男は白一色に囲まれた――まるで雲の中に包まれたような空間にいた。

 だが、目の前にはまるでライブカメラで見ているかのように、先ほどまで自分がいたビルの屋上の様子が映し出され、そこには事故で亡くなったはずの親友の姿があった。

 目覚めたばかりの親友は慌てて左右を見まわし、自分が生きていることが信じられない様子だった。


「どう? 望み通り、君の命と引き換えにあの人を助けてあげたよ」


 後ろからリルヤの声がした。


「……ありがとう。本当に、約束を守ってくれたんだな……! ゴミくずのような俺の命と、あいつの命とじゃ釣り合わないと思ってたのに!」

「人間の命の価値はよくわからないけど、死神から見ればどんな人間も命は等価だよ。とりあえず、そこから友人を見守ることができるけど、気が済んだらあそこの扉から出て、この世から退出してね。そうしないと未練があるとみなされて、生き返っちゃうかもしれないから」

「わかった。でも、もう少しあいつが生き返った嬉しさをかみしめるよ」


 男はしばらく、生き返った親友が家族や友人たちと再会し、喜び合う光景を眺め続けた。


「なんだか知らないけれど、生き返ったみたいで…………」

「いやいや、本当によく帰ってきたわ!」

「君が生き返ってきてくれて本当にうれしいよ!」


 男が生き残った時とは打って変わって、周囲から大いに歓迎される親友を見ても、彼は特に嫉妬する気持ちは起きなかった。

 むしろ、周囲からここまで好かれる親友を、何の価値もない自分の命だけで救えたことをとてもうれしく思った。


 しかし――――


「ところで、一緒にいたあいつは……? 僕が生きてると知ったら、きっと一番喜ぶと思うんだけど」

「ああ、あいつね。お前を見捨てて自分だけのうのうと生きてたのはムカついたけど、生きてたからまあ、許してやっか」

「もしかしたら神様があいつの命と引き換えに、お前を助けてくれたりして!」

「ちょ、ちょっとまて……! 冗談だよな? せっかく生き残った親友のことを悪く言うなよ……?」


 事故で生き残ったはずの男を探そうとする親友。

 すべて丸く収まったと思い、未練なくこの世から去ろうとした男は、再び不安に駆られた。


(おいおい、せっかく生き返ったんだから、俺のことはもういいだろ。俺の分まで生きてくれなんていう贅沢なことは言わないからさ……!)


 親友は男を探した。

 周囲は男のことをどうでもいいと放置しようとしたが、それでも親友は探し続けた。


 けれども、葬儀のために棺に入れられていたはずの親友の遺体が、検査の結果男物とわかり、何かしらの理由で死因が入れ替わってしまったことが分かった。

 失意に暮れる親友に対し、周囲は彼を慰めようと言葉をかけるがむしろ逆効果だった。


「僕の代わりにあいつが死んでよかったっていうのか!? ふざけるな! 言っていいことと悪いことがあるだろうが!」


(……そんなことはない。俺は納得してるんだ、お前が悩む必要はない)


「あいつは……僕にとって何より大切な親友だったんだ! そして今、になった! せっかく助かったのに! あいつが助かったと知って嬉しかったのに! お前らはっっ!!」


(違う……ちがうっ! お前にとって大切なのは、俺じゃなくて……っ!)


 親友が生き返って喜ぶあまり、男の死を軽く扱う周囲の人々に、とうとう彼はキレてしまった。

 そして、せっかく助かったにもかかわらず、自らを犠牲にさせるまで追い詰めてしまった自分と言う存在にも絶望した。


(やめてくれ………お前まで、こっちに来ちゃだめだ! せっかく助かった命を、無

駄にしないでくれっっ!!)


 とうとう親友は、自己嫌悪に駆り立てられるまま目覚めたビルの屋上へと足を運んだ。

 そして、意を決して落下防止用のフェンスに手をかけたとき、あの死神が現れた。


「どうして君は、奇跡的に助かった命を無駄捨てしたいの?」

「誰だお前は?」

「僕の名前はリルヤ、『死神』さ。そして、ある人に頼まれて命と引き換えに君を生き返らせたのは僕だ」

「ふざけるな! あいつを返せ! あいつのことだから……僕の方が生きるべきだとかいったんだろう、けどそれは間違いだ……! 命の価値がどうとか、そんなので生き死にを決められるなんてごめんだ!」

「それは僕も同感だね」

「ならば話は早い、まだ間に合うのなら僕の生き返りをなかったことにしてくれ!」


(そんな……なんでっ!)


「まだ間に合うよ。どうもあの人、まだこの世に未練があるみたいで、あの世への扉をくぐってなかったみたいだ」


(あ……)


 男は慌てて、後ろの方にあるドアを見た。

 そう、あの扉から出ない限り生き返りの対象となってしまうのをすっかり忘れていたのだ。


「じゃあ、早いとこばっさりやってくれ!」

「いいけど、このままだと彼もまた君を生き返らせるよ? 堂々巡りは勘弁してほしいんだけど」

「いや、僕は親友のことが心配で成仏できなかったようだけど、今度はもう迷わない。天国かどこかで、親友の無事を祈っているよ」


(やめてくれ――――――)


 男の願いむなしく、リルヤの鎌が親友の首筋目がけて振り下ろされた。

 


 ×××



 男は再びビルの屋上にいた。

 夕方だった空は澄み渡った青空になり、ポケットの中のスマホを見ると電池が切れていた。


「くぅ…………やっぱり、夢か? 俺は寝ていたのか? わからない……けど」


 結局、友人が生き返ったかどうかはわからなかった。

 リルヤの姿を探そうにも、どこにも見えなかった。


(もしかしたらあの夢は……親友からのメッセージだったのかもな。俺がいつまでもぐずぐずしてると、成仏できないって)


 夢であれ何であれ、先に逝ってしまった者の気持ちがなんとなくわかったような気がした。

 それに、なぜかあれだけ重苦しかった心が、ちょっとだけ晴れてきたようなきもした。


「親友の分まで生きる……なんてことは無理かもしれないが、せっかく助かったんだ、無駄にしたらきっとあいつに絶交されるな」


 重苦しかった彼の表情は、いつの間にか憑き物が落ちたように爽やかだった。

 この先もきっと、周りになんだかんだ言われるかもしれないが、それすらも受け止めて生きていこう……男はそう心に誓って、屋上を後にした。

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死神リルヤ 南木 @sanbousoutyou-ju88

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