僕と君の世界

COCO

桜を君と。

 風に春の香りを感じる三月のある日。君と散歩をしていた時に、ぽつぽつと花をつけ始めた桜の木を見つけた。

「――、」

過去に他人に声を嗤われてきた経験から満足に発声する事が出来なくなってしまった僕。細くて小さくて、それでも名前を呼べば君が振り返ってくれる。

「おお~!あんなに小さいのに、見つけられて凄いな」

そっと指で示した花を見て、君が褒めてくれる。彼はいつも、人に対して感じた『素敵』を言葉にしてくれる。それは、話す相手によってはいい人ぶっていると感じられて、嫌悪の対象となるらしい。僕は以前、彼が困ったように笑いながらそう自分の事を打ち明けてくれた時に信じられなかった。これまで彼を取り囲んでいた周りの感覚が、だ。

「吉田は、どの桜が一番好き?」

にこやかにそう尋ねられて、思考が現実へと戻る。どの桜? 品種の事だろうか。だとしたらソメイヨシノぐらいしか僕には分からないのだけど。

「わ、悪い、えっと、満開の桜とか散る桜とかさ」

相手を見上げた状態から言葉を紡げなくなった僕の様子から察してくれたのか、助け舟が出される。そういえば、お互いの考えを理解するために話し合う事が大切なのだと気付かせてくれたのも彼だった。彼と出会う前の僕は助けを求めても誰からも手を差し伸べてもらえなかったから。いつしか、他人に自分の考えを伝えても無駄だと思うようになっていた。

「きみ、と」

「ん?」

「君と、見る桜が一番、好き…かな」

いつものように引っかかりながら、自信なさげに漏れる声。これでは本心かどうか、相手を不安にさせてしまうのではないか。ぐるぐるとマイナス思考が頭をめぐり出そうとした、その時。

「俺も」

くしゃっと、彼が笑う。その声に、笑顔に、僕は心を救われる。もしこの桜が満開になったら、また彼と一緒に見たい。そして、叶うならこれからも、何年後も彼と共に春を迎えたいと思った。

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